異常気象と日本社会

異常気象による自然災害がマクロ経済に与える長期的インパクト

経済・ビジネス 社会

異常気象が引き起こす自然災害により、社会は大きな経済的ダメージを受ける。しかし筆者によると、災害による社会の環境変化は、長期的にはマクロレベルで経済成長を促進させる要因ともなり得る。

近年、日本各地で局地的な豪雨や洪水、非常に勢力の強い台風、日中の最高気温が35度以上となるいわゆる「猛暑日」が増加するなど、異常気象が頻発している。一つの原因として考えられるのが、地球規模で進行している「温暖化」である。地球温暖化現象に対処するために、例えば、1997年に京都議定書が締結され、温室効果ガスの削減を目指すことが強調された。しかしながら、温暖化対策の効果は即効性のあるものではなく、10年もしくは100年単位で現れるようなものであり、われわれににとって、発生する自然災害・異常気象は、少なくとも「短期的にはコントロールできるものではない」(外生的与件)と考えられる。

では、自然災害・異常気象は「長期的」に見て、一国の経済にどのような影響を与えるのであろうか。経済成長論の議論を用いながら、自然災害・異常気象がマクロ経済にもたらす影響の可能性について考えていく。

自然災害・異常気象とマクロ経済の長期的関係

自然災害とマクロ経済の長期的関係を考察するにあたり、まず「マクロ経済」の指標として何を考えるのかが必要となる。「マクロ経済」とは一国全体の経済・社会の動向であり、分析対象として例えばGDP、物価水準、利子率、失業率、財政赤字など多岐にわたるものである。本稿では、これらの全ての指標と自然災害との関係を考察するのではなく、マクロ経済の指標として「一人あたりGDP」のみを取り上げ議論を進める。(※1)

表1 自然災害の発生が一人あたりGDPに与える影響

ケース短期的影響長期的影響
水準水準成長率
マイナス マイナス 不変
マイナス 不変 不変
マイナス プラス 不変
マイナス プラス プラス

 

図1は、横軸に時間、縦軸に一人あたりGDPを取り、自然災害が発生した際に、一人あたりGDPが短期的および長期的にどのような影響を受けるのかについて、4つの可能性を示したものである。この図では、技術進歩によってある一定のトレンドで成長している一人あたりGDPが、災害発生によって被害を受け、混乱することにより一時的に低下するが、その後は再び以前と同じ一定のトレンドか(ケース①~③)、もしくはそれ以上のトレンド(ケース④)で推移していくことが示されている。表1には、図1で示されているトレンドが「一人あたりGDP成長率」であることに留意した上で、自然災害が一人あたりGDPに与える短期的・長期的影響が示されている。

ケース①は2010年に発生したハイチ地震が挙げられる。この地震は30万人以上の死者をもたらし、首都ポルトープランスをはじめ多くの建物が破壊されるなど、未曾有の被害がもたらされた。地震発生から3年が過ぎたが、疫病問題や住宅問題、治安不安定、略奪などの諸問題により、いまだに経済・社会は停滞したままである。

一方、ケース③や④は、日本で発生した関東大震災や阪神淡路大震災、また1755年にポルトガルの首都リスボンで発生したリスボン地震などが挙げられる。これらの災害においては、その発生を契機として、経済・社会の仕組みやあり方、人々の意識に変化が生じ、着実に復興していった。(※2)このように自然災害によって被害を受けた国の中でも、ある国では着実な復旧・復興がなされている一方で、それがなかなか進展しない国もある。

災害発生後の「成長会計」による分析

上述したように自然災害・異常気象は、我々にとって外生的与件であると考えられる。自然災害の発生が不可避である状況において災害が発生した場合、その後の経済はケース③もしくは④で推移していくことが望ましいことは明らかであろう。そこで以下では、どのような条件であればケース③もしくは④で推移していくのかを、経済成長の要因を分析する「成長会計(growth accounting)」を用いて考察していくことにする。

一人あたりGDPが以下の生産関数によるものとする。

         y=Aαβ       (1)

ここでyはt期の一人あたりGDP、kはt期の一人あたり物的資本、hはt期の一人あたり人的資本、Aは全要素生産性(技術水準)であり物的資本や人的資本以外で生産に貢献する要素である。(※3)

(1)式より、

の成長率 = Aの成長率 + α×kの成長率 + β×hの成長率       (2)

という成長会計式が導出される。この式より自然災害が「Aの成長率:全要素生産性成長率(技術進歩率)」、「kの成長率:一人あたり物的資本成長率」、「hの成長率:一人あたり人的資本成長率」に影響を与えるのであれば、一人あたりGDP成長率に対して影響を及ぼすということになる。(※4)これらの要因の中から、以下では特に「A:全要素生産性」に着目し考察を行っていく。

全要素生産性は、前述のように物的資本や人的資本以外で生産に貢献する要素であり、一般に生産における技術水準や経済活動環境などが考えられる。すなわち、同じ機械(物的資本)と同じ能力の労働者(人的資本)を用いて生産活動を行った場合の「生産力の違い」を示すものである。全要素生産性の具体的な内容は非常に多岐にわたるものであるが、ここでは近年、経済学で生産性の要因として注目されている「生産設備の技術革新」と「他人への信頼」の2つに焦点をあてて議論していくことにする。(※5)

災害後の「生産設備の技術革新」の変化

自然災害が全要素生産性にプラスの影響を与えることについて、まず自然災害によって既存の物的資本・インフラ設備などが被害を受け、特にその被害が旧態依然の設備であった場合、災害被害から復旧する過程において、その時代の新技術を含んだ新たな物的資本・インフラ設備が導入されるケースが考えられる。このような場合は「自然災害の創造的破壊」して知られている(Skidmore and Toya (2002)、Cuaresma, Hlouskova and Obersteiner(2008))。物的資本の「量」ではなく「質」が変化することによって、一人あたりGDPは増加し、図1のケース③もしくは④となる可能性がある。

表2 新しい設備導入ゲーム

  若年者
  新しい設備 古い設備
老年者 新しい設備 [ 4 (=6-2),  4 (=6-2) ] [ 2,  1 (=3-2) ]
古い設備 [1 (=3-2),  2 ] [ 2,  2 ]

注)[ ]は[若年者の利得、老年者の利得]を表している。

このことを、簡単なゲーム理論を用いて見てみよう。表2は、自然災害が新しい設備の導入を促すという「新しい設備導入ゲーム」が示されている。ある若年者と老年者の2人からなる企業を考え、現在、両者は古い設備を用いて生産活動を行っているものとする。2人とも古い設備を用いて生産を行うと、それぞれ「2の利得」が得られるとする。

一方、新しい設備で生産を行うと、2人同時に新しい設備を用いた場合は、その性能が最も発揮されてそれぞれ「6の利得」が得られる。しかしながら、1人だけ新しい設備を用いた場合は、その性能が部分的にしか発揮できずに、「3の利得」となってしまうものとする。なお、新しい設備を用いるためには、その使い方を習得しなくてはならず、二人とも「2の費用」が必要であるとする。

以上の利得をまとめたものが、表2に示されている。カッコ内は[若年者の利得、老年者の利得]が示されている。この場合、両者とも新しい設備を用いた方が、最も利得の合計が大きくなるため望ましいが、[若年者:新しい設備、老年者:新しい設備]および[若年者:古い設備、老年者:古い設備]がともにナッシュ均衡であり、相手の行動を所与とした場合、お互いに行動を変えようとする誘因をもたないことになる。

したがって、現在、両者とも古い設備を用いて生産活動を行っている場合、新しい設備を用いると生産能力が上がることを知りながら、現状維持の設備を用いて生産活動を行ってしまうことになるのである。

上記の例は、自然災害によって既存の設備が破壊されてしまうと、短期的にはその被害によって経済・社会は混乱、停滞することとなるが、長期的には新しい設備が導入され、より効率的な生産活動を行うことが可能となり、経済が成長することを示すものである。

自然災害後の活動を左右する「他人への信頼」

「他人への信頼」の指標として、本稿ではISD: Indices of Social Developmentによって作成された「Interpersonal Safety and Trust」を考える。ISDは世界193ヶ国の1990年から2010年にかけた様々な社会データをまとめ、2014年時点で6つのカテゴリーの指標を作成している。(※6)「Interpersonal Safety and Trust」は、「ある個人が、初めて会う人に対して、どの程度信頼できるか」を測った指標として作成されている。この値が大きいほど、人々の間で信頼が築かれ易く社会全体の治安が安定することで、経済活動が活発になることが知られている。

自然災害・異常気象が他人への信頼に影響を与える要因として、まず第1に、自然災害という一個人にとって対処するには、あまりに大きすぎる事象に対し、周辺・地域住民らと共に減災、防災、救助活動などで、互いに協力・協調しあうことで「他人への信頼」が高まることが挙げられる。

第2に、直接、災害に被災していない個人にとっても、災害地域へのボランティア活動や募金活動など他人を思いやる気持ちが育まれることを通じても、「他人への信頼」が高まることが考えられる。信頼度が低い経済では経済取引コストが高くなるために、経済発展が停滞することが知られており、従ってこの結果は、自然災害を契機として人と人の結びつきが強まり、経済がより発展することとなり、図1のケース③もしくは④となる可能性があることを示唆するものとなる。

図2は104カ国のデータを用いて、横軸に1970年から2000年の国土面積あたり強風の数を取り、縦軸に2000年から2010年にかけての「他人への信頼度の平均値」を取ったものである(Toya and Skidmore (2012))。この図は両者の関係が有意にプラスであることを示すものであり、過去に強風を多く経験している国ほど、他人への信頼が高くなる傾向にあることを示している。

災害に屈しない経済・社会構築が重要

本稿は、自然災害・異常気象が長期のマクロ経済にどのような影響を与えるのかについて、特に自然災害・異常気象の発生と「生産設備の技術革新」および「他人への信頼度」の関係に焦点をあてた考察を行い、長期的には経済成長を促進させる可能性があることを指摘した。このことは、将来、予想される異常気象の増加は、人々の信頼を高める「機会」が増えることを意味している。おそらく今後も発生するであろう自然災害・異常気象に際し、このような議論を踏まえ、災害に屈しない経済・社会を築いていくことが重要であると思われる。

 

参考文献

外谷英樹(2014)「自然災害のマクロ経済への長期的インパクトについて」、澤田康幸編『巨大災害・リスクと経済』、第3章、頁79-102、日本経済新聞出版社

Cuaresma C., Hlouskova, J., and M.Obersteiner. (2008)“Natural Disasters as Creative Destruction?  Evidence from Developing Countries.” Economic Inquiry, 46 (2), 214−226.

ISD.“Indices of Social Development.”

Skidmore, M. and H. Toya. (2002)“Do Natural Disasters Promote Long-run Growth?”Economic Inquiry, 40, 664–687.

Toya, H., and M. Skidmore.(2012) “Do Natural Disasters Enhance Societal Trust?” CESifo Working Paper Series 3905, CESifo Group Munich.

 

タイトル写真:阪神淡路大震災(1995年)直後の神戸市長田区の惨状(左)と、復興が進んだ2004年の様子(時事通信フォト)

(※1) ^ 「一人あたりGDP」は国民の豊かさ、経済発展度合いを示し、マクロ経済において最も重要な指標として広く認識されており、また一人あたりGDPはその他のマクロ経済指標と密接な関係があることが、その理由である。

(※2) ^ 阪神・淡路大震災の復旧・復興の詳細については、この兵庫県の報告書などを参照のこと。 

(※3) ^ αとβは共に正の値であり、通常の生産関数においてはα+β<1とされる。

(※4) ^ Skidmore and Toya(2002)は、1960年から1990年における90ヶ国からなるクロスカントリーデータを用いて、自然災害の中でも、現在の技術水準で比較的予測が可能な気候的災害(強風、洪水)の頻度と一人あたりGDP成長率はプラスの関係にあることを示し、それは「全要素生産性成長率(技術進歩率)」と「一人あたり人的資本成長率」を通じた効果によるものであることを指摘している。

(※5) ^ 「技術革新」と「他人への信頼」以外で注目されているものとして「政府の質」が挙げられる。自然災害・異常気象が政府の質を高め、経済成長を促進させる可能性については、例えば外谷(2014)を参照のこと。

(※6) ^ Civic Activism、Clubs and Associations、Intergroup Cohesion、Interpersonal Safety and Trust、Gender Equality、Inclusion of Minoritiesの6カテゴリーである(http://www.indsocdev.org)。

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