日本の近代化を支えた坑道を巡る「足尾銅山観光」:光と影を持つ日光の産業遺産

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東京から日帰り可能な行楽地として人気の栃木県・日光。世界遺産「日光の社寺」を代表とする名所の中で、異彩を放つのが長さ700メートルの坑道観光施設「足尾銅山観光」(日光市足尾町)だ。400年にわたって日本の銅生産を支え、公害事件の舞台としても知られる貴重な産業遺産を体感できる。

日光東照宮でも使われた足尾銅山の精銅

江戸時代には幕府の直轄地で、明治から大正にかけては国内トップの産出量を誇った足尾銅山。1973(昭和48)年に閉山となったが、その7年後にオープンしたのが坑道を利用した博物館「足尾銅山観光」だ。

国指定史跡の「通洞坑」内に、トロッコ電車に乗って進入。坑道内の駅で下車してから、鉱石採掘の様子を年代ごとに再現した展示を鑑賞し、日本の近代化を支えた鉱山の栄枯盛衰を学んでいく。

無料駐車場の近くに足尾銅山観光の入り口がある
無料駐車場の近くに足尾銅山観光の入り口がある

入坑券売り場も兼ねるトロッコ電車のステーション
入坑券売り場も兼ねるトロッコ電車のステーション

1885年に開坑工事が始まった通洞坑(国史跡)内に電車で進入していく
1885年に開坑工事が始まった通洞坑内に電車で進入していく

足尾銅山の採掘が始まったのは16世紀後半と考えられ、1610(慶長15)年に徳川幕府が直轄地とする。採掘した銅は、日光東照宮や江戸城の銅瓦などに使われ、長崎からオランダや中国への輸出品として貴重な財源にもなった。最盛期の17世紀後半には年間1500トンもの産出量があったが、18世紀中頃からは減退。幕府は鉱夫の職を確保するために、銭貨を鋳造発行する鋳銭座(ちゅうせんざ)を設置した。足尾銅山製の寛永通宝(一文銭)は、裏に「足」の字が刻まれていることから「足字銭」と呼ばれたという。

トロッコの停車場から、肌寒い坑道を歩きながら展示を眺めていく
トロッコの停車場から、肌寒い坑道を歩きながら展示を眺めていく

線路の突き当りには「この先1200キロ以上の坑道が続きます」という表示が。足尾銅山の坑道の総延長は1234キロ。
足尾銅山の坑道の総延長は、東京と鹿児島の直線距離に相当する1200キロメートル超におよぶ

過酷な労働を強いられた江戸時代の採掘作業をリアルな人形で再現
過酷な労働を強いられた江戸時代の採掘作業をリアルな人形で再現

線路脇にある「寛永通宝足字銭」鋳銭座では、江戸時代の貨幣づくりを模型で展示している
線路脇にある「寛永通宝足字銭」鋳銭座では、江戸時代の貨幣づくりを模型で展示している

国内銅生産の4割を担った鉱都、公害事件も

幕末にかけて衰退の一途をたどったが、1877(明治10)年に政府から、渋沢栄一などの援助を受けた古河市兵衛が買収する。古河は欧米の採掘技術を導入し、新しい鉱脈を次々と発見。7年後には国内トップの銅山に返り咲く。1891(明治24)年には国内初の電車鉄道を敷設するなど、採掘量を順調に伸ばし、日本の銅生産の4割を担った。

最盛期の1916年(大正5)年には、年間の生産量が1万4000トンを超え、足尾町の人口は約3万8000人まで膨れ上がる。県内では宇都宮に次ぐ2番目で、「日本一の鉱都」と呼ばれたという。運営した古河鉱業は古河財閥を築き、現在の古河機械金属や古河電気工業、富士通などにつながるが、戦後の足尾銅山は採掘量が減少し続けて閉山を迎える。製錬部門のみはしばらく操業を続けたが、こちらも1988(昭和63)年に廃止となった。

坑内の採掘風景も少しずつ近代化していき、圧搾機などの機械が登場する
坑内の採掘風景も少しずつ近代化していき、圧搾機などの機械が登場する

ダイナマイトを爆破する瞬間を再現。ボタンを押すと掛け声や爆破音が流れ出す
ダイナマイトを爆破する瞬間を再現。ボタンを押すと掛け声や爆破音が流れ出す

精錬所の全体模型などがある坑内の展示室。左は初期型の電動トロッコ
精錬所の全体模型などがある坑内の展示室。左は初期型の電動トロッコ

日本の近代化を支えた足尾銅山だが、その名には暗い影が付きまとう。渡良瀬川流域で農作物などが被害を受け、1890年代から抗議活動が巻き起こった「足尾鉱毒事件」だ。日本初の公害事件と呼ばれ、抗議の先頭に立った代議士・田中正造が明治天皇に直訴した場面は、1980~90年代の小学校の教科書に取り上げられた。煙害による森林破壊もあって「足尾銅山=公害」のイメージが根強い。

足尾銅山観光までは、日光の社寺から車で30分ほど。坑道内を見学した後、古河足尾歴史館などを巡れば、その光と影がより強く感じられる。1957(昭和32)年からは緑化プロジェクトが進められるなど環境改善が進められ、今では渡良瀬川の水は澄み、足尾の山も豊かな自然を取り戻しつつある。

トロッコ電車が走る広場から、渡良瀬川の河原に降りることができる
トロッコ電車が走る広場から、渡良瀬川の河原に降りることができる

渡良瀬川の源流部・松木川に架かる古河橋(国の重要文化財)と本山精錬所の遺構
渡良瀬川の源流部・松木川に架かる古河橋(国の重要文化財)。奥に見えるのは本山精錬所の遺構

川沿いにそびえる大煙突の周りには緑が広がっていた
川沿いにそびえる大煙突の周りには緑が広がっていた

足尾銅山観光

  • 住所:栃木県日光市足尾町通洞9-2
  • 定休日:年中無休
  • 営業時間:午前9時~午後5時(トロッコの最終便は午後4時15分発)
  • 入坑券:大人830円、小・中学生410円
  • アクセス:JR日光駅、東武日光駅から市営バスで約50分

取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部

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