豊洲の活気打ち消すコロナ第3波:控えめなマグロ初競り、緊急事態宣言再発令で魚流通停滞

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「日本の台所」と呼ばれる東京・豊洲市場が再び苦境に立たされている。緊急事態宣言の再発令で飲食店の休業や時短営業が相次ぎ、市場に入荷する魚たちが行き場を失うことも。台所を切り盛りする同市場の卸業者や仲卸は、事態の収束を願いつつ、じっとこらえながら商いを続けている。

築地から豊洲へ、東京都の一大プロジェクトとして巨額の予算を投じて開設された新市場は、活発な取引を想定していたものの、水産物の扱い量は減り続けている。30年前の築地時代には年間80万トン近くあった流通量だが、2019年には半分にも満たない35万トン弱、20年はさらに減少して約33万トンとなった。市場の活気が弱まる中でのコロナ騒ぎに、関係者の打撃は計り知れない。

昨秋には市場内でも水産仲卸を中心に新型コロナウイルスの感染者が急増し、「クラスター発生か?」と世間を騒がせた。その後は業者の一斉検査が進み、感染の勢いは収まったが、人気のマグロ見学が12月下旬から再び中止になり、年明けには市場内のすし店の一部が休業するなど豊洲の活気は失われている。

それでも、日本一の魚市場は「何があっても市場(機能)は止めない」(東京都幹部)という掛け声の下、関係業者の意地とプライドで流通の要としての機能を維持している。

初競り1番マグロは昨年の10分の1

コロナショックを引きずりながら始まった2021年、恒例のマグロの初競りも自粛ムードとなった。

豊洲初の正月を迎えた19年には過去最高の1本3億3360万円を記録し、昨年も2億円近くと、新春らしい景気の良い話題を振りまいた。2年連続で1番マグロをゲットしていたのは「すしざんまい」を展開する喜代村。その木村清社長が、コロナ禍を考慮して競り合うのを控えた結果、仲卸「やま幸」が青森県大間産マグロを1本2084万円で落札した。1キロあたりでは19年の120万円に対し、キロ10万円と大幅な安値スタートだ。競りの後、いつも威勢の良い木村社長が「今年は派手にはできないよ。来年だね」と寂しげにこぼしていた。

2021年1月5日のマグロ初競りの風景。活気はみられたが、値段は低調だった 写真:時事
2021年1月5日のマグロ初競りの風景。活気はみられたが、値段は低調だった 写真:時事

コロナの「第3波」が東京を中心に全国を襲い、1月7日に政府が1都3県の緊急事態宣言を決定してから、豊洲には20年春以来の不景気風が吹き荒れた。市場関係者の多くがこう嘆く。「去年の春より市場は静まり返っている。このままでは多くの仲卸がやっていけなくなる」と。

大衆魚と高級魚、明暗くっきり

外出控えによる巣ごもり消費は好調なため、スーパーや鮮魚店の仕入れは引き続き順調だ。アジ、サバ、イワシなどの大衆魚や水産加工品などの消費は旺盛で、市場の卸売場でも仕入れに奔走する量販店バイヤーの姿が目立つ。

ただ、豊洲へ入荷するのはスーパーなど量販店が扱う手ごろな魚介ばかりではない。他の市場と比べても、高級料理店が集まる首都圏の需要を見込んで、大間産の本マグロにバフンウニ、ズワイガニや伊勢エビなど、えりすぐりの魚介が入荷する。仲卸は、銀座や丸の内をはじめとした高級すし店、ホテル内のレストランといったこだわりの店の仕入れを賄っている側面があるのだ。

「どうにもならないね。産地からは魚や貝類が運ばれて来るけど、仲買が買ってくれないからどうにもならない。売り上げは例年に比べて3分の1くらいに減ったよ」。1月中旬、豊洲で高級魚介を扱う競り人は、さえない表情でこう語った。すし店や料理店の仕入れが激減した仲卸は、卸の競り人になかなか「買い」を入れられないのだ。

マスク着用などコロナ対策への注意を促すため、豊洲の7つの卸会社が共同作製し、市場内に張られているポスター。ソーシャルディスタンスの目安が「キハダマグロ1本分」というのが豊洲らしい 写真提供:市場関係者
マスク着用などコロナ対策への注意を促すため、豊洲の7つの卸会社が共同作製し、市場内に張られているポスター。ソーシャルディスタンスの目安が「キハダマグロ1本分」というのが豊洲らしい 写真提供:市場関係者

仲卸の目利きとプライド

マグロ専門の仲卸「鈴富」を経営する鈴木勉社長は、自身も築地や銀座などですし店を経営する。緊急事態宣言を受けて各店時短営業を余儀なくされ、市場で競り落とすマグロもかなり減ってしまったが、「がっかりしている場合でなく、むしろ以前よりも真剣にマグロを仕入れている」(鈴木社長)と明かす。

テレビでは銀座や渋谷をはじめ、街を行き交う人出が昨年春より増えていると伝えられる。ところが、「テレワークが進んだせいか、銀座などのすし店を利用するビジネスマンは一層少なくなった。そんな中でも食べに来てくれるお客さんがいるから、質や鮮度に、よりこだわりを持ちながらマグロを仕入れなければならない」と、気を引き締める。

コロナ禍でも目利きを磨くマグロ仲卸「鈴富」の鈴木勉社長 写真:筆者提供
コロナ禍でも目利きを磨くマグロ仲卸「鈴富」の鈴木勉社長 写真:筆者提供

冷凍ものを中心に扱う仲卸「大花」では、「最近は競りで買いが入りにくいため、本マグロを3~4割安く競り落とせる日もある。おいしいマグロを安く提供できるチャンスだと考えるようにしている」と田中良直取締役が意気込む。さらに、都内すし店からの注文が大きく減っていることに対し、「こういう時だからこそ、豊洲・仲卸の目利きを生かして、良い魚を買うのがわれわれの使命」ときっぱり。

豊洲のマグロ仲卸「大花」の田中良直取締役 写真:筆者提供
豊洲のマグロ仲卸「大花」の田中良直取締役 写真:筆者提供

タイやヒラメ、アナゴやタコなど、生きたまま入荷する「活魚」も、その多くが料理店向けのため、コロナ禍で需要が激減。豊洲卸によると「産地などで締めた魚よりも、活魚の方が安くなってしまうケースもある。せっかく生きたまま流通させているのだから、仲卸と連携して売り先を確保していきたい」と、新たな販路を模索中だ。

緊急事態宣言による営業時間の短縮要請に応じた飲食店には「1店舗1日当たり6万円」の協力金が支給される。高級料理店にとっては焼け石に水だろうが、そうした店の仕入れを担う豊洲の仲卸などは協力金の対象外。卸も同様だ。日本の台所として、買い出しに来る料理店などの需要にしっかり応えようと、仲卸・卸ともに「魚のプロ」としての仕事に力を注ぐ。ホタルイカや初ガツオの時期が近付く中、いち早くコロナが収束に向かうことを願わずにいられない。

今年の一番マグロが納品された、すし店「銀座おのでら」の前で。中央右の紺色の上着が「やま幸」の山口幸隆社長 写真:時事
今年の一番マグロが納品された、すし店「銀座おのでら」の前で。中央右の紺色の上着が「やま幸」の山口幸隆社長 写真:時事

(バナー=新型コロナ対策にマスク着用を呼び掛けるマグロ卸売場の掲示 写真提供:市場関係者)

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