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特集 習近平2期目の中国と日本
習近平政権の強硬策は成功するのか—首都北京におけるスラム街一掃から考える

阿古 智子【Profile】

[2018.07.03]

習近平政権下で拍車がかかる新都市計画の一環で、都市で働く「農民工」たちは強制退去などの迫害を受けている。低所得層に対する政府の公的支援は不足しており、経済格差が広がるばかりだ。中国特有の戸籍制度も格差の背景にある。

北京市の大火災と「低端人口」の排除

2017年11月19日、北京市南部の大興区西紅門で、19人が死亡する大きな火災が発生した。違法建築物が密集し、消防車が火元に近づけなかったためだ。この大火災の後、同区をはじめ順義区、豊台区など外来人口が集住する地域で、黒ずくめの服装の人たちが大きな金槌(かなづち)や鈍器を持ち、賃貸マンション、アパート、地下室などに入り込んだ。彼らは、手当たり次第に窓ガラスや家具などを壊し、住民を着の身着のままで寒空の下に追い出した。商店や住宅用水、電気、ガス燃料、暖房を止め、抵抗する者を拘留までしたという。

火災の火元は、「三合一」(生産、倉庫、居住スペースが一体化した物件)の「非法群租房」(違法に賃貸している物件。「群租」とは一家族が居住するようなスペースに10人、20人と集団で入居させているような状況を表す)だった。

11月10日、この火災の9日前に、首都国際空港からほど近い順義区李橋鎮で倉庫の火災が発生したことも、北京市の治安関係部門の責任者を焦らせた。習近平国家主席とトランプ米大統領が会談を終え、ベトナムで行われるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会談に向けて飛行機で飛びたとうというタイミングだった。米中の指導者は空港で火災の煙が上がるのを見てしまったかもしれない。死者も負傷者も出なかったが、この火災は中国にとって重要な外交舞台の片隅を汚してしまった。2つの火災がきっかけとなり、同市では安全に関わる事故の再発を防ぐべしという指令が出され、大規模で徹底的な一斉検査が行われることになったのだ。

インターネット上には、豊台区共産党委員会の汪先永書記が会議で、「“三合一” の建物を“実招、狼招、快招” する」と気勢を上げる場面を映した動画が出回った。それによると、「実招」は「全ての役人が第一線に行き一斉に調べ、整理する」、「狼招」は「公安、“城管”(治安維持や衛生管理を任務とする都市管理員。法的な権限がどこまで認められるのか不明確)が、政府の法執行部門、検察院、党の宣伝部門などと協力し、公共の安全に危害を及ぼすものを厳しく確実に取り締まる」、「快招」は「文書の発布や会議の実施を待たず、即座に執行する」という意味だという。このような荒っぽいやり方で、数日の間に10万人以上が身を寄せる場を失ったという。

一部のネットユーザーたちは、黒ずくめの服装の人たち(おそらく“城管”)の写真を、1938年11月9~10日にドイツ各地で行われた「水晶の夜」(クリスタル・ナハト)と呼ばれる反ユダヤ主義暴動の主力となったナチス突撃隊の写真と併置して発信した。ネットユーザーたちは、強制排除の対象となった人たちは「低端人口」(低ランクの人たち)とみなされていると指摘し、彼らをユダヤ人と重ね合わせた。

「城中村」=戸籍制度が生んだ「非市民」の “スラム”

排除の対象になった人たちが住む地区は、ちまたでは「城中村」と呼ばれている。文字通り翻訳すると、「都市の中の農村」という意味であり、なんとも矛盾に満ちた言葉だ。急速な経済発展と都市化の進展に伴い、全て、あるいは部分的に耕地が収用された地域、あるいは、都市の再開発事業から取り残された「市民」ではない外来人口(当該居住地の戸籍を持たない人)が集住する地域であり、スラムと呼んでも差し支えないような劣悪な環境が広がっている。

「市民」と「非市民」の区分は、中国特有の戸籍制度に基づいてなされている。戸籍制度は1958年に導入されたが、当時、中国政府は重工業分野での資本蓄積を加速するため、農産物価格を抑え、都市住民の福利厚生を優遇する必要があると考えていた。戸籍制度は、農民と都市住民の身分を分け、農村から都市への人口移動を厳しく規制したが、80年代に各地で人民公社が解体し、その後、都市部における労働力の需要が高まるにつれ、移動の制限は事実上なくなった。しかし、都市戸籍と農村戸籍の枠組みは依然残っており、農村戸籍を持ちながら都市で働く人たちは「農民工」と呼ばれるようになった。農民工は都市では「市民」ではなく、多くの社会サービスを受けることができない。

政府が戸籍制度を完全に廃止できないのは、社会保障の地域格差が大きいこと、都市と農村で土地の所有形態や登記方法が異なることなどが主な原因であろう。中国は土地の公有制を崩していないが、「土地管理法」(1986年制定)によると、都市部では土地の所有権は国が持つものの、使用権は市場で流通し、地権者はそれらを自由に売買できる。使用権とは日本の定期借地権のような有期(住宅地は70年など)契約で、更新によって継続できるし転売もできる。つまり、都市部の土地・不動産は実質的に私有化している。一方、農村部は村などの集団(中国語では「集体」)が土地を所有しており、農民は土地経営請負権を持つが、それを自らの意思で売却したり、抵当に入れたりはできず、農地の転用も厳しく規制されている。ただし、「公共の目的」があれば政府が収用し、集団所有から国有にする手続きを取った上で、非農業用地として開発できるのだが、「公共の目的」の定義が曖昧であるため、多くの地域で乱開発が進んだ。

戸籍は社会保障ともつながっている。戸籍は親から子に引き継がれる。国民がどの地域の、どの種類の社会保障を受けるかは生まれながらにして決まり、地域格差は非常に大きい。例えば、2017年現在上海市では、所有する財産(現金や預貯金)が3人家族なら1人当たり3万元以下、2人以下の家族なら3万3000元以下で、住宅以外の不動産や車を所有せず、家族1人当たりの月収が市の同時期の最低生活保障水準より低ければ、同水準である970元を受給できる。一方、筆者が16年に訪れた湖南省の農村で話を聞いた塵肺(じんはい)病で苦しむ元炭鉱労働者たちには、炭鉱を運営する会社から数千元の見舞金が支給されただけで、政府の生活保護はわずか月90元だった。

戸籍の転出入の手続きは就職した企業などを通してできるが、多くの都市が学歴、社会保険への加入状況、社会貢献、住宅の所有、投資、納税などの指標に基づくポイント制を導入し、戸籍人口の増加を抑制している。現在、過密化が進む都市への転入は、高学歴のホワイトカラーでも難しい状況になっている。

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  • [2018.07.03]

東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は現代中国論。1971年生まれ。94年大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒、96年名古屋大学国際開発研究科修士課程修了、2003年香港大学大学院博士課程修了。在中国日本大使館専門調査員、学習院女子大学准教授、早稲田大学国際教養学部准教授などを経て、13年から現職。著書に『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告』【増補新版】(新潮社、2014年)、『超大国・中国のゆくえ5 勃興する民』(東京大学出版会、新保敦子と共著、2016年)などがある。

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