混乱する日本語教育の現場:深刻な教師不足の中で

社会 教育

2019年4月の改正入管法施行を前に、政府は新たな外国人受け入れ体制整備を急いでいる。日本語教育は課題の一つだが、日本語学校を巡る状況は複雑で、教師の資格や雇用の在り方など構造的問題を抱えている。現状に危機感を持つベテラン教師に話を聞いた。

急増する日本語学習者

日本の在留外国人数は2018年6月末時点で263万7251人と過去最高値を更新した。同年12月には出入国管理法が改正され、外国人労働者の受け入れ枠が19年4月以降広がり、5年間で最大34万人の外国人材が来日するとされる。政府は12月に「受け入れ・共生のための総合的対応策」をまとめたが、山積する課題を整理したにすぎない。その一つに、外国人が地域や学校、職場で「円滑なコミュニケーションを実現」するための日本語教育を巡る問題がある。現場は教員不足をはじめとする多くの問題を抱えており、抜本的な施策が必要となっている。

文化庁国語課の「日本語教育実態調査」(17年11月1日現在)によると、在留外国人の増加と平行して日本語学習者も増え、その数は約23万9000人とこの5年間で7割増加した。一方、日本語教師数は3万9000人、過去10年ほどは3万人台で推移している。その内訳はボランティア2万2000人で全体の60%近くを占め、次いで非常勤1万2000人、常勤5100人という状況だ。

東京・大久保で30年余りにわたり「カイ日本語スクール」を経営する山本弘子代表は、現状に強い危機感を抱いている。山本氏に業界の事情を聞くと、ビジョンなき留学生政策に翻弄(ほんろう)されてきた日本語教育の限界が見えてきた。

日本語学校へのビザ発給を巡る“上海事件” 

「私が日本語教師になった1983年当時、日本語を教える相手は駐在員かインドシナ難民などが中心で、日本語学校も数えるほどしかありませんでした。大学の日本語教育専攻科目もない当時は、何かのきっかけで日本語教育に関わった結果のめり込み、学校設立に至ったケースが多かった」と山本氏は振り返る。「80年代後半、台湾、韓国の私費留学生が増えてきました。日本に来ることで自分の人生を切り開こうという人たちです。『カイ日本語スクール』を開校した87年当時、中国人はほとんどいませんでしたが、翌年から増え始めて 上海事件” が起き、外交問題に発展しました」

80年代後半はバブル経済のただ中で海外からの労働力を必要としていた背景があり、日本語学校の設立が相次いだ。現在でも「出稼ぎ留学生」が問題になっているが、当時も出稼ぎ目的で来日する人たちの隠れみのとなる学校が多く出現し、批判を浴びていた。法務省が審査を厳しくし始めた頃に起きたのが “上海事件” だった。日本語学校に入学金や授業料を払い込んだのにビザが発給されなかったため、就学希望者が大挙して日本総領事館に押しかけた出来事を指す。これを機に国の後押しを受け、財団法人日本語教育振興協会(日振協)が設立され、日本語学校の設立審査・認定に関わるようになった(後述)。

以後、「留学生に対するビザの発給審査が厳しくなったり緩くなったり、大きな波が何度もありました」と山本氏は言う。

2008年に政府が「留学生30万人計画」を発表し、当時の約12万人から20年までに30万人の受け入れを目指すとした。18年6月時点にはすでに32万4000人(法務省・在留資格別)に達している。これに比例して、日本語学校(*文末編集部注参照)の数も増えた。前述の文化庁調査(17年)では466校だが、18年12月現在で700校を超えている。

「最近の行政の対応を見ていると、日本語学校を労働力としての留学生受け入れ装置としてしか見ていないのではと思うことが多々あります。例えば、『人出不足倒産』と言う言葉をよく聞くようになった2014年ごろから留学生数が急増しています」と山本氏は言う。「また、勉学目的ではなくアルバイト目的の留学生の流入も増えました。教育の質は二の次で、(総体的に)受け入れる学生の数を増やせればいいという意図を感じました」 

現在では、日本語学校の新設に教師の数が追い付かない状況だと言う。

不安定な日本語教師の身分

現在、民間の日本語学校の7割は株式会社だ。「80年代では、皆小さな教室から始めて徐々に規模を広げていった。最初から土地と建物を用意して学校法人の設立を申請できる状況ではありませんでした」と山本氏は言う。カイ日本語スクールも株式会社だ。学校法人設立を目指す場合、土地・校舎の確保に加え、地方自治体の認可を受けなければならず、会社設立とは比較にならないほどハードルが高い。「さらに、日本語学校は海外募集にも入学後のサポートにも手間とコストがかかります。良心的な経営を続けていけばいくほど、学校法人を目指せるような内部留保を積み上げることはできなくなります」

学校経営には入学者へのビザ発給が大きく影響する。「入国審査の厳しさに波があり、時期によってクラス数に増減があるため、調整弁として非常勤講師を活用せざるを得ません」。国の意向によって入管政策も変わるので、長期的な雇用計画が描けないのだ。また、学校法人とは違って税制上の優遇措置もない。

新任の日本語教師は時給ベースの非常勤が多く、今は教師不足の状態なので、少し時給が高めの傾向だと山本氏は言う。「都内の募集は最近2000円前後からが多いのではないかと思います。新規校ほど時給を高くしないと、募集しても人材が見つからない」

教師の待遇問題では法務省の告示基準(留学ビザを発給する条件)も障害となっている。教員の1週間当たりの授業担当時間数が週25単位時間を超えないという規定があるのだ。時給ベースの場合、フルに教えても月に20万円程度。そんな状況なので、「特に男性の場合、結婚するのでもっと収入のいい仕事に就くと辞めることが多い」と言う。 

同基準には教員1人に対し生徒を20人以下にするという規定もあり、生徒の定員を経営判断で引き上げることはできない。生徒募集に不利になるので、学費を値上げすることもままならないため、教師の待遇も改善されない悪循環が続く。

第3者評価で悪質な日本語学校との差別化を

最近になってようやく、日本語学校の在り方を含む日本語教育の「充実」について、政府が本腰を入れて検討を始めている。だが、現状では日本語学校の所管は法務省入国管理局で、全生徒に占める不法残留者などのチェックはしても、教育の質の定期的な管理までは行っていない。

「設立の可否を決めるのは法務省ですが、その後の段階で、優良校をきちんと評価するための公的に認められた第3者評価制度が必要です。いつまでも法務省中心のシステムでは、教育の質の評価はできません」と山本氏は訴える。「一部の悪質な日本語学校のせいで全ての学校が疑惑の目で見られて批判されたり、入学希望者の入国審査に影響が出たりして、30年間とばっちりを食ってきました。第3者評価で差別化をしてほしい。評価が良くない学校には、質を上げるためのインセンティブを与えるべきです」

政府は2019年4月から「特定技能ビザ」による単純労働者の受け入れを始める。「留学生を安価な労働力として活用していた状況を改善する意図もあるのでしょう。でも生活費、経費自己負担のパートタイム労働者として、留学生は企業にとって都合がいい存在。アルバイト目的の留学生を受け入れる日本語学校は残るでしょう。特定技能ビザの導入がすぐに日本語学校の質向上に結び付くわけではありません」

長期的には、留学生を送り出す側のアジア諸国が経済成長を遂げる過程で、アルバイト前提の留学は魅力を失うと山本氏は考えている。「今後、『高度外国人材』となり得る留学生を確保することにもっと注力すべきです。そのためには教師の質を向上させ、その数も増やさなければなりません。そして質の良い日本語留学を提供しますと海外にアピールするための公的な評価や、グローバルスタンダードを活用すべきです」

現在、前述の日振協が申請ベースで第3者評価を実施しているが、活用している学校は少ない。また、ISO29991(公式教育外の語学学習サービス)という国際規格があるが、取得しているのは4校しかなく、業界でも認知されていない。「国が放置しているからです。例えば入管がISOを取得した学校への留学には無条件でビザを発給するなどの連携措置を取れば、学校側も教育の質の向上に真剣に取り組むでしょう」

公的資格創設に向けた動き

日本語教育の質の問題が長く放置されてきたのは、日本語教師に対する社会的評価が低いせいだと、山本氏は言う。「日本人なら誰でも日本語を教えられる、暇を持て余している主婦にでも任せればいいという考え方が根強くあります」

その一方で、教師はこれまで以上に高い能力を要求されている。「かつて外国人は一時滞在者で帰国が前提という考え方でした。今は日本社会への定着を前提に、地域とつなげることが大事になってきている。日本語教師も教室の中だけではなく、留学生のために地域社会での体験学習を設計し、実施・運営するスキルが求められています。ICTスキルも必要になる。学習者も多様化している。高い能力と使命感がなければできません。一人前になるのにこれまで以上に時間がかかる一方で、教師不足はかつてないほど深刻です」。国が全力で日本語教師を養成すべき時代になったと山本氏は言う。

日本語教師に国家資格はない。現在、国は公的資格導入への検討を始めている。だが、公的資格で社会的地位は上がっても、すぐに待遇改善に結び付くわけではない。いずれにせよ、日本語学校の優良校や日本語教師の処遇改善に向けた何らかの公的支援がなければ、日本語教育の質の底上げは難しいだろう。

【編集部注】

「日本語学校」は一般的に法務省が定めた授業時間や教員数などの基準を満たしているとして、入学希望者が留学生ビザを申請できる「法務省告示機関」(「告示校」)を指す。大学の留学生別科(私大が設置した日本語準備教育のプログラム)は文科省担当。文化庁は教師養成などの指針を示すが、実際の運営に干渉する権限はない。海外の日本語教育は外務省(国際交流基金と連携)の所管。

告示校の教員要件は(1)日本語教育能力検定試験合格者(2)4年制大学卒業で420時間の日本語教師養成講座受講修了者(3)4年制大学の日本語教育専攻卒業者のいずれかに該当すること。

大学や民間の日本語学校は、文化庁が策定した日本語教育人材の養成・研修に関する指針を参照して教師養成課程のカリキュラムを作る。養成機関によって履修する項目に偏りがあり、教育実習を省くケースなどもあった。2018年4月、同庁は18年ぶりにこの指針を改定し、履修が必須の優先科目を明記した。また、初任(3〜5年程度の日本語教育歴)研修を保障する仕組みや、地域社会で日本語教育を担う「日本語教育コーディネーター」の役割を打ち出した。

取材・文=板倉 君枝(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真=専門学校で日本語の授業を受ける外国人学生ら=2018年10月12日、大阪市西成区で(読売新聞/アフロ)

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