世界遺産・京都「上賀茂神社」:いにしえの信仰と平安の雅が息づく、水と緑の古社を巡る

文化 歴史

洛北(らくほく)の豊かな自然に囲まれた上賀茂神社(京都市北区)は、京都最古の神社。神話に彩られたパワースポットをはじめ、国宝を含む荘厳な社殿建築群、「葵祭(あおいまつり)」に代表される古式ゆかしい年中行事など、境内は魅力いっぱいだ。

せせらぎに清められる神聖な空間

賀茂川(鴨川)の上流に鎮座する上賀茂神社は、下流側の下鴨神社(京都市左京区)と共に「賀茂社」と総称される。この地の古代豪族・賀茂氏の氏神で、社伝によれば創祀は2600年前にさかのぼるという。飛鳥時代には既に社殿が造営され、平安遷都(794年)以降は「皇城鎮護の神」として皇室や貴族の崇敬を集めた。

正式な社名は「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」といい、祭神「賀茂別雷大神」にちなむ。雷をつかさどる力を持つため、古くから雷よけの神様として信仰されるとともに、その強大なパワーにあやかりたいと必勝を願う武士などが信奉。近年では雷から転じて「電気の神様」と崇(あが)められ、参拝する電機やIT関係の事業者も増えているという。

境内の入り口「一の鳥居」。参道脇の広い芝生は、手づくり市やコンサートが開かれるなど憩いの場となっている
境内の入り口「一の鳥居」。参道脇の広い芝生は、手づくり市やコンサートが開かれるなど憩いの場となっている

祭神が降臨したと伝わる「神山(こうやま)」の麓に広がる境内は、約76万平方メートルにも及び、緑豊かで静逸な雰囲気が漂う。国宝2棟・重要文化財41棟を含む社殿が点在し、全域が「古都京都の文化財」としてユネスコの世界文化遺産に登録されている。

神山を背にした最も神聖な空間に、「本殿」と「権殿(ごんでん)」の2棟が、同じ造りで東西に並び立つ。権殿は、21年ごとに本殿を修繕する「式年遷宮」の際、一時的に神様を遷(うつ)すための仮の御殿。前方の屋根が長く延びて庇(ひさし)となる構造は、神社建築の主流を占める「流造(ながれづくり)」の原型とされ、式年遷宮が定められた1000年以上前からほぼ形を変えていない。その厳かな姿を前にすると、自然と背筋が伸びるだろう。

本殿の正門にあたる「楼門」は1628年の造替で、左右の「廻廊」と共に重要文化財。境内で唯一塗装が施された建物だが、鮮やかな朱色には魔よけの意味があるそうだ
本殿の正門にあたる「楼門」は1628年の造替で、左右の「廻廊」と共に重要文化財。鮮やかな朱色には魔よけの意味があるそうだ

東側(写真奥)の建物が本殿、西側が権殿(共に国宝)。特別参拝を申し込むと、神職によるお祓(はら)いと解説を受けて拝観できる 写真提供:上賀茂神社
東側(写真右奥)の建物が本殿、西側(中央奥)が権殿(共に国宝)。特別参拝を申し込むと、神職によるお祓(はら)いと解説を受けて拝観できる 写真提供:上賀茂神社

本殿の立つエリアは、境内を流れる「御物忌(おものい)川」と「御手洗(みたらし)川」の合流地点にあり、参拝するにはどちらかの川に架かる橋を渡る必要がある。「川を渡ることは、身を清めることにつながる」と権禰宜(ごんねぎ)の米山祐貴さんが語る通り、涼やかなせせらぎに耳を傾けると心が洗われるようだ。

御物忌川と御手洗川は合流して「ならの小川」と名を変える。清めの神事「夏越大祓(なごしのおおはらえ)」の祭場でもある
御物忌川と御手洗川は合流して「ならの小川」と名を変える。清めの神事「夏越大祓(なごしのおおはらえ)」の祭場でもある

神秘と伝承に彩られたパワースポット

京都きっての古社とあって、歴史を感じさせるパワースポットも多い。代表格は、「細殿」の前にある左右一対の「立砂(たてずな)」だ。

ならの小川の水を使い、神職が手作業で形を整える立砂
神職が手作業で形を整える立砂

特徴的な円すい形は、御神体である神山をかたどったもの。この山は周辺から縄文時代の遺跡も見つかっており、創建のはるか前から特別な場所だったことがうかがえる。そんな聖なる山のパワーにあやかろうと、かつては参拝者がこの砂を持ち帰って家の周りなどにまいたという。それが、現在も厄よけの風習として残る「清めの砂」の起源とされている。

御物忌川を挟んで楼門の東向かいに立つ「片岡社」。家内安全の御利益も
御物忌川を挟んで楼門の東向かいに立つ「片岡社」。家内安全の御利益も

数ある摂社の中でも安産や良縁の神として女性に人気が高いのが、片岡社こと「片山御子(みこ)神社」。天から降ってきた矢を大切にしたことで、賀茂別雷大神を身ごもった賀茂玉依姫命(かもたまよりひめのみこと)を祀(まつ)る。

片岡社は平安時代にはすでに縁結びの御利益で名高く、『源氏物語』の作者・紫式部も通ったという。そのため、絵馬には式部の和歌「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしずくに 立ちやぬれまし」が添えられている。ホトトギスの声を恋人の訪れになぞらえて、朝露にぬれながら待ちわびるほどの切ない気持ちは、恋に悩む現代人も共感できるだろう。

「2024年には紫式部を主人公にしたドラマも放映されるので、ゆかりの地としてぜひお参りを」と、米山さんはおすすめする。

紫式部が描かれた縁結び絵馬。御神紋の「二葉葵」をかたどった絵馬はハート形にも見える
紫式部が描かれた縁結び絵馬。御神紋の「二葉葵」をかたどった絵馬はハート形にも見える

平安絵巻を思わせる季節の行事

平安の風情を色濃く残す、年中行事の数々も魅力あふれる。最もよく知られているのは、毎年5月15日の葵祭。正式には「賀茂祭」といい、上賀茂・下鴨2社の例祭だ。

約1500年前、国中を襲った飢饉(ききん)と疫病を鎮めるため、当時の欽明天皇が使者・勅使(ちょくし)を派遣し、賀茂社の神に祭りを奉仕したのが始まりとされる。平安時代からは、皇女が「斎王(さいおう)」として奉仕した。

祭りのヒロイン・斎王代の行列が参道を進む 写真提供:上賀茂神社
祭りのヒロイン・斎王代の行列が参道を進む 写真提供:上賀茂神社

現在は斎王の代理「斎王代」が祭りのヒロインとなり、勅使と共に儀式に臨む。両者を中心に、平安装束をまとった約500人が京都御所から両神社へと練り歩く「路頭の儀」がハイライトで、例年多くの観覧者でにぎわう。

平安の雅(みやび)を感じる行事は他にもある。前年の葵祭に奉仕した斎王代が歌題を出す和歌の宴「賀茂曲水宴(きょくすいのえん)」(4月第2日曜日)や、舞楽の装束をまとった騎手2人が馬場を駆け抜ける神事「賀茂競馬(くらべうま)」(5月5日)は一見の価値あり。

賀茂曲水宴では園内の清流・ならの小川の分水に盃(さかずき)を浮かべ、目の前を通過するまでの間に即興で和歌を詠む 写真提供:上賀茂神社
賀茂曲水宴では園内の清流・ならの小川の分水に盃(さかずき)を浮かべ、目の前を通過するまでの間に即興で和歌を詠む 写真提供:上賀茂神社

賀茂競馬は天下泰平(たいへい)・五穀豊穣(ほうじょう)を祈る神事 写真提供:上賀茂神社
賀茂競馬は天下泰平(たいへい)・五穀豊穣(ほうじょう)を祈る神事 写真提供:上賀茂神社

初夏の葵祭に対し、盛夏の風物詩が6月30日の「夏越大祓」。上半期の罪や穢(けが)れを紙の人形(ひとがた)に移し、ならの小川に流して無病息災を祈る。水にゆかりの深い上賀茂神社ならではの神事で、人形が流れる水面をかがり火が照らす光景は幻想的。平安時代の和歌の題材になるなど、古くから都人に愛されている。

参拝者が納めた人形を、神職が祝詞(のりと)を唱えながらならの小川に流す 写真提供:上賀茂神社
参拝者が納めた人形を、神職が祝詞(のりと)を唱えながらならの小川に流す 写真提供:上賀茂神社

休憩におすすめなのが、社務所横の「神山湧水珈琲 煎」。神山の超軟水を使用し、それに合うように味の素AGF株式会社が豆を調合・焙煎(ばいせん)。深いコクと華やかな香りが特徴で、参拝前の一杯で心身を整えるもよし、お参りのあとで一服するのにも最適だ。

木を基調とした外観が境内になじむコーヒースタンド
木を基調とした外観が境内になじむコーヒースタンド

神山湧水は非常に柔らかな水質でまろやかな口当たり。ホットでも、アイスでもおいしい
神山湧水は非常に柔らかな水質でまろやかな口当たり。ホットでも、アイスでもおいしい

上賀茂神社

  • 住所:京都府京都市北区上賀茂本山339
  • 参拝時間:午前5時30分~午後5時(本殿・権殿の特別参拝、「神山湧水珈琲 煎」は午前10時~午後4時)
  • 拝観料:参拝無料(特別参拝は500円)
  • 定休日:なし
  • アクセス:JR「京都」駅より、京都市バス「上賀茂神社」行きで「上賀茂神社前」下車、徒歩すぐ

取材・文・撮影=エディットプラス

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