憲法改正

安倍改憲が直面する3つのハードル:国会情勢、世論、解散権との見合い

政治・外交

内閣支持率が急落する情勢の中、安倍晋三首相は「2020年施行」という憲法改正スケジュールを堅持できるのか。筆者は、支持率の好転がなければ「首相は(衆院を解散して)政権を維持するか、憲法改正かの選択を迫られる、憲法改正にこだわると、両方を失うリスクすらある」と指摘する。

「ある種のスケジュールについても一石を投じたわけでありますが、スケジュールありきではありません。そして、あの時(注:5月3日)も申し上げたわけでありますが、国会が発議をするわけであります。ですから、しっかりと国会で議論をしていく」

「また、党主導で進めていってもらいたい」

安倍晋三首相は8月3日に内閣を改造し、その後の記者会見で憲法改正についてこう述べた。

首相はこれまで改憲について、内容やスケジュールまでかなり具体的な考えを示して来た。5月3日の憲法記念日には、憲法9条1項および2項をそのまま残した上で自衛隊の存在を明記する憲法改正を行い、2020年の施行を目指すと表明していた。

さらに欧州諸国を歴訪中の7月9日、秋の臨時国会の終わりまでに自民党の憲法改正案を国会に提出する考えも示した。

8月3日の首相発言により、自民党が秋の臨時国会で改憲案を提示するかははっきりしなくなってきた。

首相が姿勢を変えた事情として、森友学園への国有地の払い下げ問題、加計学園の獣医学部の新設問題や南スーダンPKOに派遣されていた自衛隊の日報の隠蔽(いんぺい)問題などのため、国民の内閣に対する支持が低下したことがあるのは間違いない。読売新聞の世論調査では、5月に61%だった支持率は6月に49%、7月には36%に急落。一方、不支持率は5月の28%から7月には52%と上昇した。

7月2日には一般に選挙後の国政の行方を占う意味で重要であると考えられている東京都議会選挙が行われ、自民党は127議席中23議席しか獲得出来ず、歴史的惨敗を喫した。

憲法改正には反対意見も強く、内閣支持率が低い中で改憲の議論を行うと、さらに国民の内閣に対する支持を損なう恐れがある。このため、首相はこれまでより慎重な態度を取るようになったのであろう。

安倍首相は就任以来、憲法改正に積極的な姿勢を示してきた。本稿では、これまで首相や自民党が憲法改正に向けてどのような考えを示してきたのかを振り返り、今後の展開について考えていきたい。

「一度に全面改正」は認められず

憲法改正を国会が発議するためには衆参両院でそれぞれ三分の二の賛成が必要だ。14年12月の総選挙で自民党と公明党が勝利し、連立与党の両党は現在、衆議院で三分の二以上を確保している。参議院でも自民党と公明党のほか、憲法改正を支持する勢力は三分の二以上に達している。つまり現在は憲法改正に向けた窓が開いている。

憲法改正のために必要な手続きを詳しく説明しておこう。衆議院で100人以上、あるいは参議院で50人以上の賛成により、改正原案を発議できる。衆議院で発議された場合には衆院憲法審査会で審議が行われ、可決後に本会議で総議員数の三分の二以上の賛成を得ると参議院に送られる。参院憲法審査会で可決後、本会議で総議員数の三分の二以上の賛成を獲得できた時点で、国会として憲法改正案を発議したことになる(参議院で原案を発議した場合は上記の順序が逆になる)。その後に、国民投票による承認が求められる。国民投票で過半数の賛成が得られると憲法改正が実現する。

国会法は憲法改正の発議は「内容において関連する事項ごとに区分して行う」ことを定めている。この規定のため、憲法を一度に全面改正することは難しく、条文ごと、あるいはいくつかの条文をまとめて改正することを発議して、国民に判断を求める必要があると考えられている。ただ、複数の事項について同時に改正を発議することは可能であると考えられている。

「緊急事態条項」から「自衛隊明文化」へシフト

近年、改憲に向けた議論を提起してきたのは自民党である。そもそも1955年に結党された際に、自民党は「自主憲法の制定」を目標の一つとして掲げている。常に自主憲法の制定を選挙公約として掲げきたわけではなかったが、2000年の衆院選では自主憲法の制定を「立党以来の党是」であると述べ、「21世紀にふさわしい国民のための憲法の制定」を公約する。05年10月には結党50周年に際し、憲法草案を策定した。

06年9月に、第一次安倍晋三内閣が成立。自民党と公明党は、改正手続きを定める国民投票法案を07年5月に成立させる。

09年9月に野党となった自民党は、11年12月から新たな憲法改正草案を準備し、12年4月のサンフランシスコ講和条約発効60周年に合わせて改正草案を発表する。草案には全ての国民が「人として尊重されること」「国防軍を保持すること」などの規定が盛り込まれている。

自民党は12年12月の総選挙に勝利し、第二次安倍内閣が成立する。安倍首相は憲法改正に積極的で、当初は、改正手続きを定める96条を改め、発議要件を緩和する考えを示した。だが、野党のみならず公明党も慎重な姿勢を示し、首相は13年7月の参院選以降、96条改正にそれほど触れなくなった。

自民党は14年の総選挙で、「憲法改正原案を国会に提出し」、憲法改正を目指すことを公約に掲げた。その後、首相や自民党は改憲の内容として、大災害などの緊急事態への対応を定める「緊急事態条項」設置を主張するようになる。

もっともこの間、憲法審査会における論議が進展してきたわけではない。13年3月から衆参両院の審査会で議論が開始される。14年11月には衆院で各党が憲法改正を検討する上で取り上げるべきと考えている課題、改正の進め方などについて意見を述べ、自由討議が行われている。15年5月にも優先度の高い課題について議論が行われた。しかし、6月に参考人として招いた憲法学者が当時審議されていた安保関連法制を違憲と認めたことにより、議論の焦点が集団的自衛権に移ってしまう。

憲法審査会における議論は16年11月に再開され、17年1月からは参政権のあり方や緊急事態、国と地方の関係、新しい人権、天皇などをテーマとして議論してきている。一方、参議院では二院制のあり方を取り上げることが多かった。

こうした中で首相は今年5月、憲法改正で自衛隊の存在を明記する考えを示したのである。歴代内閣はこれまで、自衛隊は9条2項で定める「戦力」にはあたらず合憲であるという憲法解釈を行ってきた。こうした解釈が積み重ねられて来たことを踏まえた上で、自衛隊の存在を明文化することに大きな問題はないと首相は考えているのだろう。

慎重姿勢強める公明党

ところで、他の政党は憲法改正にどのような姿勢を示しているのだろうか。

連立与党の公明党は、憲法に必要な事項を加える「加憲」の立場を取る。首相の改憲案については、最近はより慎重姿勢を強めている。最大野党の民進党は、憲法改正について議論の必要性は認めるものの、20年までの施行という首相の日程には消極的な態度を示す。党内に改憲について多様な意見があるからである。

日本維新の会は憲法改正に積極的であり、その前身のおおさか維新の会が16年3月に教育無償化、憲法裁判所の設置などを改憲案として発表している。首相の改憲案についても理解を示している。共産党や社民党はそもそも憲法改正に反対である。

自民党は5月の首相発言後、憲法改正推進本部を拡充。二階俊博幹事長、下村博文元外相、茂木敏充政調会長などが新たにメンバーとして加わった。6月には、憲法改正案を取りまとめるための議論を本格的に始めている。

今後、首相はどう議論を進めて行くつもりなのだろうか。頭に入れておかなくてはならないのは衆参両院の議席状況である。改憲に前向きな勢力が「三分の二を超えている」この状況に頼れるのは、あと1年余り。衆議院の任期は18年12月までだからである。

18年12月までは憲法改正を発議できる可能性が高い。7月に首相が臨時国会中の自民党案提出を目指すと発言した背景には次のようなスケジュールを考えていたからであろう。すなわち、秋の臨時国会で自民党案を提示、その後、来年の通常国会、あるいは臨時国会に審査会で議論を終え、国会発議にこぎ着け、総選挙と国民投票を同時期に行うというものである。

ただ、憲法改正の議論を今後進める上では三つの「ハードル」がある。

憲法審査会の議論進捗ペースが鍵に

一つは、首相が自民党や憲法審査会に対し、議論の進捗を促すことができるのかはっきりしないということである。

これまで首相が重視する政策案は、内閣が立案してきた。内閣が政策を立案し、法案を策定する場合、首相は政府の長として閣僚、さらには実際の作業を行う官僚に指示を出すことができる。法案を国会に提出する前には、自民党内で事前審査を行う。

これに対し、改憲の場合には自民党の憲法改正推進本部が改正案を策定する。首相は党総裁として、推進本部の幹部に指示を下すことになる。推進本部での議論には党の国会議員も参加するはずで、最終的に党としての意思決定を行う過程は通常の事前審査と似たものになると考えられる。

内閣の政策の場合、首相は政府内において閣僚の任免権や幹部官僚に対する人事権など強い権力を持っており、この権力に依拠しながら政策立案を進めることが可能である。

憲法改正にあたっては、首相は自らに近い議員、あるいは党職員に依存することになる。ただ、こうした議員や党職員に対し、閣僚や官僚に対するのと同様に強い指導力を発揮できるのかは定かではない。さらに、党内で作業を行う人的資源を首相が十分確保できるのかという疑問がある。例えば、事前審査の際の根回しなどは官僚が行うのが常である。今回の改正過程で、それに相当する作業を行うことができるだろうか。

また、憲法改正案の審議を行うのは憲法審査会で、審査会の日程を決める権限を持つのは審査会長や幹事である。衆参両院の審査会長や与党幹事が野党に配慮し、審議を慎重に進めようとする場合、首相が思い描くような日程で審議が進むかどうかははっきりしない。

もちろん首相は自らの意向に沿う政治家がこうしたポストに就くよう注意するのみならず、党総裁として必要な影響力を行使するだろう。ただ首相は、審査会の議論の進捗ペースを決める権限までは握っていない。

割れる世論、首相の改憲日程には「反対」多数

二つ目は世論の動向である。獣医学部の新設を加計学園に認める決定過程の不透明性、防衛大臣の都議選中の不適切な発言などが要因となり、すでに示したように内閣支持率が急落している。

首相が以前示した改憲日程について、世論は割れている。朝日新聞の調査(7月上旬実施)では、秋の臨時国会で自民党案を提示することに「評価する」が35%、「評価しない」が49%となっている。自民党支持層が相対的に多いと考えられる読売新聞が同時期に行った調査でも、「賛成」37%、「反対」48%となっている。

改憲に向けた議論を今後進めると、支持率はさらに低下する可能性がある。こうした世論の動向は自民党の議員に影響を及ぼし、党内議論が停滞する恐れがある。

改憲で縛られる「解散権」

三つ目は、首相の解散権との関係である。現在の内閣支持率では衆議院を解散した場合、与党で三分の二を超える議席を獲得できるとは考えにくい。従って、憲法改正を実現しようとすれば、発議までは解散できない。発議後に解散することは、法的には問題がない。しかし、発議の正当性を保つためにも、国民投票を実施するまでは解散しないことが望ましい。

つまり、憲法改正を試みるのであれば当面、解散は難しい。一方で、憲法改正にこだわって解散を先送りすると、政権を維持する上で危険な状況で解散せざるを得なくなる恐れが生まれる。内閣支持率が今後低迷を続けた場合、首相は政権を維持するか憲法改正かの選択を迫られる、憲法改正にこだわると、両方を失うリスクすらある。

すでに述べたように国民の内閣に対する支持は大きく低下した。改造後、支持率は42%に回復したものの、不支持率は48%と支持率を上回っている。

首相が今後、改憲に向けた議論を目論見通りに進められるかどうかは内閣に対する国民の支持を取り戻せるかどうかにかかっている。首相は改造後に積極的に取り組む政策として「人づくり革命」を掲げている。当面は、この政策が国民の共感を呼ぶ成果を生み出すことができるかが、憲法改正の今後を占う上で重要な意味を持っている。

バナー写真:憲法改正推進派のフォーラムに寄せたビデオメッセージで改憲について語る安倍晋三首相=2017年5月3日、東京都千代田区(時事)

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