埼玉の銘菓「草加せんべい」の手焼き体験:かつての宿場町に思いをはせ、草加松原を歩く

歴史

埼玉県草加市の旧日光街道沿いは、宿場町の面影を残す東京近郊の人気観光スポット。名物「草加せんべい」の手焼き体験を楽しみ、草加松原を散策すれば、江戸時代の旅人気分が味わえる。

かつての宿場町を全国区にした「草加せんべい」

埼玉県東南部に位置する草加は江戸時代、日光街道の宿場町として栄えた。日光街道は日本橋から宇都宮(現・栃木県)まで奥州街道と重なっているため、江戸から東北方面へと向かう人の大半が通過し、1689(元禄2)年には『おくのほそ道』の旅に向かう松尾芭蕉が足跡を残している。

現在、草加市の人口は約25万人。首都圏では取り立てて大きな町ではないが、それでも全国的に名が通っているのは、地元の銘菓「草加せんべい」の功績が大きい。堅焼きでしょうゆ味が基本のせんべいは、江戸時代に宿場町の名物となって以来、ダントツの知名度を誇り、日本中で愛されている。

堅焼きのしょうゆ味が基本の草加せんべい。みそ味や黒ゴマ入り、のり付きなど種類も豊富だ
堅焼きのしょうゆ味が基本の草加せんべい。みそ味や黒ゴマ入り、のり付きなど種類も豊富だ

草加松原の入り口「札場河岸公園」に立つ松尾芭蕉像
草加松原の入り口「札場河岸公園」に立つ松尾芭蕉翁像

草加の旧日光街道は、綾瀬川沿いの国指定名勝「おくのほそ道の風景地 草加松原」を代表に宿場町の面影を残し、老舗の草加せんべい店が点在する。土産物として購入するだけでなく、手焼き体験が可能な店もあるので、作りたてのオリジナルせんべいをその場で頬張ることもできる。

江戸時代から日光街道の名所だった草加松原を、太鼓橋風の歩道橋「矢立橋」の上から撮影
江戸時代から日光街道の名所だった草加松原を、太鼓橋風の歩道橋「矢立橋」の上から撮影

綾瀬川沿いは桜の名所としても知られている
綾瀬川沿いは桜の名所としても知られている

草加せんべい店が点在する旧日光街道
草加せんべい店が点在する旧日光街道

老舗せんべい店で手焼きに挑戦

1901(明治34)年創業の「志免屋(しめや)」は、全国菓子大博覧会で大臣賞を獲得した「特選堅焼煎餅」を筆頭に、伝統的な製法にこだわった商品が並ぶ老舗。店の一角にあるガラス張りの手焼き体験コーナーは、予約なしで気軽に利用可能だ。

旧日光街道と神明稲荷通りの交差点にある志免屋。東武伊勢崎線「草加」駅からは徒歩9分
旧日光街道と神明稲荷通りの交差点にある志免屋。東武伊勢崎線「草加」駅からは徒歩9分

手焼き体験コーナーは外からも見学できる。取材後すぐに、小さな子どもが挑戦していた
手焼き体験コーナーは外からも見学できる。取材後すぐに、小さな子どもが挑戦していた

志免屋の店内には、「特選堅焼煎餅」を中心に、ゴマやエビ入り、のり付きのせんべい、おかきなど多種多様な商品が並ぶ
志免屋の店内には、「特選堅焼煎餅」を中心に、ゴマやエビ入り、のり付きのせんべい、おかきなど多種多様な商品が並ぶ

草加せんべいの生地は、関東近県で収穫したうるち米が原料。まずは製粉したものを練り、丸めてふかした後、ついて餅状にする。冷やしてからさらに練り込み、ゴマや青のり、唐辛子などを入れる場合は、このタイミングで混ぜ合わせていく。それを平たく伸ばしてから円く型抜きし、しっかりと乾燥させると完成だ。

志免屋では1枚70円の生地を購入すれば、手焼きに挑戦できる。網の上でこまめにひっくり返しながら焼くと、反ったり、気泡ができたりするので、「押し瓦」を使って平らにしていく。この「押し焼き」をすることで形が整い、焼きむらもなくなるという。

ニッポンドットコムの英語担当スタッフが手焼きに挑戦。生地は3秒おきにひっくり返すので、けっこう手間が掛かる
ニッポンドットコムの英語担当スタッフが手焼きに挑戦。生地は3秒おきにひっくり返すので、けっこう手間が掛かる

反ったり、気泡が浮いてきたりするため、押し瓦で平らにしていく
反ったり、気泡が浮いてきたりするため、押し瓦で平らにしていく

志免屋では持ち帰り用の生地も販売している。オーブンなどで焼いた後、しょうゆや塩、みそで味付けし、のりやチーズをトッピングするなど、自分好みのせんべいが作れる
志免屋では持ち帰り用の生地も販売している。オーブンなどで焼いた後、しょうゆや塩、みそで味付けし、のりやチーズをトッピングするなど、自分好みのせんべいが作れる

仕上げの工程は「しょうゆつけ」。草加では単に「しょうゆ」と呼ぶが、各店の「秘伝のたれ」だ。志免屋では、草加に程近い千葉県野田産のしょうゆをベースに、昆布やカツオだしを加えている。

せんべいが熱いうちに塗るのが風味を出すコツで、味のしみ込み具合もちょうど良くなるという。しょうゆをつけ過ぎてしまうと辛くなるため、はけを使って丁寧に塗っていく。通常の商品は1時間ほど乾かすが、塗りたてはより香ばしいので、その場で1枚食べてみるのがおすすめだ。

野田のしょうゆは濃い口なので、塗りすぎないように注意が必要
野田のしょうゆは濃い口なので、塗りすぎないように注意が必要

完成したせんべいは、生地よりも一回り大きくなる。ビニールパックに入れて持ち帰りもできる
完成したせんべいは、生地よりも一回り大きくなる。ビニールパックに入れて持ち帰りもできる

草加せんべいの歴史と現状

志免屋から旧水戸街道を北に向かうと、草加松原の手前にある「おせん公園」内に「草加せんべい発祥の地」碑が立っている。公園名の「おせん」は、草加せんべいの発祥にまつわる俗説に由来する。

おせん公園にある「草加せんべい発祥の地」碑
おせん公園にある「草加せんべい発祥の地」碑

おせん公園には芭蕉の弟子で、おくのほそ道の旅に同行した河合曽良像もある
おせん公園には芭蕉の弟子で、おくのほそ道の旅に同行した河合曽良像もある

江戸時代、おせんさんが営む街道沿いの茶屋は、団子がおいしいと評判だった。団子は日持ちしないため、売れ残ると「もったいない」と悩んでいたという。ある日、店に立ち寄った侍に「団子を平らにつぶし、天日干ししてから、焼き餅として売ればいい」と助言され、試しに売り出してみる。すると評判を呼び、たちまち草加宿の名物となったというのだが、実は昭和時代に創作された物語らしい。

草加駅前の「おせんさんの像」。襟付きの服にエプロン姿なので、草加せんべい発祥の物語とは関係ないだろう
草加駅前の「おせんさんの像」。襟付きの服にエプロン姿なので、草加せんべい発祥の物語とは関係ないだろう

実際は、川が多く水の豊富な草加は、古くからの米どころで、余った米を団子状にしてから乾燥させて保存食としていた。江戸時代に宿場町が形成されると、それを焼いたせんべいを茶屋などで売り始める。当初は生地に塩を練り込んだ「塩せんべい」だったが、江戸中期に近隣の野田などでしょうゆ醸造が盛んになり、せんべいに塗ってみたところ人気を博す。大正時代、天皇に献上されたことが知れ渡り、一躍全国区の銘菓になったという。

「伝統産業展示室ぱりっせ」にある、江戸時代のせんべい作りを再現した展示
「伝統産業展示室ぱりっせ」にある、江戸時代のせんべい作りを再現した展示

おせん公園前を流れる伝右川に架かる橋の欄干にも、せんべいを焼く職人の姿が
おせん公園前を流れる伝右川に架かる橋の欄干にも、せんべいを焼く職人の姿が

戦後の高度成長期には贈答品として重宝され、さらに知名度が上昇。ただ同時期から、全国で草加せんべいをかたる粗悪品も増え、味への信頼度などが低下してしまう。近年は、地域食品ブランドの認定を受けるなど、イメージ回復やブランド力の向上に努めている。

「地域産の良質なうるち米100パーセント」「10年以上の経験を持つ職人が製造管理」「押し瓦を使用した手焼き、それに準ずる押し焼き」の3条件をクリアした「本場の本物」マークが付いていれば、味と品質は間違いなしだ。

当然、志免屋自慢の「特選堅焼煎餅」にも「本場の本物」マークが付いている
志免屋自慢の「特選堅焼煎餅」にも、地域食品ブランドの証し「本場の本物」マークが付いている

草加せんべいのテーマパークへ

家族連れや大人数で草加観光するなら、山香煎餅本舗の「草加せんべいの庭」へ。こちらも予約なしで、最大36人が同時に手焼き体験できる。

「草加せんべいの庭」は“せんべいのテーマパーク”とも呼ばれる。東武伊勢崎線「新田」駅からは徒歩9分ほど
「草加せんべいの庭」は“せんべいのテーマパーク”とも呼ばれる。東武伊勢崎線「新田」駅からは徒歩9分ほど

手焼き体験は生地2枚付きで1人550円(税込み)
手焼き体験は生地2枚付きで1人550円(税込み)

多くの家族連れが手焼き体験を楽しんでいた
多くの家族連れが手焼き体験を楽しんでいた

山香煎餅本舗は、米の甘みや焼きの香ばしさなどにこだわり、素材本来の味を生かした昔ながらのせんべい作りを大切にしている。店舗内には「手焼職人」の文字が大きく掲げられ、看板商品の「初代蒸篭(せいろ)職人」のほか、せんべい生地を使ったクランチチョコや、賞味期限5年の非常食用せんべいなど約100種類が並ぶ。

ガーデンカフェも人気で、草加せんべいソフトクリームや草加せんべいドーナツ、せんべいダシうどんなどの変わり種メニューは、ここでしか味わえない。

山香煎餅本舗のおしゃれな店内。じっくりと土産物を探そう
山香煎餅本舗のおしゃれな店内。じっくりと土産物を探そう

手焼きコーナーの隣にあるガーデンカフェ。せんべいに合うドリンク類のほか、せんべいダシうどんや草加せんべいヘルシーバーガーなど軽食も人気だ
手焼きコーナーの隣にあるガーデンカフェ。せんべいに合うドリンク類のほか、せんべいダシうどんや草加せんべいヘルシーバーガーなど軽食も人気だ

パウダー状にした草加せんべいを振りかけたソフトクリーム。甘くなめらかな食感に、少ししょっぱく、パリパリとしたせんべいがアクセントを加える
パウダー状にした草加せんべいを振りかけたソフトクリーム。甘くなめらかな食感に、少ししょっぱく、パリパリとしたせんべいがアクセントを加える

取材・文・写真=ニッポンドットコム編集部

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