公的病院の再編論を機に地域医療を考える

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公立病院の再編・統合の検討が必要だとして、厚生労働省が公表した424病院の実名リストが波紋を広げている。メディアが統廃合の対象として報道し、関係者の反発が高まっているからだ。しかしこのリストの目的は、地域の医療ニーズに応じて病床機能の転換を促すことにある。

高齢社会の進展に伴う病院機能の見直し

現在、日本では病院の機能見直しと再編に関する議論が行われている。がん診療、救急、周産期医療、手術などの急性期機能を担っていると自己評価しているにもかかわらず、そうした医療の提供量が少ない424の公的病院の一覧を2019年9月に国が公表し、その病院機能の再検討を求めたことがきっかけだ。

背景には公的医療保障制度の持続可能性への懸念がある。国の歳出の約3分の1を社会保障費が占めており、その約3分の1が医療費となっている。基礎的財政収支(プライマリーバランス)の早期黒字化を目指す政府にとって、医療費の抑制は最重要課題の一つとなっている。医療費の適正化に当たって、国が重視しているのが病床数の削減と高齢化に対応した病院の機能分化である。

19年の経済協力開発機構(OECD)の 健康統計によると、人口1000人当たりの総病床数は日本13.1、ドイツ8.0、フランス6.0、イタリア3.2、米国2.8、英国2.5となっている。急性期病床に限ってみても日本7.8、ドイツ6.0、フランス3.1、イタリア2.6、米国2.4、英国2.1であるので、日本の人口当たり病床数は国際的には非常に多いと言えるだろう(※1)

また、高齢社会の進展は医療と福祉の複合化をもたらし、それに対応するために急性期以後の医療および介護の充実(例えばリハビリテーションや生活機能の維持・向上)を求めるようになっている。しかし、日本の病院は戦後の経済成長の過程で当時患者数の多かった外傷や脳血管障害、循環器疾患、がんなど急性期の病態を中心に整備されたという経緯があり、それが現在に至る急性期医療偏重の遠因となっている。

地域の医療ニーズに合った病院機能へ

日本では社会保障費の適正化という観点から、病床数の削減と病院の機能分化および連携を促進するための制度改定が断続的に進められてきた。医療提供体制の法的基盤は1948年に制定された医療法であるが、85年に第1次の医療法改正が行われ、フランスなど欧米諸国と同様に「医療圏」という概念が導入された。そして一般的には1次医療圏は市町村を、2次医療圏は複数の市町村を、3次医療圏は都道府県を、一つの単位として認定した。救急など一般的な医療が自己完結する2次医療圏ごとに基準となる病床数が設定され、原則としてそれを超える増床ができなくなった。

以後、数次にわたり医療法が改正され、施設の機能分化と連携の方策についても記載されるようになった。そして2015年には、国が収集した個々の医療機関の診療情報を基に、傷病別・病床機能別の25年および40年における必要病床数が地域単位(おおむね2次医療圏単位)で推計され、各地域ではこのデータを参考にして各施設の病床機能を検討する仕組みが導入された。こうした枠組みはフランスの地域医療計画(Schéma Régional d’Organisation Sanitaire: SROS)と同様のものである。

各地域での検討過程では、公的病院と民間病院の役割分担の在り方も問題となった。そこで、国は公的病院に25年、40年を目標年度として、各病院がそれぞれの地域でどのような機能を担う病院を目指すかについて計画策定を求めた。提出された計画が国によって分析され、急性期医療を提供する病院として再検討が必要だと判断された424の公的病院名が19年に公開されることとなったのである。なお、病院名は公開されていないが、各地域の検討委員会によって同様の分析が民間病院についても行われた。

こうしたデータ分析の最大の狙いは、地域の医療ニーズに合った病院機能へ転換を促すことである。リストに載った公的病院の多くは、人口過疎地域の小規模な施設であった。そうした病院ではがんや急性心筋梗塞、あるいは手術といった重装備の医療設備が必要な急性期医療よりは、複数の慢性疾患を持っている高齢者が繰り返す心不全や肺炎、尿路感染症といった急性期と急性期以後の医療ニーズが混在した病態への対応が中心になっている。

過疎地では専門医よりも総合医を

他方で、急性期医療の提供が少ないと指摘された病院の診療内容を見ると新たな問題点が浮き上がってくる。今回公表された、ある自治体病院を例にして考えてみたい。この病院は年間の入院患者数は約400 人で、重症患者の救急受け入れやがん手術などはほとんど行っていない。しかし、高血圧などさまざまな慢性疾患を抱えた高齢の慢性期患者や、近くの大病院で手術を受けた回復期患者を受け入れている。

外来では、県内の大学病院などの支援を受け、眼科や整形外科も含めて地域住民が求める医療を提供している。救急車による入院も年間60件ほどあり、その内容は肺炎、心不全、急性腹症などさまざまである。

この病院は不要なのかと言えば、決してそうではない。過疎地にあるこの公的病院が地域住民の「安心」を支えているからである。しかし、こうした病院で高度ながん診療や手術を行うことは、医療の質の面でもまた費用対効果の面でも適切ではないだろう。地域の医療ニーズに応えるのであれば、さまざまな傷病の急性期以後を中心とする医療の充実が求められる。財政基盤に制約がある中で、ある一定以上の機能を期待するのであれば、各科の専門医ではなく、幅広く病気を診ることができる総合診療医(総合医)を複数配置すべきである。

高齢社会の進展により複数の慢性疾患を持った高齢患者が増加し、総合的な対応ができる総合医のニーズが高まっている。しかし、日本の医学教育・研修は各診療科の専門医を育てることを重視しており、総合医を育てることにはあまり熱心ではない。この現状を変えていく必要があるだろう。

すでに日本でも総合医の育成が始まっているが、欧米のように2~3年の研修の後ですぐ外来医療に従事するという総合医を中心に育てる方針は適切ではない。欧米の総合医は主に診療所で患者を診察し、必要な場合は近隣の病院に送るというゲートキーパーのような役割を担っている。日本の診療所のように高度な機器を備え、画像診断をしたり、血液検査をしたりというようなことはほとんど行わない。それらはそれぞれの専門医の仕事となる。

今後日本で需要の高まる急性期後の入院施設・高齢者施設での医療ニーズに応えるための医師養成が必要になっている。そうした患者は複数の傷病を持ち、総合的な対応を必要とするからである。現在、日本の各病院団体が行っているように、病院に勤務させながら総合医を育成していくべきだろう。今回の公的病院リストの公開を機に、医師養成課程の今後の在り方についても、改めて議論を深めてもらいたい。

医療の質を高めるための統廃合

公的病院のリスト公開のもう一つの目的は、医療機関の再編・統合の促進である。日本の特徴の一つに、公民によらず小規模な病院が非常に多いことが挙げられる。小規模な施設は、地域ニーズに合わせて柔軟に機能を変えることができるというメリットがある。確かに、社会の高齢化に伴いニーズが増大したリハビリテーション病院、療養型病床や介護サービスを持つ病院への転換は、小規模な民間病院が中心となってきた。このような地域資源があったことで、日本医療の高齢化対応がスムーズに行われてきたことは間違いないだろう。

しかしながら、他方で規模の小ささ故のさまざまな問題点が指摘されている。例えば、今回の新型コロナウイルスへの対応を考えてみよう。小規模な病院がそれぞれ少数の感染者の対応をしていると、仮に複数の施設で濃厚接触者が多数発生した場合、各施設の機能がほとんど止まってしまい、地域全体として医療崩壊を招きかねない。他方、一定規模以上の施設であれば人的資源にも余裕があるし、物理的にも一部の病棟を閉鎖するという対応が可能であり、地域医療の継続性を確保できる。

さらに、人的資源が豊富であることは症例数が多いことにもつながる。がんや心臓病などの治療では、症例数が多い病院ほど手術などの成績が良いという研究結果が数多く出ている。日本では当直明けの医師が手術をするケースもあるが、例えば、ヨーロッパでは当直明けは24時間休息を取るのが原則となっている。質の高い手術を行うためには、執刀医を支える麻酔科医や放射線科医らの充実が不可欠である。こうした態勢を生み出すための集約化は、医療の質の向上を図る上でも、国民のためになるのではないだろうか。

戦後、民間を中心に医療提供体制を構築してきた日本では、病院を統合することは容易ではない。それぞれの病院に長い歴史と自負があるからである。また、病院は地域の安心を保障する施設であり、地域によっては最大の雇用主でもあるため、病院の統廃合という話は当該施設や施設がある自治体関係者の強い反発を招くことになる。こうした不安を解消するためにも、国や地方自治体は、統廃合後の医療提供体制において医療の質がどのように保証されるのかを住民に対して丁寧に説明することが必要だろう。

高齢化が進む日本では、病院間の有機的な連携が求められている。今後、地域医療連携推進法人やチェーン化という形で施設の統合は進んでいくだろう。ただし、そのような状況が進むにしても、日本の医療は国民連帯の理念の上に成り立っているという原則に立ち、高い公益性を担保していかなければならない。

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(※1) ^ 今回の新型コロナウイルスによる死亡率をみると人口当たり病床数の多い国(日本、韓国、ドイツなど)で低い値となっている。病床数と死亡率の関係は不明だが、危機管理面から考えた場合の病床数の在り方についても今後検証が必要だろう。

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