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特集 米朝会談:その先の東アジアは?
北朝鮮の非核化と米中関係:トランプ大統領のシナリオは政治本位か政策本位か

森 聡【Profile】

[2018.07.12]

「非核化」を巡る米国と北朝鮮の交渉は今後進展するのか、足踏みするのか。その行方は、米トランプ政権が中国との戦略的競合関係をどのように考え、対処するかという一点に帰結する。

米朝交渉は始まったばかり

米国と中国は、朝鮮半島に関して「核なし」「戦争なし」「北朝鮮の崩壊なし」という3つの一般的な利益を共有すると指摘されている。しかし北朝鮮が過去数十年間にわたって頑迷に核兵器を開発してきたので、北朝鮮が国際協定や国連安保理決議を否定して危機が発生した際には、米国を北朝鮮に対する軍事的および経済的な圧力行使へと駆り立ててきた。時期によっては、米国が「戦争なし」と「北朝鮮の崩壊なし」という利益を犠牲にして、「核なし」という利益を追求する構えを見せたこともあった。中国にとっては、北朝鮮に核兵器の獲得を断念させることは重要な目標ではあるが、戦争や北朝鮮崩壊のリスクはあまりにも大きい。こうした米国と中国との間における優先目標の非対称性が、過去四半世紀にわたって北朝鮮を巡る2国間関係の力学を形作ってきたと言える。

ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は2018年6月12日、シンガポールで共同声明を発表した。声明で、米国は「北朝鮮への安全の保証の提供を約束」、北朝鮮は「朝鮮半島の非核化完了への確固たる揺るぎない約束を再確認」した。両者はまた、「新たな米朝関係の構築が朝鮮半島および世界の平和と繁栄に寄与すると確信している」と述べた。

会談後の記者会見でトランプ大統領の発言は、広く世界の注目を集めた。第一に、大統領は、在韓米軍の撤収は現在の交渉には含まれていないが、将来のいずれかの時点で部隊を引き揚げたいとの考えを表明した。この発言は、北東アジアに対する米国の関与の将来について疑問を喚起することになった。第二に、トランプ氏は、この交渉が進展している限り米韓合同軍事演習を中止する意向を表明した。大統領によれば、北朝鮮側から「全てのミサイル実験と全ての核実験の中止」および北朝鮮の主要核実験場とミサイルエンジン実験場の閉鎖の言質を得たそうだが、この約束は共同声明には盛り込まれていない。この発表は、中国(と北朝鮮)が提案し、米国がこれまで退けてきた、いわゆる「二重凍結」提案を事実上受け入れたことを意味したため、意外さをもって受け止められた。

米朝は2国間交渉を継続する予定で、必要な検証システムを含む非核化プロセスに関するさまざまな問題は、両政府による今後の交渉を通じて解決されるだろうと米側は説明している。従って、表面化したことのみを捉えて評価するのは時期尚早であり、よくいっても予備的なものにとどまらざるを得ない。このような次第で、交渉の行方はまだはっきりしないが、今後の展開を評価するに当たって、米中関係という文脈の中で注目すべきいくつかの問題を指摘してみたい。

米中競合関係という文脈における「非核化」

第一に、北朝鮮の非核化は、かつては核不拡散を巡る問題だったが、今や米中間の長期的な地政学的、戦略的競合という文脈の中に組み込まれている。歴代の米政権、つまりビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマら過去数代の大統領は、中国に対して関与指向のアプローチをとることで、中国を国際システムの責任あるプレーヤーにすることができるという命題に立った戦略を持っていた。

そこにはさらに、中国は核拡散防止条約(NPT)で認められた核保有国として、北朝鮮が核兵器を獲得するのを望まず、それゆえ核不拡散のルールを守らせる役割をきちんと果たすだろうという基本的判断も含まれていた。米国にとっての主要な政策課題は、制裁を完全に履行すれば北朝鮮を不安定化させるという懸念を抱いている中国に、いかにして北朝鮮に圧力を掛けさせるかということであった。

これら3つの政権はまた、北東アジア情勢への対処で中国をパートナーと見なさざるを得ない状況に置かれていた。クリントン政権は1995〜96年に台湾海峡危機が進行中にもかかわらず、中国の巨大市場には非常に大きな潜在力があると判断、中国の世界貿易機関(WTO)加盟を最終的に支持した。ブッシュ政権は当初、中国を戦略的競合国と見たが、9.11同時テロの後はテロとの戦いにおけるパートナーと考え、アフガニスタン、イラクで戦っている間、北朝鮮の行動を抑える面では中国に頼った。オバマ政権は発足当初からマクロ経済問題で中国と緊密に協調する必要があるとの認識から、基本的には気候変動や核セキュリティー、核不拡散といった地球規模問題に取り組む上で欠くことのできないパートナーとして中国を扱っていた。

だが、オバマ政権が2期目に入り、中国が高圧的な姿勢を強めたことで、ワシントンの対中観は徐々に厳しくなっていった。南シナ海やサイバー空間がらみの中国の行動は非常に問題が多いと見なされ、やがて知的財産と先進技術の窃取、国家の搾取的経済運営、第三国を狙った政治戦といった問題の深刻さが際立つようになった。その結果、トランプ政権は「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」で、米国はいまや中国との長期的な戦略的競争に入ったとの認識を打ち出した。

米国の対中観の転換は、北朝鮮問題にどのようなインプリケーションをもたらすかといえば、それはすなわち、北朝鮮問題に関する交渉に基づく解決策が、米中間の地政学的競合において、米国を有利にする結果をもたらすのかどうかをワシントンは考慮しなければならなくなったということであろう。換言すれば、北朝鮮の核問題は、もはや非核化や核不拡散だけでなく、北東アジアにおける米国と中国の相対的影響力に関わる地政学的競争の問題となったのである。在韓米軍の撤退という問題は、非核化交渉から切り離されたものであるとしても、こうした文脈の中で捉えられなければならない。

米国と同盟関係にある日本や韓国なども、交渉によって得られる合意の内容を分析し、それが地域にいかなる影響を及ぼすかを検討した上で、必要に応じて動きを起こさなければならないだろう。日韓両国にとって、北朝鮮が非核化した後の朝鮮半島における米国のプレゼンスと影響力を強化する戦略は、必要不可欠と言えよう。トランプ大統領による、将来的な韓国からの米軍部隊撤収に関するコメントが問題であるのは、それが北東アジア地域への米国の関与に関する将来的なビジョンを一切示さないまま発せられたという点にある。

高まる中国の外交手腕と影響力

第二に指摘したいのは、米国が今回の交渉を有利に進めていきたいと考えるのであれば、中国に対して強力なテコとなるものを使わなければならないということだ。1993〜94年の第1次北朝鮮核危機以降、中国の影響力は高まってきた。過去四半世紀に国際社会で起きた最も顕著な変化は、中国の軍事的、経済的な台頭と、それに伴って増大した中国の外交的な影響力である。これまでの北朝鮮問題の歴史を振り返れば、中国の立場が、追従的なものから主要なプレーヤーへと変化したことが分かる。

第1次核危機の際、米国はいわゆる枠組み合意の締結に向けたプロセスで支配的な立場にあった。北朝鮮がプルトニウム抽出のために使用済み核燃料の再処理を再開しようとし、NPT離脱の瀬戸際にあるようにみえた94年6月、クリントン政権は制裁の脅しによって北朝鮮に圧力を加えた。北朝鮮は、国連制裁は直ちに戦争行為と見なすとの立場を改めて表明することで対抗した。

だが、中国は表向き制裁に反対だったが、国連制裁決議に拒否権を行使せず、また、北朝鮮の核プログラムへの技術協力の停止に関する国際原子力機関(IAEA)理事会で投票を棄権すると水面下で北朝鮮に警告したといわれている。中国としては、北朝鮮を政策変更に追い込もうとしている米国に従わざるを得なかったとみられる。

しかし、中国は第2次核危機に際しては、北朝鮮問題への取り組みで巧みな手腕を発揮した。中国は、米朝関係を管理するだけでなく、北朝鮮に対して外交的支持を与えるべく、「6者協議」を招集した。具体的には中国は、原子力平和利用の権利を主張する北朝鮮の立場を支持し、2005年9月19日に採択された共同声明に北朝鮮の原子力平和利用の権利を盛り込むことに成功した。中国はまた、ロシアとともに、北朝鮮を厳しい国連制裁から守る外交的な盾の役割を果たそうとし、両国は北朝鮮が06年から複数回の核実験を実施した際には、実際にそうした役割に沿って行動した。さらに中国は、10年に起きた韓国の哨戒艦「天安」の沈没について、国際調査団が北朝鮮の仕業だったと結論付けた後も北朝鮮を擁護した。これらのケースで中国は、基本的に米国の圧力を防いで北朝鮮の立場を守る、一種の「圧力逃しの戦術」をとった。

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  • [2018.07.12]

法政大学法学部教授。専門は国際政治学、現代米国外交。1972年生まれ。京都大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。外務省職員、法政大学法学部准教授などを経て2010年から現職。著書に「ヴェトナム戦争と同盟外交」(東京大学出版会、2009年)。

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