習近平主席訪日延期後の日中関係と、中国人民の力-宮本雄二・元中国大使が解説(2)

国際 政治・外交

中国の習近平国家主席の訪日が延期となった。今後の日中関係はどうあるべきか。また、新型コロナウイルス感染問題で中央政府の誤りを認めさせた中国人民の実力は? 元中国大使の宮本雄二氏が解説する。

中国の明るい将来像を崩した「新型コロナ」

4月に予定されていた習近平国家主席の国賓として訪日が延期となったのは、新型コロナウイルスの問題で日中両国が難しい状況になっていたからだ。どちらか一方の国が言い出すのではなく、両国が納得して延期を決めたのは、外交的には良かったと思う。

しかし、中国の国家主席は10年に1度程度しか訪日していない。今回は12年ぶりで、両国の関係を前進させるチャンスだったが、訪日延期でそれが実現できず、残念だ。

新型コロナウイルス問題は、いろいろな事実を日本や米国に突き付けている。この問題で、中国とのデカップリング(分断)を経験することになった。中国との人の往来や、サプライチェーン(原材料の調達から、生産、販売、配送までの一連の流れ)が止まった。そうなると、株式市場への影響がどうなるかも分かった。この体験で、日米は中国とどう付き合い、共存していくかを考える機会になればと願う。

中国は日本の3倍の経済規模を持ち、年6%以上の経済成長を続け、順風満帆にやってきた。しかし、今回の「ウイルス問題」で、中国の一部の人が描いていた「米国を確実に追い越して、中国の時代がやってくる」という将来像は崩れた。中国は、「自分たちが考えていたようには、うまくいかない」と自覚する人が増え、より現実的になっていくのではないか。

米国も中国とのデカップリングのマイナス面を見た。このことで、米中が互いにより現実的になり、両国の関係が見直されるようになればと期待する。

日本の課題となる中国依存度

日本経済は、インバウンド(訪日観光客)を含め、中国抜きには考えられなくなった。中国に依存し過ぎるのは危機管理の面でも問題だが、依存度を大幅に低下させると、日本経済の成長に大きな影響を及ぼす。中国は隣の超大国であり、大きな市場を持ち、この中国に代わる国はない。

私は、中国のやっていること全部を肯定しているわけではない。中国の軍事力の増幅は、間違いなく周辺の国々に安全保障上の脅威感を増強させている。日本は対抗するため、日米安保体制を強化。これに中国がどう対応し、日本はどんな措置を取るべきか。

こうした安保問題と同時並行して、中国との平和で,経済的にも安定した協力関係をどう発展させるか。これらを一つの対中政策として包み込んでいければ、日本にとって良い道が見つかると思う。

中国は人類社会に積極的な協力を

欧州や米国などが内向き志向になっている中で、「新型コロナ」の問題が起きた。以前はインターナショナリズム(国際主義)の流れがあり、国境を越えた問題に各国が協力していこう、としていた。そうした問題の最初に挙げられていたのが、環境、そして感染症対策だったはずだ。

今、そのパンデミック(感染症の世界的大流行)が起きているのに、各国は自分の国のことだけしか考えない風潮がまん延している。国際社会が一体となって、この問題に取り組む動きになっていないことが、私は残念でならない。

今後の中国の役割は、人類社会の主要な一員として積極的に協力することだ。中国は自国の感染拡大が止まってきた3月になって、深刻な事態になっているイタリアに医療支援団を送ったり、WHO(世界保健機関)に2000万ドル(約21億円)の寄付を決定したりしている。

中国が一足先に終息宣言できたとしても、欧米をはじめ各国で感染拡大の状況が続けば、世界経済は大きな打撃を受ける。中国はもっと国際的なことに目を向けていくべきである。

日本も大変ではあるが、「WHOの事務局長は中国寄りだ」と批判するばかりでなく、もっとWHOの組織を支援していくべきだ。今、頑張らなくてはならないWHOを守ろうという動きが、世界に広がっていくことを願っている。

中国人の判断基準となる「義」

最後に、今回の中国での新型コロナ問題を考えるうえでも大事な、中国人の根底にある「義」について、触れておきたい。「義」は、人間としてやっていいこと、やってはいけないことの、中国人の判断基準や価値観になっている。

戦前、戦中期に中国で馬賊の頭目になった小日向白朗は、中国の大衆と深い付き合いをしたが、「義のためなら、中国人は喜んで命を捨てる。中国人のやることに、義という1本の縦線が入っているのを日本軍は気付いていない」と言っていた。

今回の問題で、発生地となった中国・武漢の眼科医、李文亮さんが2019年12月30日、「(以前に流行した)SARSのような症状の患者がいる」とSNSに投稿した。しかし、李さんは当局に処分されて抑え込まれ、20年2月に新型肺炎で死亡した。これに対し、中国の国民は「デマを流したのではなく、警告を発してくれた李さんをどうして弾圧したのか」と怒った。これを見過ごしたら、中国人の義に反するからだ。

こうなると、大衆の力はとても強い。大衆の怒りで、当局が、初期の段階の過ちを公に認めたのである。

生命、健康の分野では党を動かす中国国民の声

中国については、共産党が思うままにすべてを動かしているというイメージが強い。しかし、生命、健康に関わる分野については、人民がどう判断するかがさらに重要になってくる。中国共産党といえども、国民の声を無視できない。 

「環境」に中国が取り組み始めたのも、人民の生命、健康を直接脅かす問題になったからだ。大衆が「なぜ、こんな悪い環境なんだ」と強い不満を訴えるようになり、政府が動き出した。

つまり、国民の声が中国共産党を動かしていると言ってよい。こういう側面があることを、日本はもっと理解しておいた方がいい。

(2020年3月12日 談)

構成・文:斉藤勝久(ジャーナリスト)

バナー写真:近年、訪日外国人でにぎわってきた大阪・道頓堀では、新型コロナウイルス問題で中国からの観光客が減る中、「がんばれ武漢」と書かれた垂れ幕が街頭に並べられた=2020年2月(アフロ)

中国 日中関係 中国共産党 新型肺炎 コロナウイルス