米朝会談:その先の東アジアは?

北朝鮮の非核化と米中関係:トランプ大統領のシナリオは政治本位か政策本位か

政治・外交

「非核化」を巡る米国と北朝鮮の交渉は今後進展するのか、足踏みするのか。その行方は、米トランプ政権が中国との戦略的競合関係をどのように考え、対処するかという一点に帰結する。

米朝交渉は始まったばかり

米国と中国は、朝鮮半島に関して「核なし」「戦争なし」「北朝鮮の崩壊なし」という3つの一般的な利益を共有すると指摘されている。しかし北朝鮮が過去数十年間にわたって頑迷に核兵器を開発してきたので、北朝鮮が国際協定や国連安保理決議を否定して危機が発生した際には、米国を北朝鮮に対する軍事的および経済的な圧力行使へと駆り立ててきた。時期によっては、米国が「戦争なし」と「北朝鮮の崩壊なし」という利益を犠牲にして、「核なし」という利益を追求する構えを見せたこともあった。中国にとっては、北朝鮮に核兵器の獲得を断念させることは重要な目標ではあるが、戦争や北朝鮮崩壊のリスクはあまりにも大きい。こうした米国と中国との間における優先目標の非対称性が、過去四半世紀にわたって北朝鮮を巡る2国間関係の力学を形作ってきたと言える。

ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の指導者、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は2018年6月12日、シンガポールで共同声明を発表した。声明で、米国は「北朝鮮への安全の保証の提供を約束」、北朝鮮は「朝鮮半島の非核化完了への確固たる揺るぎない約束を再確認」した。両者はまた、「新たな米朝関係の構築が朝鮮半島および世界の平和と繁栄に寄与すると確信している」と述べた。

会談後の記者会見でトランプ大統領の発言は、広く世界の注目を集めた。第一に、大統領は、在韓米軍の撤収は現在の交渉には含まれていないが、将来のいずれかの時点で部隊を引き揚げたいとの考えを表明した。この発言は、北東アジアに対する米国の関与の将来について疑問を喚起することになった。第二に、トランプ氏は、この交渉が進展している限り米韓合同軍事演習を中止する意向を表明した。大統領によれば、北朝鮮側から「全てのミサイル実験と全ての核実験の中止」および北朝鮮の主要核実験場とミサイルエンジン実験場の閉鎖の言質を得たそうだが、この約束は共同声明には盛り込まれていない。この発表は、中国(と北朝鮮)が提案し、米国がこれまで退けてきた、いわゆる「二重凍結」提案を事実上受け入れたことを意味したため、意外さをもって受け止められた。

米朝は2国間交渉を継続する予定で、必要な検証システムを含む非核化プロセスに関するさまざまな問題は、両政府による今後の交渉を通じて解決されるだろうと米側は説明している。従って、表面化したことのみを捉えて評価するのは時期尚早であり、よくいっても予備的なものにとどまらざるを得ない。このような次第で、交渉の行方はまだはっきりしないが、今後の展開を評価するに当たって、米中関係という文脈の中で注目すべきいくつかの問題を指摘してみたい。

米中競合関係という文脈における「非核化」

第一に、北朝鮮の非核化は、かつては核不拡散を巡る問題だったが、今や米中間の長期的な地政学的、戦略的競合という文脈の中に組み込まれている。歴代の米政権、つまりビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマら過去数代の大統領は、中国に対して関与指向のアプローチをとることで、中国を国際システムの責任あるプレーヤーにすることができるという命題に立った戦略を持っていた。

そこにはさらに、中国は核拡散防止条約(NPT)で認められた核保有国として、北朝鮮が核兵器を獲得するのを望まず、それゆえ核不拡散のルールを守らせる役割をきちんと果たすだろうという基本的判断も含まれていた。米国にとっての主要な政策課題は、制裁を完全に履行すれば北朝鮮を不安定化させるという懸念を抱いている中国に、いかにして北朝鮮に圧力を掛けさせるかということであった。

これら3つの政権はまた、北東アジア情勢への対処で中国をパートナーと見なさざるを得ない状況に置かれていた。クリントン政権は1995〜96年に台湾海峡危機が進行中にもかかわらず、中国の巨大市場には非常に大きな潜在力があると判断、中国の世界貿易機関(WTO)加盟を最終的に支持した。ブッシュ政権は当初、中国を戦略的競合国と見たが、9.11同時テロの後はテロとの戦いにおけるパートナーと考え、アフガニスタン、イラクで戦っている間、北朝鮮の行動を抑える面では中国に頼った。オバマ政権は発足当初からマクロ経済問題で中国と緊密に協調する必要があるとの認識から、基本的には気候変動や核セキュリティー、核不拡散といった地球規模問題に取り組む上で欠くことのできないパートナーとして中国を扱っていた。

だが、オバマ政権が2期目に入り、中国が高圧的な姿勢を強めたことで、ワシントンの対中観は徐々に厳しくなっていった。南シナ海やサイバー空間がらみの中国の行動は非常に問題が多いと見なされ、やがて知的財産と先進技術の窃取、国家の搾取的経済運営、第三国を狙った政治戦といった問題の深刻さが際立つようになった。その結果、トランプ政権は「国家安全保障戦略」と「国家防衛戦略」で、米国はいまや中国との長期的な戦略的競争に入ったとの認識を打ち出した。

米国の対中観の転換は、北朝鮮問題にどのようなインプリケーションをもたらすかといえば、それはすなわち、北朝鮮問題に関する交渉に基づく解決策が、米中間の地政学的競合において、米国を有利にする結果をもたらすのかどうかをワシントンは考慮しなければならなくなったということであろう。換言すれば、北朝鮮の核問題は、もはや非核化や核不拡散だけでなく、北東アジアにおける米国と中国の相対的影響力に関わる地政学的競争の問題となったのである。在韓米軍の撤退という問題は、非核化交渉から切り離されたものであるとしても、こうした文脈の中で捉えられなければならない。

米国と同盟関係にある日本や韓国なども、交渉によって得られる合意の内容を分析し、それが地域にいかなる影響を及ぼすかを検討した上で、必要に応じて動きを起こさなければならないだろう。日韓両国にとって、北朝鮮が非核化した後の朝鮮半島における米国のプレゼンスと影響力を強化する戦略は、必要不可欠と言えよう。トランプ大統領による、将来的な韓国からの米軍部隊撤収に関するコメントが問題であるのは、それが北東アジア地域への米国の関与に関する将来的なビジョンを一切示さないまま発せられたという点にある。

高まる中国の外交手腕と影響力

第二に指摘したいのは、米国が今回の交渉を有利に進めていきたいと考えるのであれば、中国に対して強力なテコとなるものを使わなければならないということだ。1993〜94年の第1次北朝鮮核危機以降、中国の影響力は高まってきた。過去四半世紀に国際社会で起きた最も顕著な変化は、中国の軍事的、経済的な台頭と、それに伴って増大した中国の外交的な影響力である。これまでの北朝鮮問題の歴史を振り返れば、中国の立場が、追従的なものから主要なプレーヤーへと変化したことが分かる。

第1次核危機の際、米国はいわゆる枠組み合意の締結に向けたプロセスで支配的な立場にあった。北朝鮮がプルトニウム抽出のために使用済み核燃料の再処理を再開しようとし、NPT離脱の瀬戸際にあるようにみえた94年6月、クリントン政権は制裁の脅しによって北朝鮮に圧力を加えた。北朝鮮は、国連制裁は直ちに戦争行為と見なすとの立場を改めて表明することで対抗した。

だが、中国は表向き制裁に反対だったが、国連制裁決議に拒否権を行使せず、また、北朝鮮の核プログラムへの技術協力の停止に関する国際原子力機関(IAEA)理事会で投票を棄権すると水面下で北朝鮮に警告したといわれている。中国としては、北朝鮮を政策変更に追い込もうとしている米国に従わざるを得なかったとみられる。

しかし、中国は第2次核危機に際しては、北朝鮮問題への取り組みで巧みな手腕を発揮した。中国は、米朝関係を管理するだけでなく、北朝鮮に対して外交的支持を与えるべく、「6者協議」を招集した。具体的には中国は、原子力平和利用の権利を主張する北朝鮮の立場を支持し、2005年9月19日に採択された共同声明に北朝鮮の原子力平和利用の権利を盛り込むことに成功した。中国はまた、ロシアとともに、北朝鮮を厳しい国連制裁から守る外交的な盾の役割を果たそうとし、両国は北朝鮮が06年から複数回の核実験を実施した際には、実際にそうした役割に沿って行動した。さらに中国は、10年に起きた韓国の哨戒艦「天安」の沈没について、国際調査団が北朝鮮の仕業だったと結論付けた後も北朝鮮を擁護した。これらのケースで中国は、基本的に米国の圧力を防いで北朝鮮の立場を守る、一種の「圧力逃しの戦術」をとった。

「戦略的忍耐」アプローチの限界

オバマ政権はいわゆる戦略的忍耐アプローチを通じて、中国の影響力の高まりに対応することになった。オバマ政権は主として国連安保理を通じて行動し、北朝鮮が安保理決議に違反して核実験やミサイル発射実験を行うたびに、一層厳しい制裁を求めた。交渉を開始する前に、北朝鮮に非核化の約束と韓国との関係修復に応じざるを得なくさせるとともに、北朝鮮の挑発行動に対して中国の嫌がる行動をとることによって、中国が北朝鮮に働き掛けるよう促すという考え方に立った対応を重ねた。

例えば、北朝鮮がウラン濃縮プログラムを開発し、2010年11月に延坪島に砲撃を加えたのを受けて、米国は空母ジョージ・ワシントンと数隻のイージス艦を派遣し、中国の嫌がる黄海で韓国と合同軍事演習を実施した。直近では、そうした手段がとられたのは17年7月、韓国が米国の高高度防衛ミサイル(THAAD)システム配備に同意した時だった。中国はこの動きを強く非難するとともに、不快感を表明し、影響力を誇示するために、韓国に圧力を加えた。中国が韓国への姿勢を徐々に硬化させていく中、北朝鮮の好戦的な振る舞いのコストを中国が支払わなければならないことがますます明らかになっていった。

しかし、一連の国際制裁決議も、中国に対する米国の圧力も、結果を出さずじまいであった。戦略的忍耐のアプローチは、いわゆる軍事行動のオプションを排除していたので、北朝鮮に示された選択肢は、核・ミサイル開発を続行して制裁に苦しめられるか、あるいは核兵器を放棄して、諸外国との関係を正常化するか、というものであった。北朝鮮が前者を選択したのは、悲願である核兵器の獲得を戦争のリスクに直面せずに進められるからであった。中国の立場からすると、後者の選択肢が好ましかったであろうが、おそらくいずれの選択肢も受け入れ可能であった。というのも、中国が中朝国境を開けている限り、いずれの選択肢も朝鮮半島の不安定化を引き起こす類のものではなかったからである。従って、中国にしてみれば、北朝鮮を限界にまで追い込むほどの圧力を掛けるべき理由はなかったのであろう。

「最大限の圧力」アプローチの算段

トランプ大統領はセンセーショナルな発言を振りまき、武力攻撃の可能性をプレーアップすることによって、軍事行動のオプションを復活させた。限定攻撃に関する論議や、日本や韓国との合同軍事演習、米空母機動部隊および戦略爆撃機によって力を誇示する作戦を展開し、緊張が高まった。トランプ政権は、北朝鮮と商取引のある中国の企業、団体に「2次制裁」を科すことで中国に経済的圧力を加え、これらは全て、中国のいら立ちをますます高めることになった。

トランプ大統領が講じたこれら一連の措置は、北朝鮮に提示する選択肢を変化させた。すなわち、核・ミサイル開発を続行して、一層強力な制裁のみならず、武力攻撃のリスクに直面するか、あるいは非核化に同意して、諸外国との関係正常化に乗り出すかという選択肢を北朝鮮に示すことになった。2017年4月の米中首脳会談の開催時に、米国がシリアをミサイル攻撃したのは、金委員長にシグナルを送るのみならず、習近平・中国国家主席に対して、武力の行使について自分は前任のオバマ氏とは違うというメッセージを送る意味合いもあったといわれる。また、米韓合同軍事演習や日米合同軍事演習も、緊張が高まる中で、特別な意味を持つようになった面もある。

これら個々の行動が単独で北朝鮮に圧力を加えるよう中国に強いる決定的要因とはならなかったものの、それらが積み重なることによって、中国を動かす重要なテコの役割を果たしたかもしれない。米国領土を直接核攻撃できる能力の獲得間際にある北朝鮮の行動に米国が対抗措置をとれば、北朝鮮が不安定化し、ひいては中国の国家安全保障にも深刻な影響をもたらす——。このメッセージは中国に伝わったものと思われる。

米国は交渉のためのテコを売り払ったのか

米韓合同軍事演習を中止するというシンガポールでのトランプ大統領の発表も、米国が中国と北朝鮮に対して持っている幾つかの限られたテコの1つが、交渉プロセスの冒頭で、カードとして切られてしまったとみることもできる。金正恩委員長が対話する意思を表明し、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領がそれに呼応した頃から、米国による軍事的圧力は減退した。制裁は維持されるものの、交渉プロセスの冒頭で、つまり合意の内容が交渉される以前の段階で、原則的な合意に達したと宣言することによって、北朝鮮に対して圧力を掛ける機運が衰えてしまった感は拭えない。

米韓合同軍事演習の停止は、戦闘準備態勢に否定的影響を及ぼす、あるいは米国のコミットメントに対するアジア同盟諸国の信頼を損ねるなど、さまざまな理由で批判されている。さらなる問題点として、中国と北朝鮮が提唱してきた「二重凍結」案を事実上受け入れたことによって、中国に過大な報償を与えてしまったという批判もある。トランプ政権は同案について、最近まで問題外と見なしていた。この決定は基本的に、非核化ロードマップや検証メカニズムという最重要問題で合意する前に、米国がテコとして使える可能性のある限られた手段の1つを交渉のテーブルから外してしまうことになった。トランプ氏は、交渉が進展しなければ軍事演習を再開することもあると説明したが、韓国や米国の一般有権者が朝鮮半島での緊張を高めることをはばかる中で、果たして本当に演習再開が可能なのか考えさせられるところもある。

他方、中国は外交面で有利な立ち位置を得たと言えよう。金氏の北京へのシャトル外交が示すように、習主席は北朝鮮の若き指導者に助言を与え、一定の影響力を行使する立場を得たようにも見える。国際的な制裁網が強化されたことで、国際バランス上、北朝鮮に対する中国の影響力が増したとみることもできる。米朝交渉がどのように展開するかは分からないが、北朝鮮は、米国の交渉担当者らとの折衝に臨む際に、主要な争点について中国の支持や承認を事前に取り付けて、米国の要求を拒否したときに孤立しないよう、中国と緊密に調整・協議していくとみられる。もしそうだとすれば、中国は、自国の利益を増進できる争点について、北朝鮮の立場に影響力を行使していくであろう。米朝交渉が行き詰まったときに、米中交渉で打開を図るといった局面もそのうち出てくるかもしれない。

米国は中国に影響力を及ぼせる有効な手段を作り出さなければならないだろう。一部の人々は、トランプ政権は中国へのテコとして、貿易上の措置を使える可能性があると述べている。だが、そうしたリンケージ戦術が実際に機能するかどうかはまだ分からない。

トランプ大統領にとっての試金石

上記の2つの問題、すなわち、(1)米国は非核化プロセスが完了する段階で、中国との戦略的競合関係で強い立場を構築することができるかどうか、(2)中国が対北朝鮮制裁の解除を追求していく中で、米韓合同軍事演習なしに、米国が中国に効果的なテコを行使することができるかどうか―こうした問題に米国がどう対応するかは、結局のところトランプ大統領の判断にかかっている。同大統領は国内政治上の動機と、北朝鮮の非核化および中国との戦略的競合を巡る判断との折り合いをつけなければならない。目下の米朝間の話し合いは、中間選挙がある年に進められており、マイク・ポンペオ国務長官はトランプ政権1期目が終わるまでに非核化を完了したいと述べている。(その後ポンペオ氏は、交渉に特定の期限は設けないと述べたが、非核化そのものの目標期限まで延期しているかどうかは定かではない。)

「完全な非核化」をもたらす非核化のロードマップと査察体制に関する交渉は、トランプ大統領を試すことになる。もし、政治的な思惑を優先させる戦術を選べば、2020年に非核化の完了を何らかの形で発表し、自らの支持層に対して、「米国第一」アプローチは朝鮮半島に平和をもたらしたと表面的にはアピールするであろう。その場合、制裁解除と関係正常化への道が開かれ、北朝鮮の非核化問題は「終わったこと」とされ、この問題を巡る米中関係は安定に向かうように見えるだろう。しかし、この場合、査察に応じようという北朝鮮のインセンティブが低下し、場合によっては再び危機を引き起こす可能性もある。

他方、トランプ大統領が本来の立場を堅持し、厳格な査察体制を伴う具体的で実効的な非核化ロードマップを求めれば、米政府は北朝鮮と中国に圧力を掛けて、米国と同盟諸国にとって受け入れ可能な条件を飲ませることになり、北朝鮮問題を巡る米中関係は軋轢(あつれき)に満ちたものとなろう。

前者のシナリオは、早期の「解決」を可能とするかもしれないが、依然として不十分で危なっかしい状況をもたらすことになるだろう。一方、後者のシナリオは、新たな解決の枠組みを生み出すのに長い期間を要することになるので、忍耐が必要になる。トランプ大統領が今後数カ月、数年のうちに下す選択は、このように北東アジアの国際政治バランスが将来どういう形になるかに根本的影響を与えるだろう。北朝鮮の非核化問題に関するいかなる解決策も、将来的な危機の再発を防止し、中国との地政学的競争に備えられるような、北東アジアに対する米国の長期的な関与戦略の中で策定されるべきである。

(原文英語で、2018年6月29日にnippon.com英語版に公開。バナー写真:北京の人民大会堂で握手する北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長(左)と習近平・中国国家主席=2018年6月19日(AFP/アフロ))

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