EU離脱への長く険しい道のり:英ジョンソン政権を待つ試練

国際 政治・外交

イギリス総選挙は与党保守党が大勝し、EU離脱法案の可決が確実となった。議会の迷走、混乱は一掃されたが、EU離脱に向けたジョンソン首相の道のりはまだまだ遠く険しい。

イギリス政治の構造的な変化

今回の総選挙を英メディアは「歴史的な選挙」と受け止めた。それは単にジョンソン首相が率いる保守党が勝利したからということではない。従来とは全く異なる、イギリス政治の構造的な変化が読み取れるからだ。

第1に、これまで保守党および労働党それぞれが長期にわたって支配していた強固な支持基盤が次々と崩れていった。たとえばイングランド北東部のブライズ・ヴァリーの選挙区で、労働党は歴史上はじめて保守党に敗れて、保守党候補が議席を獲得した。そこは米国の「ラストベルト」にも似ており、労働者階級の貧困層の多くが、それまでの労働党から保守党へと支持政党を変えたのである。それまでは、「レッドウォール」と呼ばれて、イングランド北部の炭鉱の町など、労働者が多数を占める選挙区で、保守党候補が勝利することは難しかった。他方で、労働党はロンドンなどの都市部の富裕層に支持を広げている。保守党と労働党で支持基盤が大きく逆転して、従来とは異なるイギリス政治の構造が誕生したのだ。この状況は、今後しばらく続くとみられている。

第2の点だが、今回の総選挙で保守党は、ジョンソン首相が党内の中道派や穏健派の議員を一掃し、かつてないほど右派的でかつ反欧州的な政党に変貌した。イデオロギーがさらに右寄りにシフトし、さらにはほぼ「イングランドのみ」を支持基盤とした「地域政党」となってしまった。フィリップ・ハモンド前財務相や、ケネス・クラーク元副首相、そしてチャーチルの孫であるニコラス・ソームズらの穏健派議員は、ジョンソン首相が提示した離脱協定案を支持しなかったことで、議員引退を強いられた。今回の総選挙での勝利を受けて、この右派路線は今後しばらく続くとみられる。いわば、1980年代にサッチャー首相が保守党を新自由主義的な政党へと転換したように、ジョンソン首相は2020年代以降の保守党を、反欧州的でイデオロギー的に右傾化した、イングランドの地域政党へと転換したと評されるであろう。

第3に、これまでの伝統的な支持基盤が縮小した結果203議席の獲得にとどまる結果となり、労働党は1935年以来の歴史的な大敗となった。このことにより、今後10年間、労働党は政権を奪還することが困難となるであろう。保守党政権は2010年から続いているので、労働党は20年間にわたり政権から遠ざかる可能性が高くなった。というのも、労働党は政権を獲得するためには5年後の次の総選挙で123議席以上、議席を上積みしないといけなくなり、これは現実的にはきわめて困難だからだ。この状況は必然的に、イギリスの政治に巨大な構造変革をもたらすことになるだろう。ジョンソン首相は、保守党が長期政権化していく基礎を創ることに成功し、それは事前の予測とは大きく異なる結果であった。

2019 年イギリス総選挙の結果(定数650、過半数は326)

議席数 増減
保守党 365 △47
労働党 203 ▲59
スコットランド民族党 48 △13
自由民主党 11 ▲1
統一民主党 8 ▲2
その他 15 △2

(BBC Newsより)

3年半の迷走に嫌気さした国民

選挙の最大の焦点は、言うまでもなくブレグジット(欧州連合からの離脱問題)の是非にあった。2016年6月23日の国民投票の際、有権者が最も大きな関心を有していた争点は「移民問題」だった。だが、今や移民は有権者の関心から遠ざかり、重要な争点とみなされることはなくなった。事前の世論調査で最も重要な争点は何かという問いに対して、ブレグジットが圧倒的に1位となっており、次いで経済問題と返答している。イギリスのメディアも、日々ブレグジットの行方についての報道を繰り返している。

選挙の結果は保守党が365議席と圧勝したが、実は最も得票率を伸ばした政党は自由民主党(LD)だった。「ブレグジットを実現させる(Get Brexit Done)」というスローガンのもとでEU離脱を明確に訴えた保守党、さらには明確に残留の立場をとった自由民主党やスコットランド国民党(SNP)が得票率を伸ばした一方、2度目の国民投票実施を公約に掲げ、自らの立場を明確に示さなかった労働党が得票を減らして大敗した。もう一度国民投票をするということは、3年半前の振り出しの地点に戻ってやり直すという意味であり、それは多くの国民には受け入れられなかった。国民はブレグジットをめぐる迷走に嫌気がさしており、離脱か残留か白黒をはっきりさせたいと感じており、それを理解していない労働党の選挙戦術はあきらかな失敗となった。

あまり指摘されないもう一つの重要なポイントは、実際には労働党と自由民主党の得票率を合計すると(43.8%)、わずかながらも保守党のそれ(43.5%)を上回っていることである。議席を47議席増やして大勝した保守党は、実は得票率では1.2%増えたに過ぎず、過半数を割って失速した前回の2017年の総選挙のときから支持はほとんど拡大していない。世論調査でも、EU離脱を「正しい」と考える人は41%にとどまり、「間違っていた」と答えたのは48%であった。

それではなぜ保守党が大勝したのか。それは、EU離脱強硬派であり、保守党と支持基盤が重なっているブレグジット党が、今回の総選挙では保守党の現職議員がいる選挙区に候補者を立てなかったからだ。保守党は、過激なスローガンを繰り返すポピュリスト政党のブレグジット党との選挙協力を避けていたが、事実上の「候補者調整」がなされ、多くの選挙区で離脱派の候補は一本化された。他方で、労働党と自由民主党は小選挙区制度のもとで票を奪い合うかたちとなり、多くの選挙区で共倒れとなり保守党に敗れた。残留派の多い労働党と自由民主党が選挙協力をしなかったことは、保守党の歴史的勝利をもたらす結果となったのだ。

さらには、ジェレミー・コービン党首が掲げた労働党のマニフェストが、社会主義色がきわめて強く、多くの有権者や経済界がそれを敬遠したことが重要であった。鉄道や水道、電気、ガスなどの公的部門をすべて国有化して、大企業や富裕層の税負担を極端に増やすような政権に、イギリスの有権者の多くは深刻な経済的な懸念を抱いた。社会主義を実現しようとするコービン政権が成立するくらいならば、ジョンソン政権が継続する方がまだ好ましいと消極的な選択をしたのである。ジョンソン保守党党首と、コービン労働党党首で、明らかに世論調査でも後者への拒絶感が強いことが明らかとなっている。すなわち、保守党に対しても、ジョンソン首相に対しても、前回の総選挙から支持が拡大しているとはいいがたい。

待ち構える連合王国「解体」の危機

今回の総選挙の結果を受けて、ジョンソン首相の保守党内での求心力は強化されるであろう。総選挙で勝利することは、党首の党内での権力基盤を強化する。さらには、保守党の議席数が過半数を30程度上回ったことで、党内に残る左派の残留派や右派の離脱最強硬派など、それらの少数派の要望をジョンソン首相は切り捨てることが可能となった。2010年の総選挙以来、保守党政権では過半数を大幅に超えることはなく、そのことが党内の造反に翻弄される結果となり、政権運営の障害となっていた。その意味でも、安定的な多数を確保したことの意味は大きい。

「EU離脱か、それとも離脱しないのか」。これまでイギリス国内で続いてきた、このような論争にも決着をつけた。だが、「ブレグジットを実現させる」ことは、ジョンソン首相が総選挙の際に繰り返し語っているほど簡単に達成できるわけではない。ジョンソン首相は、離脱が実現すれば、イギリス経済は好転し、また国際的地位も向上し、社会保障の問題も解決するかのように、まるで全てがバラ色になるかのような印象を与えている。だが、それはあまりにもイギリスが直面する厳しい現実を無視したものである。

まず、イギリスが向き合わなければならない困難として、「連合王国の分裂」が挙げられる。今回の選挙で初めて、北アイルランドでは、連合王国の一体性を求める「ユニオニスト」よりも、アイルランド共和国との統合を求める「ナショナリスト」が議員数で上回った。これは、従来では考えられない現象だ。これにより、長い時間をかけて、北アイルランドがアイルランドの一部となり、EU加盟国としての特権を維持する方向へと進んでいく可能性がある。それは、連合王国が、実質的に北アイルランドを失うことを意味する。

というのも、ジョンソン首相が10月にまとめた離脱協定案において、北アイルランドとEU、そして北アイルランドとそれ以外の連合王国の地域との間の関税のとりきめが、きわめて曖昧だからだ。イギリスとEUは、北アイルランドとアイルランド共和国との間では「ハードボーダー」はつくらないと合意している。他方で、アイルランド海峡が実質的な関税の境界線となって、EUとの間で貿易を行う際に北アイルランドがイギリス本島とは異なる地位となるということは、連合王国の一体性に巨大な影響を及ぼすことになる。またスコットランドでも、2回目の住民投票を強く要望するスコットランド国民党(SNP)が大幅に議席を伸ばした。保守党が、いわゆるイングランド・ナショナリズムのイデオロギーの性質を帯びることとも相まって、連合王国の分裂、さらにはその解体に向けた動きが進むことも考えられる。少なくとも現在の保守党政権は、連合王国全体の利益や理念を代表しているとは言いがたい。

離脱への道のりは「残り9割」

EU離脱については、本当の危機を迎えるのはこれからだ。ジョンソン首相は総選挙に勝利し、議会の議席の過半数を抑えたことで、2020年1月末までに離脱協定案を議会で可決することは確実となった。しかし、それだけで2月1日にイギリスがEUから離脱することには帰結しない。というのも、2020年12月31日までは「移行期間」となり、基本的にはEU加盟国としての状態がそのまま続き、単一市場の中に位置することになる。この移行期間の間に、ジョンソン首相はEUとの間で貿易協定を中心とする「将来協定」を締結しなければならないのだ。これからが本当に難しい交渉となるが、明らかにイギリス政府はその準備不足である。

3年半かけてたどり着いた離脱協定だが、イギリスがEUと合意すべき全体の協議のうち、これはまだ1割程度を終えた段階に過ぎない。イギリスがノルウェーのように、そのまま単一市場の内側にとどまるのであれば移行は容易であるが、独自の貿易協定をEUと締結するのであれば交渉と批准に5年から10年はかかるであろう。EUとカナダの協定の交渉には7年が、そしてEUと日本の協定には6年がかかっている。だが、ジョンソン首相は公約として、移行期間の延長は行わないと宣言している。もしもその通りとなるのであれば、1年後の2020年12月末までにEUとイギリスとの間の「将来協定」の署名と批准を終えていなければならない。そうでなければ、「合意なき離脱」に帰結することになり、経済に大混乱が起きるであろう。

1月に離脱協定を議会で可決するとして、おそらく3月ごろから「将来協定」をめぐる協議がEUとイギリスの間で始まることになる。だが、ジョンソン首相は今回の総選挙で、「将来協定」への交渉方針や具体的内容について、一切明らかにしていない。準備不足のまま交渉に突入すればEUのペースで協議が進み、イギリス国内で反発が生じるであろう。ジョンソン首相は、EUに対して大幅に譲歩をして迅速に協定を締結するか、あるいはイギリスの利益を守るために長期の交渉に入るかの選択をしなければならない。

もしも2021年1月に「合意なき離脱」に陥るのを回避したいのであれば、イギリス政府はその半年前の6月末までに移行期間の延長をEU側に申請しなければいけない。もしもそうだとすれば、2021年1月以降もまだイギリスはEUの中に加盟していることになり、いつまで経っても離脱できないではないか、と厳しい批判を受けることになるであろう。移行期間延長を申請しても、しなくとも、大きな試練を迎える。ジョンソン首相の前には「いばらの道」が立ちはだかっている。

バナー写真:保守党勝利の選挙結果を受け、首相官邸前でメディア取材を前に演説する英国のジョンソン首相=2019年12月13日(AP/アフロ)

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