関東防衛の要「小田原城」:東日本ナンバーワンの天守閣や見どころ満点の城址公園を巡る

歴史

首都圏から日帰り可能な観光地として人気の神奈川県小田原市。その目玉・小田原城は関東屈指の天守を持ち、花の名所として知られる城址公園には展示施設も充実している。

戦国時代に関東一円を支配した北条氏の拠点・小田原城。天守閣の高さは27.2メートルで、大阪城(41.5m)や名古屋城(36.1m)などには及ばないものの、東日本では一番の高さを誇る。2016(平成28)年に耐震補強に加えて大規模な改修工事を終えたため、屋根瓦や白壁はまだ新しく、堅固かつ壮麗な雰囲気が漂う。

小田原城の名は、豊臣秀吉が天下統一を決定づけた1590(天正18)年の小田原征伐(小田原攻め)の舞台として広く知れ渡っている。立派な天守閣を目の当たりにし、「さすが難攻不落とたたえられた北条氏の城」と感動する人も多いようだが、現在の城郭は徳川家の支配下にあった江戸時代末期の姿を再現したもの。天守閣や城門などの屋根瓦をよく見ると、徳川家の家紋「三つ葉葵(あおい)」が刻まれている。

本丸の奥にそびえる天守閣。平成の大改修によって、いまだに白壁がまぶしい
本丸の奥にそびえる天守閣。平成の大改修によって、いまだに白壁がまぶしい

本丸入り口の常盤木門の瓦も、三つ葉葵で飾られていた
本丸入り口の常盤木門の瓦にも、三つ葉葵で飾られていた

本丸北側にある江戸幕府の米蔵が置かれた「御用米曲輪(くるわ)の蔵跡」
本丸北側にある江戸幕府の米蔵が置かれた「御用米曲輪(くるわ)の蔵跡」

難攻不落の城から江戸防御の要へ

小田原城の始まりは定かではないが、15世紀中頃に駿河(静岡県)出身の豪族・大森氏が城を築いたと推測されている。1500年頃に大森氏を打ち破り、城郭と城下町を整備拡張したのが、伊勢宗瑞(後の北条早雲)を祖とし、関東で権勢を振るった小田原北条氏(後北条氏)だ。

5代にわたって北条氏が拠点とした小田原城は、名将の誉れ高い上杉謙信や武田信玄をも退け、「難攻不落の城」と呼ばれた。秀吉の宣戦布告を受けた際には、堀や土塁で城下町を丸ごと囲む「総構(そうがまえ)」を築く。その総延長は9キロに及び、現在の小田原市街地の大部分が含まれたという。

北条方の籠城は3カ月に及んだが、「石垣山一夜城」によって降伏することとなる。秀吉は小田原城の南西約3キロに位置する笠懸(かさがけ)山の頂に、たった80日ほどで総石垣造りの城を普請。完成後に周りの樹木を一晩で伐採することで、突然出現したかのように演出した。小田原城を攻略するのではなく、圧倒的な動員力や財力を見せつけることで、疲弊していた北条方の戦意を喪失させたのだ。

天守閣内の展示を見れば、歴代城主など小田原城の歩みを詳しく知ることができる
天守閣内の展示を鑑賞すれば、歴代城主など小田原城の歩みを詳しく知ることができる

その後、関東は徳川家康に与えられ、江戸時代を迎える。小田原城には家康の重臣・大久保氏が入り、城の規模は縮小されたが、関東への玄関口・箱根関所を管理するなど西からの脅威に対する防衛の要となった。2代藩主・大久保忠隣が改易となり、一時期は城代が置かれたり、阿部氏が藩主を務めたりした後、1632(寛永9)年からは稲葉氏が城主となり、近世城郭へと生まれ変わらせた。17世紀末に再興した大久保氏が藩主に返り咲くと、幕末まで小田原城に君臨し続けた。

明治政府が発した廃城令のため、小田原城は1870(明治3)年に石垣を残して解体される。その石垣も、1923(大正12)年の関東大震災によって崩落してしまう。天守閣が再建されたのは1960(昭和35)年のこと。1971(昭和46)年に常盤木門、平成に入って銅(あかがね)門や馬出門などを復元。現在は本丸・二の丸の大部分、北条時代の総構の一部分が国の史跡に指定されている。

1997(平成9)年に再建された銅門越しに天守閣を望む
1997(平成9)年に再建された銅門越しに天守閣を望む

本丸の南側には、関東大震災で崩れた石垣がそのまま保存してある
本丸の南側には、関東大震災で崩れた石垣がそのまま保存してある

忠実に再現された城門を抜け、天守閣へ

正規の登城ルートは、東側の馬出門土橋から始まる。北側には朱塗りの学橋が架かり、堀の水面と石垣、隅櫓(すみやぐら)と共に、美しい景色を織りなす。馬出門は、直角に配置された内冠木(うちかぶき)門との間に枡形(ますがた)を持ち、敵の侵入を遅らせる構造になっている。その先にある馬屋曲輪には、二の丸観光案内所があり、城址公園内を無料で案内してくれるボランティアガイドが常駐する。

橋の先に見えるのが小田原城の玄関口で、2009(平成21)年に完成した馬出門
橋の先に見えるのが小田原城の玄関口で、2009(平成21)年に完成した馬出門

馬出門前から撮影した堀と隅櫓。朱色の学橋からも城址公園内に出入りできる
馬出門前から撮影した堀と隅櫓。朱色の学橋からも城址公園内に出入りできる

出陣の際には兵が集まる場となる枡形。右が内冠木門
出陣の際には兵が集まる場となる枡形。右が内冠木門

住吉橋を渡った先には二の丸の表門・銅門がある。枡形の奥側に立つ渡櫓門の大扉などに、銅製の飾り金具が用いられているのが名の由来となった。毎週土曜日、日曜日には、銅門内部を特別公開している。かつて二の丸には藩主の居館があり、廃城後の1901(明治34)年には御用邸が建てられたが、こちらも関東大震災で崩壊した。

住吉橋を渡ると銅門にも枡形がある
住吉橋を渡ると銅門にも枡形がある

大扉には「あかがね」の由来となった銅の装飾が施されている
大扉には「あかがね」の由来となった銅の装飾が施されている

江戸時代の建築工法がよく分かる二の丸に置かれた「銅門 土塀模型」
江戸時代の建築工法がよく分かる二の丸に置かれた「銅門 土塀模型」

本丸で小田原城の歴史を体感する

朱塗りの橋を渡って石段を登り、常盤木門を抜けると天守閣が全貌を現す。稲葉氏の時代、この本丸には3代将軍・家光を迎えるために御殿が築かれたこともあったという。現在は見通しの良い広場になっていて、3重4階の天守の威容がさらに際立って感じられる。

常盤木門に続く橋と石段。現在、橋の下の堀に水はなく、ハナショウブが植えられている
常盤木門に続く橋と石段。現在、橋の下の堀に水はなく、ハナショウブが植えられている

本丸の正門・常盤木門は、ひときわ大きく、堅固な造り
本丸の正門・常盤木門は、ひときわ大きく、堅固な造り

東側から見た天守閣。屋根最上部の両脇には、しゃちほこが置かれている
東側から見た天守閣。屋根最上部の両脇には、しゃちほこが置かれている

付櫓や渡櫓を持つ天守閣は、石垣部分を合わせると高さ38.7メートルにもなる。内部には小田原城の歴史を伝えるパネルや模型に加え、甲冑(かっちゅう)や刀剣、古文書や絵図など貴重な資料を展示。最上階の標高は約60メートルで、小田原の市街地越しに相模湾が一望でき、箱根や丹沢の山々、伊豆半島まで見えるため、城を築くのに最適な地形だと気付かされる。

天守閣の入り口。階段の上にチケット売り場がある
天守閣の入り口。階段の上にチケット売り場がある

パネルや模型、貴重な資料で小田原城の歴史を詳しく学べる天守閣内の展示風景
パネルや模型、貴重な資料で小田原城の歴史が学べる天守閣内の展示風景

天守閣最上階の展望デッキからの眺め。市街地の右奥に見えるのは伊豆半島
天守閣最上階の展望デッキからの眺め。市街地の右奥に見えるのは伊豆半島

登城して疲れた人は「本丸茶屋」で一休み。隣の売店には、小田原城特製の土産物がそろう
登城して疲れた人は「本丸茶屋」で一休み。隣の売店には、小田原城特製の土産物がそろう

展示施設も充実、四季折々の花も魅力

本丸内には、甲冑や刀剣などに特化した展示を行う「常盤木門SAMURAI館」もある。同館1階では鎧兜(よろいかぶと)や忍者衣装、打ち掛けを貸し出しており、天守閣をバックに記念撮影を楽しめると好評(※現在は土・日曜日、祝日のみ営業)。家族連れには天守閣の裏手にある「こども遊園地」や、映像や体験展示を通じて風魔忍者について学べる二の丸の「NINJA館」が人気だ。

小田原城址公園は春の桜を筆頭に、梅や藤、アジサイやハナショウブなど花の名所としても知られる。見ごろの時期に合わせて、歴史散策に訪れてみてはどうだろう。

常盤木門SAMURAI館の目の前は、天守閣の最良の撮影ポイントなので、甲冑着付け体験に挑戦してみよう
常盤木門SAMURAI館の目の前は、天守閣の最良の撮影ポイントなので、甲冑着付け体験に挑戦してみよう

SAMURAI館では甲冑や刀剣の展示の他、プロジェクションマッピング「花伐(う)つ鎧」も観賞できる
SAMURAI館では甲冑や刀剣の展示の他、プロジェクションマッピング「花伐(う)つ鎧」も観賞できる

NINJA館ではゲーム感覚で、北条氏に仕えた風魔忍者のことが学べる
NINJA館ではゲーム感覚で、北条氏に仕えた風魔忍者のことが学べる

広い園内をガイドしてほしい人は、馬屋曲輪にある二の丸観光案内所に立ち寄ってみよう
広い園内をガイドしてほしい人は、馬屋曲輪にある二の丸観光案内所に立ち寄ってみよう

小田原城(天守閣)

  • 住所:神奈川県小田原市城内6-1(天守閣)
  • 開館時間:午前9時~午後5時(最終入館は30分前まで)
  • 休館日:12月第2水曜日、12月31日〜1月1日
  • 入館料:一般510円、小・中学生200円 ※SAMURAI館との共通券あり
  • アクセス:JR・小田急「小田原」駅から徒歩約10分

取材・写真・文=ニッポンドットコム編集部

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