3.11後の日本

日本の財政の持続性を問う

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2009年の政権交代以降、日本の財政がそれ以前に増して悪化する中、東日本大震災が発生。復旧・復興に向けて支出は確実に拡大し、財政のさらなる悪化が懸念されている。果たして日本の財政は立て直せるのか。旧経済企画庁出身の成相修氏が分析する。

3月11日の東日本大震災の発生後、欧米の格付け機関が相次いで日本国債の格付け見通しを引き下げた。理由は明白である。大震災以前においても、社会保障の持続性に大きな疑問が指摘されていたが、2009年9月の政権交代以降増大したさまざまな手当などが財政状況を一層悪化させた。また、税収の回復の遅れが悪化に拍車を掛けたといえる。

これに加えて大震災からの復旧・復興のための財政支出の拡大、原発事故による被害、経済的損失にかかわる政府の負担を考慮すると、今後10年単位で日本の財政は極めて悪化することが見込まれる。今回の大災害を機に世界は災害リスクに対して敏感になっている。日本は首都東京を含めて、世界の中でダントツの1位で地震のリスクの高い国である。これが日本経済に対する中長期的な信頼を失わせている。本稿では、こうした日本の財政について、以下の点で解説する。

  • 財政の現状と、なぜこんなに財政状況が悪化したのか? 
  • なぜ財政赤字の累積は悪いのか? 財政破綻とは何か?
  • ソブリンリスクはあるのか? ギリシャとの差異はあるのか?
  • 増税は不可避か? 魔法の杖はあるか?

1 2011年度予算のいびつな姿

長期債務残高891兆円

2011年度の国の財政構造を図1で見てみると、92兆円余りの歳出のうち最大の歳出項目は社会保障費で全体の31.1%を占めている。次いで23.3%が国債の償還や利払いなどの国債費。地方自治体への交付金は18.2%にのぼる。この3項目で歳出全体の72.6%を占める。裁量的・政策的な支出が極めて制約される状況である。

一方歳入は、47.9%が国債という将来世代の負担によって賄われている。税収はわずかに40兆円余り(44.3%)にすぎないという異常な予算になっている。

出典:財務省ウェブサイト「日本の財政を考える」

こうした結果、2011年度末の国債残高は668兆円で、GDPの138%、2011年の税収の16年分に相当すると見込まれる(図2)。さらに、国と地方を合わせた長期債務残高は891兆円、GDPの184%にまで達する。 (※1)

一方、国の予算は一般会計とは別に17の特別会計があり、保険料などの特定の収入に基づいて特定事業の実施を目標としている。これらを合わせた国の全体の予算純額は2011年度で220.3兆円となる。特別会計の負担と受益の関係や事業ごとの収支を明確にすることによって、透明性を高めることが求められている。

出典:財務省ウェブサイト「日本の財政を考える」(一部年度を抜粋)

2012年度以降、財源のあてなし

政府は、2010年6月に中期的な財政健全化の道筋を示した「財政運営戦略」を閣議決定した。(※2)その中で2011年度予算では新規国債発行額が約44兆円を上回らないこと、基礎的財政収支(プライマリー・バランス)上の支出が前年度予算の71兆円を上回らないことを目標に掲げた。国債発行額を44兆円に抑えるために、2011年度予算で「その他収入」として特別会計の剰余金の取り崩しを“埋蔵金”として7.2兆円を見込んだが、これは2009年9月の政権交代後の財源探しの困難が顕在化した形だ。2011年度予算の焦点は、子ども手当、農家への戸別所得補償拡充など民主党がマニフェストで掲げた支出の取り扱いと、自民党と公明党の連立政権下で定められた基礎年金の国庫負担率50%の維持であった。基礎年金の国庫負担率50%維持に必要な財源は2.5兆円で、鉄道建設・運輸施設整備支援機構納付金や外国為替資金特別会計からの繰り入れでしのいだ。しかし、大震災の復旧・復興のための追加的な歳出を除いても2012年度以降は全く財源のあてはない。

さらに、歳出面から見た財政悪化の要因は、社会保障費の急拡大である。一般会計歳出の構成比を見ると、社会保障関係費が急増し、1990年度の16.6%が、2011年度は31.1%へと上昇した(図3)。他方、公共事業は大幅減となっている。国債費は21.5兆円と前年度よりわずかに減少したが、これは国債金利の低下による利払いが10兆円から9.9兆円へ低下したことによる。金利上昇があればこれは拡大する。

出典:財務省ウェブサイト「日本の財政を考える」

(※1) ^ 財務省ウェブサイト「日本の財政を考える」

(※2) ^ 閣議決定「財政運営戦略」、2010年6月22日

2 財政悪化の原因は?

3つの赤字原因

2010年度経済財政白書によると、赤字要因を次の3つに区分している。具体的には、(1)景気の悪化による名目成長率の低下がもたらした税収の減少、(2)債務の利払い費の増大、(3)減税、公共投資拡大など政策的要因――である。(※3)1990年代は政策要因と景気要因で赤字が拡大した。バブル後の不況対策としての政府支出が増大し、1999年以降は急速な景気の落ち込みで赤字を拡大させた。歳出の中身を見ると、2000年以降、公共投資は減少しているが、社会保障費が一貫して増加し、その幅が拡大している。歳入は、景気に最も敏感である法人税の落ち込みが大きい。景気に影響されないとされる消費税などの間接税も2008年度には大きく落ち込んだ。

この結果、OECD(経済協力開発機構)による国際比較で見ると、長期国債残高に社会保障基金などの債務を含めた日本の一般政府債務残高は1997年にGDP水準を上回って以来増大し、2011年度にはGDPの2倍以上に膨らんでいる。これは、米国の98.5%、英国の88.6%の2倍以上に相当し、イタリアの132.7%をも上回っている(図4)。(※4)

出典:財務省ウェブサイト「日本の財政を考える」

米国のオバマ大統領は財政赤字の大幅な削減に取り組み、英国もキャメロン首相のリーダーシップの下で厳しい歳出削減と国民の負担増を求めている。日本の国民負担率(国民所得に占める租税負担率と社会保障負担率の合計)は、2008年度に租税負担率24.3%、社会保障負担率16.3%の合計40.6%となっている。スウェーデン59.0%、ドイツ52.0%と比べてもOECD諸国の中では低い水準である(図5)。 (※5)

出典:財務省「OECD諸国の国民負担率(対国民所得比)」

債務残高については、資産を差し引いた純債務で比較すべきであるとの見方がある。資産は国民の保険料による年金積立金などだが、これらは将来の使途が決まっている。債務からこうした資産を差し引いた純債務残高で見ても、2011年度の日本はGDPの120.4%と先進国の中で最大の純債務国である。

(※3) ^ 内閣府『平成22年度 年次経済財政報告書(経済財政白書)』、2010年7月

(※4) ^ 財務省主計局 「我が国の財政事情(平成23年度予算政府案)」p.12
OECD Economic Outlook, no. 88 (December 2010), annex table 32.

(※5) ^ 財務省ウェブサイト「OECD諸国の国民負担率(対国民所得比)」

3 政府の財政中長期試算と「社会保障と税の一体改革」の問題点

成長率低迷なら大幅増税

大震災前に政府が描いていた財政展望(1月21日内閣府発表)によれば、名目成長率が1%半ばという慎重ケースでも、2020年には国と地方と合わせた基礎的財政収支(税収から利払いを除いた歳出を差し引いた収支)は23.2兆円(GDPの4.2%程度)の赤字と見込まれる。(※6)2020年度にこの収支を均衡させるためには、消費税で9.3%ポイントを上回る増税(1%の引き上げで2.5兆円程度の増収)が必要とみられる。あるいは思い切った歳出削減が不可欠である。

成長率が3%を上回るケースの場合、2020年度の基礎的財政収支の赤字は16.2兆円(GDPの2.5%程度)と見込まれるが、これは税収の伸びが歳出の伸びを上回るためである。しかし、このシナリオの実現性は極めて乏しい。成長率に関する想定が甘く、法人税減税などの税制改革の可能性があるため、この展望は画餅にすぎない。

このため、「社会保障と税の一体改革」の議論が進むことが期待される。2011年6月30日に政府・与党社会保障改革検討本部が改革案を公表した。(※7) この改革案は、2015年度までの場当たり的な案であるが、そこでは消費税率を2010年代半ばまでに段階的に10%までに引き上げることが最大の柱となっている。民主党政権はマニフェストで明記した「最低保障年金」(100%国庫負担)の実現はおろか、自公連立政権時代に法律で定められた基礎年金の国庫負担率50%を維持するための財源確保すら困難であることから、診療報酬と介護保険の改定を実現するためにも増税が不可欠となったことを認めざるを得なくなった。

消費税率引き上げから逃げる政権

だが、消費税率を10%に引き上げても、2015年度以降については、全く展望が描けていないことが問題である。さらに民主党のマニフェストとの関係が全く不明確であることで、民主党政権の基本的姿勢が問われている。今回の改革案は自公連立政権当時の政策を引き継いでいる。現行の社会保障制度の枠組みを維持する中で、消費税の引き上げに逃げ込んだといえよう。しかし、消費税の引き上げに関して、国と地方の取り分についての議論がなされていないことも露呈された。消費税率引き上げを提起するときには、それが持つ逆進性についての手当てを考慮すべきであるが、今回は全く触れられていない。民主党政権は、消費税率の引き上げ問題から逃げており、政権の正式な決定となることを回避している。この根本的な問題の先送りは、政権の弱体化と政策立案力の欠如を露呈しているとしかいいようがない。

(※6) ^ 内閣府「経済財政の中長期試算」、2011年1月21日

(※7) ^ 政府・与党社会保障改革検討本部「社会保障・税一体改革成案」、2011年6月30日

4 財政破綻のリスクとは

迫るギリシャ型危機

国の借金と個人の借金は、借金という意味では同じである。しかし、個人の借金であるローンは銀行などとローン契約を交わし、毎月決められた利息と元本を返済する。これに対し、国債は政府が発行する借用証書であり、一般的には額面に対して決められた率の利息(クーポン)を一定の期間にわたって支払い、その期間を終えると借りた元本をまとめて返済する。

利息の決まり方は、財務省が既に発行した国債が取引されている利回り(流通利回り)を基にしてクーポンを提示して、入札をかける。国債は市場で取引される。買い手が多ければ国債価格は上昇し金利は下落する。価格の変化が利回りに変化を生み、利払いの負担に影響する。2010年および2011年にも再燃しているギリシャ危機で見られたように、債務返済の信頼が揺らいだ国債はジャンクボンドとなり、ソブリンリスク(国家に対する信用リスク)は利払い負担を高めることになる。

日本国債の国内保有の限界近づく

財政破綻を意味する指標として、「債務残高の対GDP比が発散(増加)すること」が用いられている。これを防ぐためには、二つの条件、基礎的財政収支の均衡(税収で利払い費を除いた歳出を賄うこと)および名目成長率が長期金利を上回ることが必要である。さらに、国債の国内保有比率が注目されている。

日本国債の海外投資家による保有比率は6.6%程度と著しく低い。低金利で国債を発行できるのは、国内に国債購入需要があるからであるとされる。その源泉は、国内の貯蓄の存在である。日本の家計部門の純金融資産は1000兆円強とみられている。これらが銀行を通じて国債の購入に充てられている。他方、一般政府債務残高は980兆円程度になると見込まれる。これはすなわち、日本国債の国内保有が限界に近づいていることを示している。

さらに、家計部門の貯蓄率の急落が国内保有比率の低下をもたらす。高齢化が一層進むことが状況を悪化させている。団塊世代(1947年から49年生まれ)が75歳以上となる2025年には社会保障給付額が141兆円と、2010年の33%以上の増大となると見込まれている(図6)。(※8)財政改革を先送りすることは、日本国債の格下げと長期金利の上昇をもたらし(日本では、長期金利が主として新発10年物国債の流通利回りに基づいている)、利払いの増大、債務の累増をもたらすことになる。

(注)団塊の世代は1947~49年生まれ。
出典:財務省ウェブサイト「日本の財政を考える」

(※8) ^ 財務省ウェブサイト「日本の財政を考える」

5 「3・11」以降の新たな困難と財源に魔法はない

復旧・復興には100兆円も

3月11日以降、大震災、津波、原発事故の3つの困難が日本経済を襲っている。内閣府は前者2つの要因による直接的な被害額を25兆円程度と推計した。しかし、これは過小評価である。ストックとしての設備の喪失額が25兆円であるとしても、今後数年間にわたって失われると思われるGDPは大規模な数字になる。復旧と復興のための財政支出は今後10年間程度にわたり毎年10兆円程度と見込まれる。原発事故の被害補償、東電の債務保証などが国の財政負担となれば、財政状況の悪化はさらに深刻になる。

財源については、次の3つの選択肢がある。(1)既存経費の配分見直し、(2)増税、(3)国債の増発、であるが、いずれも難しい。第1次補正予算では4兆円強の予算規模のうち2兆5千億円程度を基礎年金財源の転用によって賄った。これは、一時しのぎである。基礎年金の財源を年金以外の目的に使用することは、国の資産を食い潰すことであり、将来世代の負担を増大させたことと同じである。

最近盛んになっている議論は、1兆ドルになっている外貨準備を取り崩して財源を確保すべきというものだ。一見もっともらしい。しかし、外貨準備を積み上げるためには短期国債を発行して資金調達されたことを考慮すべきである。外貨資産(米国債など)を売却する場合には、その調達に使用した国債を償還することが先決である。外貨準備は決して埋蔵金ではない。基礎年金基金の流用や外貨準備の売却は、国債発行による財源確保に比べて、負担がないままに魔法の杖によって財源を賄うことができるという幻想を国民に与えかねない。

自助努力欠如なら国際機関の介入も

OECDは2011年4月の対日審査報告で、「財政目標の達成のためには、税収の増加が必要になる。……追加的な歳入としては主に消費税に頼りつつ、直接税の課税ベースの拡大や労働参加を促進するといった包括的な税制改革を通じて歳入は増加されるべきである。基礎的財政収支を均衡させるためには、消費税率は現行の5%から、5~9パーセントポイント程度引き上げられなければならないであろう」と指摘した。(※9)

さらにIMF(国際通貨基金)のスタッフは6月16日に日本に対する提言として、「消費税を向こう数年で現行の5%から15%へ段階的に引き上げる措置によって、今後数年以内に公的債務の対GDP比率を低下軌道に乗せるために必要な財源の約半分が賄われる」と指摘した。(※10)

OECDやIMFから指摘される前に、国の社会保障制度の持続性と負担と便益のあり方について国民に問題を提起し、理解を求めるという堂々とした議論を政治がリードできなければ、根本問題をますます先送りすることになる。国内の政治力に期待できないとなれば、IMFなどの国際機関の強力な指導を受けることも可能性の中に入る。日本国民は真剣に日本の社会の持続性を考えるべきである。

(2011年6月記)

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