国内最大の漆産地に伝わる岩手「浄法寺塗」:使うほどに輝きが増していくシンプルな器

美術・アート

文化財の保存には欠かせない国内産漆の約7割を生産する岩手県二戸市の浄法寺地区。ユネスコの無形文化遺産に登録される漆掻(か)きの技が残り、盛岡市など周辺地域も含めて、奈良時代から続く漆器「浄法寺塗」の伝統を守り続けている。

日本を代表する伝統工芸品・漆器

漆の名は、「うるわしい」「うるおう」が転じたものだといわれる。ウルシの木が傷口を修復するために分泌する樹液を精製したもので、主成分のウルシオールが空気中の水分から酸素を取り込み、強度の高い膜と化す。色とつやをもたらす塗料であり、接着剤でもあり、木製の椀(わん)や重箱などを美しく丈夫な漆器へと変貌させ、寺社の建物や装飾品にも欠かせないものである。

幹に傷を入れて、ウルシの樹液を採取する漆掻きの様子 写真提供:二戸市
幹に傷を入れて、ウルシの樹液を採取する漆掻きの様子 写真提供:二戸市

大航海時代から欧州へと渡った日本の漆器は、現地で「japan」と呼ばれ、中国の陶磁器「china」と並んで珍重されたという。まさに国を代表する工芸品の一つで、江戸時代には漆と漆器の産地が全国に点在し、その生産を各藩が奨励した。明治以降も漆器は生活必需品で、芸術性の高さから海外輸出も好調だった。

第2次世界大戦後、プラスチックの普及や西洋食器の浸透など、日本人の生活様式が変化する。さらに中国製を中心に安価な輸入漆が増加したこともあり、漆産地は衰退していく。漆器の名産地は伝統的工芸品の指定を受け、愛好家や観光客の需要で存続してきたが、漆の国内自給率は昭和40年代から1~2パーセントまで落ち込んでしまう。

そんな中で、国内産漆を支え続けて来たのが岩手県二戸市の浄法寺地区だ。岩手の名産品「浄法寺塗」発祥の地で、他地域同様に一時は漆の生産量が落ち込んだが、1978(昭和53)年からウルシの木の植栽を始め、近年は国内産漆の約7割を占めているという。

うっそうと生い茂るウルシの林。1本のウルシの木から採れる樹液の量は、年間たったの200ミリリットル(コップ1杯位)ほど 写真提供:二戸市
うっそうと生い茂るウルシの林。1本のウルシの木から採れる樹液の量は、年間たったの200ミリリットル(コップ1杯位)ほど 写真提供:二戸市

奈良時代から受け継がれる浄法寺塗

浄法寺塗の歴史や魅力について教えてくれたのは、盛岡市に店を構える「うるみ工芸」の藤村真紀社長。高度な技術・技法を保持する伝統工芸士に認定される熟練の職人だ。

藤村さんの家系は、浄法寺町の西隣にある安代町荒沢地区(八幡平市)の村で「大家」と呼ばれ、代々漆器の製造を取りまとめていたという。1953(昭和28)年に先々代が盛岡市に移り住み、後に店も開き、1981(昭和56)年に社名をうるみ工芸とした。浄法寺塗の伝統工芸士第1号で現代の名工にも選ばれた父・勝又吉治さんから、2017(平成29)年に社長を任された藤村さんは「家業として漆工芸をずっと引き継いでいるのは、全国でも珍しいのではないでしょうか」と語る。

JR盛岡駅から徒歩17分の市街地にあるうるみ工芸のショールーム。現在、工房は滝沢市にある 写真:シュープレス
JR盛岡駅から徒歩15分ほどの市街地にあるうるみ工芸のショールーム。工房は滝沢市にある 写真:シュープレス

歴史ある技を受け継ぐ藤村さん。塗りの工程だけで40以上にも及び、木地に下地付けをした後、漆を塗り、研ぐことを繰り返す 写真提供:うるみ工芸
歴史ある技を受け継ぐ藤村さん。塗りの工程だけで40以上にも及び、木地に下地付けをした後、漆を塗り、研ぐことを繰り返す 写真提供:うるみ工芸

浄法寺塗の歴史は古い。奈良時代の728(神亀5)年、聖武天皇の勅命を受けた名僧・行基(668-749)が、現在の浄法寺町に天台寺を創建した。「その後、京都からやって来た僧たちが、自家用の漆器を作ったのが浄法寺塗の始まり」(藤村さん)というのが、定説だそうだ。ちなみに浄法寺の名は、鎌倉時代から戦国時代にかけて、この地域を流れる安比川沿いを支配した豪族・浄法寺氏に由来する。

元々、良質なウルシの木が豊富な地域で、江戸時代には南部藩が特産品として奨励し、安代町付近まで産地を広げた。明治時代に入ると、福井県今立地方の漆掻き職人が出稼ぎに来るようになり、より多くの樹液を得られる方法や道具を伝えたことで、さらに繁栄したという。藤村さんは「浄法寺産の漆はウルシオールの含有量が多いため、浄法寺塗は硬く丈夫に仕上がる」と、その特長を語る。

素朴で実直な印象の浄法寺塗 写真:うるみ工芸
実用的な上に、素朴な美しさを持つ浄法寺塗 写真:うるみ工芸

長年使い込むほどに美しさが磨かれる

浄法寺塗は、木材を切り出して成形する職人・木地屋と、下地付けから中塗り、上塗りを施していく塗り屋によって生み出される。塗りだけで40以上もの工程があり、3カ月を要するという。江戸時代に藩へ献上したものには金箔(きんぱく)を貼った華やかなものもあったが、昔も今もシンプルなデザインが基本。絵や柄などを付ける「加飾」をなるべく排除し、黒や朱色の一色塗が多い。しかも、上塗りの後に磨いて仕上げることをしない。漆本来の美しさを生かしたマットな質感で、長い歴史を持つ“伝統的工芸品”という仰々しさはなく、どこか親しみを感じさせる。

「ウルシ林が身近にあり、この上質な漆の良さを感じてもらうにはシンプルな形が一番。毎日使う物だからこそ、うるみ工芸では持ちやすく飽きのこない漆一色の仕上がりで勝負しています」(藤村さん)

うるみ工芸の店内にシンプルな器がずらり 写真:シュープレス
うるみ工芸の店内にシンプルな器がずらり 写真:シュープレス

水洗いをし、布で拭き上げることを日々繰り返すうちに、表面の漆の粒子が削られ、鏡面のよう艶めいていく。うるみ工芸では、新品と艶が増した10年ものを並べて展示しており、使い込んだ後の深い輝きに引かれ、購入を決める客も少なくないという。

「完全に割れないかぎり修理できるので、今の時代だからこそ見直されるべき環境にやさしい工芸品だと思う。5年、10年と使い込まれて、艶々と輝く器の修理を頼まれたときは、ご家族の一員を預かるような気持ちになります」(藤村さん)

新品の汁椀との比較展示。右が艶めいて赤みを帯びた10年ものの汁わん 写真:うるみ工芸
新品の汁椀との比較展示。右が艶めいて赤みを帯びた10年ものの汁椀 写真:うるみ工芸

なくしてはならない伝統

文化庁は2006(平成18)年から、文化財建造物の保存修理のために不可欠な木材や檜皮(ひわだ)、茅(かや)、漆などを安定的に確保するために、「ふるさと文化財の森システム推進事業」を開始。浄法寺を第1号の設定地とし、ウルシ林の植樹が進め、全国の若手漆掻き職人の修行の場とした。

2015(平成27)年には、国宝や重要文化財を修復する際には、国産漆を使用するように通達。約5年で漆の国内生産量は2倍近く伸び、自給率も5パーセントまで回復している。その成長を支える浄法寺地区は注目を集めており、国産漆をふんだんに使用した浄法寺塗も再評価されている。

人材育成の場にもなっている浄法寺のウルシ林 写真提供:二戸市
人材育成の場にもなっている浄法寺のウルシ林 写真提供:二戸市

それでも漆器業界を取り巻く状況は厳しい。伝統を受け継ぐ藤村さんは、「漆器を作る祖父母の姿、修理をしながら長く愛用していらっしゃるお客さまの姿をずっと見てきた。私自身、浄法寺塗の深みのある複雑で独特の色が好き。なくしてはならない工芸品だと心から思えるから続けていられる」と語る。

うるみ工芸のショールームでは絵付け体験(要予約・有料)もできるので、盛岡を訪れる際にはぜひ立ち寄ってみてほしい。浄法寺塗のシンプルな美しさに、きっと引き込まれることだろう。

うるみ工芸ショールーム

  • 住所:岩手県盛岡市中央通2-9-23
  • TEL:019-654-4615
  • 営業時間:午前10時~午後6時
  • 定休日:年末年始
  • アクセス:JR「盛岡」駅から徒歩15分。盛岡中心市街地循環バス「でんでんむし」の「中央通2丁目」バス停下車、徒歩1分

取材・文・写真=シュープレス
バナー写真=シンプルな浄法寺塗の器と伝統工芸士の盾 写真:シュープレス

観光 世界遺産 東北 伝統工芸 土産 岩手 伝統工芸品 漆器 盛岡市 二戸市 浄法寺