習近平2期目の中国と日本

習近平政権の強硬策は成功するのか—首都北京におけるスラム街一掃から考える

政治・外交

習近平政権下で拍車がかかる新都市計画の一環で、都市で働く「農民工」たちは強制退去などの迫害を受けている。低所得層に対する政府の公的支援は不足しており、経済格差が広がるばかりだ。中国特有の戸籍制度も格差の背景にある。

北京市の大火災と「低端人口」の排除

2017年11月19日、北京市南部の大興区西紅門で、19人が死亡する大きな火災が発生した。違法建築物が密集し、消防車が火元に近づけなかったためだ。この大火災の後、同区をはじめ順義区、豊台区など外来人口が集住する地域で、黒ずくめの服装の人たちが大きな金槌(かなづち)や鈍器を持ち、賃貸マンション、アパート、地下室などに入り込んだ。彼らは、手当たり次第に窓ガラスや家具などを壊し、住民を着の身着のままで寒空の下に追い出した。商店や住宅用水、電気、ガス燃料、暖房を止め、抵抗する者を拘留までしたという。

火災の火元は、「三合一」(生産、倉庫、居住スペースが一体化した物件)の「非法群租房」(違法に賃貸している物件。「群租」とは一家族が居住するようなスペースに10人、20人と集団で入居させているような状況を表す)だった。

11月10日、この火災の9日前に、首都国際空港からほど近い順義区李橋鎮で倉庫の火災が発生したことも、北京市の治安関係部門の責任者を焦らせた。習近平国家主席とトランプ米大統領が会談を終え、ベトナムで行われるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会談に向けて飛行機で飛びたとうというタイミングだった。米中の指導者は空港で火災の煙が上がるのを見てしまったかもしれない。死者も負傷者も出なかったが、この火災は中国にとって重要な外交舞台の片隅を汚してしまった。2つの火災がきっかけとなり、同市では安全に関わる事故の再発を防ぐべしという指令が出され、大規模で徹底的な一斉検査が行われることになったのだ。

インターネット上には、豊台区共産党委員会の汪先永書記が会議で、「“三合一” の建物を“実招、狼招、快招” する」と気勢を上げる場面を映した動画が出回った。それによると、「実招」は「全ての役人が第一線に行き一斉に調べ、整理する」、「狼招」は「公安、“城管”(治安維持や衛生管理を任務とする都市管理員。法的な権限がどこまで認められるのか不明確)が、政府の法執行部門、検察院、党の宣伝部門などと協力し、公共の安全に危害を及ぼすものを厳しく確実に取り締まる」、「快招」は「文書の発布や会議の実施を待たず、即座に執行する」という意味だという。このような荒っぽいやり方で、数日の間に10万人以上が身を寄せる場を失ったという。

一部のネットユーザーたちは、黒ずくめの服装の人たち(おそらく“城管”)の写真を、1938年11月9~10日にドイツ各地で行われた「水晶の夜」(クリスタル・ナハト)と呼ばれる反ユダヤ主義暴動の主力となったナチス突撃隊の写真と併置して発信した。ネットユーザーたちは、強制排除の対象となった人たちは「低端人口」(低ランクの人たち)とみなされていると指摘し、彼らをユダヤ人と重ね合わせた。

「城中村」=戸籍制度が生んだ「非市民」の “スラム”

排除の対象になった人たちが住む地区は、ちまたでは「城中村」と呼ばれている。文字通り翻訳すると、「都市の中の農村」という意味であり、なんとも矛盾に満ちた言葉だ。急速な経済発展と都市化の進展に伴い、全て、あるいは部分的に耕地が収用された地域、あるいは、都市の再開発事業から取り残された「市民」ではない外来人口(当該居住地の戸籍を持たない人)が集住する地域であり、スラムと呼んでも差し支えないような劣悪な環境が広がっている。

「市民」と「非市民」の区分は、中国特有の戸籍制度に基づいてなされている。戸籍制度は1958年に導入されたが、当時、中国政府は重工業分野での資本蓄積を加速するため、農産物価格を抑え、都市住民の福利厚生を優遇する必要があると考えていた。戸籍制度は、農民と都市住民の身分を分け、農村から都市への人口移動を厳しく規制したが、80年代に各地で人民公社が解体し、その後、都市部における労働力の需要が高まるにつれ、移動の制限は事実上なくなった。しかし、都市戸籍と農村戸籍の枠組みは依然残っており、農村戸籍を持ちながら都市で働く人たちは「農民工」と呼ばれるようになった。農民工は都市では「市民」ではなく、多くの社会サービスを受けることができない。

政府が戸籍制度を完全に廃止できないのは、社会保障の地域格差が大きいこと、都市と農村で土地の所有形態や登記方法が異なることなどが主な原因であろう。中国は土地の公有制を崩していないが、「土地管理法」(1986年制定)によると、都市部では土地の所有権は国が持つものの、使用権は市場で流通し、地権者はそれらを自由に売買できる。使用権とは日本の定期借地権のような有期(住宅地は70年など)契約で、更新によって継続できるし転売もできる。つまり、都市部の土地・不動産は実質的に私有化している。一方、農村部は村などの集団(中国語では「集体」)が土地を所有しており、農民は土地経営請負権を持つが、それを自らの意思で売却したり、抵当に入れたりはできず、農地の転用も厳しく規制されている。ただし、「公共の目的」があれば政府が収用し、集団所有から国有にする手続きを取った上で、非農業用地として開発できるのだが、「公共の目的」の定義が曖昧であるため、多くの地域で乱開発が進んだ。

戸籍は社会保障ともつながっている。戸籍は親から子に引き継がれる。国民がどの地域の、どの種類の社会保障を受けるかは生まれながらにして決まり、地域格差は非常に大きい。例えば、2017年現在上海市では、所有する財産(現金や預貯金)が3人家族なら1人当たり3万元以下、2人以下の家族なら3万3000元以下で、住宅以外の不動産や車を所有せず、家族1人当たりの月収が市の同時期の最低生活保障水準より低ければ、同水準である970元を受給できる。一方、筆者が16年に訪れた湖南省の農村で話を聞いた塵肺(じんはい)病で苦しむ元炭鉱労働者たちには、炭鉱を運営する会社から数千元の見舞金が支給されただけで、政府の生活保護はわずか月90元だった。

戸籍の転出入の手続きは就職した企業などを通してできるが、多くの都市が学歴、社会保険への加入状況、社会貢献、住宅の所有、投資、納税などの指標に基づくポイント制を導入し、戸籍人口の増加を抑制している。現在、過密化が進む都市への転入は、高学歴のホワイトカラーでも難しい状況になっている。

強制退去断行は「首都核心機能」強化の一環

北京市の強硬策は突如行われたように見えるが、実際には「首都核心機能」を強化する政策の延長線上にある。2014年、習近平国家主席は北京市を視察した際、政治、文化、国際交流、科学技術・イノベーションの中心として首都の核心的機能を強化し、それ以外の機能は他に分散させるように指示している。15年2月10日、習主席が主催した中央財経領導小組(中央財政経済指導小グループ)第9回会議では、各担当者が新型都市化、食糧安全保障、水問題、エネルギー問題、イノベーション発展戦略、アジア基礎インフラ投資銀行(AIIB)、シルクロード基金などの実施状況を報告し、その中で、「北京市、天津市、河北省一体化共同発展計画」についても協議された。これは、3つの地域で産業、経済、都市化の連携と調整を行い、同時に地域格差や環境問題の解消も図るというプランだが、そこで、「非首都核心機能の分散と調整」が掲げられ、過度な人口集中、治安の悪化、低収益産業の集積など、首都にふさわしくない状況の改善を急務としている。

17年に入り北京市は、計画実現に向け強力なかじ取りを開始した。悠長に構えていては目標を達成することはできないため、「開墻打洞」(壁を取っ払い、穴を掘る)といったスローガンが掲げられ、違法建築物などの強制撤去や住民の強制退去を断行したのである。同年6月9日付『人民日報』によると、北京市は4月末までに1万2255カ所(1640.9万平方メートル、16年同期の3.8倍)で「開墻打洞」を実施し、年度計画の76.1%を完成させたのだという。

「棚戸区改造(棚改)」(不法占拠地区の再開発)も本格化している。先の『人民日報』は、17年3月8日までに延べ人数で9960人の法律相談を受け付け、439件のトラブルの解消、調整を行ったと報じている。

このように『人民日報』は、短期間のうちに、長年懸案となっていた建物の撤去や住民の移転を完成させたと報じているが、情報統制が厳しくなる状況において、こうした前向きな報道をうのみにすることは危険であろう。実際に、大火災の後の強制的な撤去や移転は、深刻な人権侵害であり、中国政府が12年に施行した「行政強制法」にも違反している。同法の第5条は、「非強制的な手段で行政管理目的が達成できる場合は、行政による強行はしてはならない」とし、第43条は「行政機関は住民が生活において必要とする水、電気、暖房、燃料などの提供を停止することによって、当該住民に関連する行政上の決定に従うよう迫ってはならない」と規定している。

本来ならば、専門家による検証、各方面のリスク評価、法律面の確認作業、公聴会の実施など、一連のプロセスを経た上で移転先の確保や移転者への補償の決定などが行われるべきだが、非首都機能の分散を強化する政策はこうした手続きを省き、目標達成に向けたさまざまな作業をスピードアップさせている可能性が高い。また、大半の補償金の支払いや移転のための支援は、土地や不動産の権利を持つ都市戸籍を持つ人たちに対して行われるのであり、家主と賃貸契約を結んで城中村で暮らしていたほとんどの外来人口は、そこには含まれない。

格差拡大で「市民」不在の無法地帯は消えない

都市の人々も、城中村に暮らす人々の助けを必要としている。高齢化が進む都市部において、誰が高齢者の世話をするのか。誰が働く親に代わって子どもの学校の送り迎えをし、食事を作るのか。屋台で食べる朝食も、果物やお菓子を買うのも農民工からだ。建設や工場での重労働を担うのも彼らだ。それでも、こうした農民工や自営業者のために、北京市政府が積極的に家賃の安い公共住宅や低所得層の子どもたちが通える学校を建てるといった支援策を取ることはないだろう。

前述のように戸籍は親から引き継ぐものであり、条件のよい地域の戸籍を持つか否かで、その後の人生が大きく異なる。地域間の経済格差は広がり続け、不平等が解消されるめどは全く立たない。本来ならば、農民や農民工にもっと多くの公的な援助がなされてもよいはずだが、彼らは安価な労働力として都合よく使われ、時には強制的に排除されるというふうに、彼らから収奪する構造が定着してしまった。

城中村が違法行為を横行させる形で発展してしまったのは、格差は容易に解消されないという現実を前に、「法を犯してでも豊かになってみせる」という人たちが後を絶たないからだ。中国社会の格差が大幅に縮小しない限り、「市民」不在の無法地帯=城中村は、強制排除されても、また雨後のタケノコのように生まれてくるのではないだろうか。

(2018年6月 記)

バナー写真:2017年11月北京郊外で発生した大火災後に解体された建物のがれきの山の前を通る出稼ぎ労働者(ロイター/アフロ)

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