「国境なき医師団」日本・久留宮隆会長に聞く:援助する側の先進諸国で感染拡大、新型コロナとの戦い

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コロナ禍の中で、紛争地・途上国などへの医療援助を行っている国境なき医師団(MSF)は、これまでのさまざまな感染症対応とは異なる困難に直面している。3月にMSF日本の新会長に就任した外科医の久留宮隆さんに、新型コロナ対応の現状と課題を聞いた。

久留宮 隆 KURUMIYA Takashi

消化器外科の専門医。1959年生まれ。現在は三重県津市の永井病院の救急を担当。中学時代から医者を目指し、へき地医療を志していた。三重大学医学部を卒業して医師になり20年を経た頃、自分が思い描いていた医師としての姿と現実のギャップを感じたことがきっかけで2004年「国境なき医師団」(MSF)に参加、リベリアに派遣された。以来計12カ国で活動、東日本大震災、熊本地震の緊急援助にも参加した。MSF日本理事、副会長を経て20年3月会長に就任。

人・物資の輸送に障害

SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、エボラ出血熱など、2000年以降の新興感染症拡大の局面でMSFはまん延地での援助活動を展開してきた。だが、新型コロナでは新たな問題への対処を迫られている。「例えばエボラに関して言えば、既に活動拠点のあるアフリカで感染が拡大していった状況でした。しかし新型コロナは世界中で拡大し、特に平常は援助を送る側の欧米諸国など先進国にも影響を与え、人や物資の輸送も各国の制限のために困難に直面しています」とMSF日本会長の久留宮隆医師は言う。

「日本では欧米ほど深刻な感染状況ではないので、スタッフを派遣する余地はまだ少しあります。人事部では対応できる人をリストに挙げて、常時迅速に海外に送れる体制作りをしていますが、商用フライトが制限されているので、実際の派遣には支障が生じています。現地に到着しても、感染拡大防止のために2週間は自主隔離するので、プロジェクトに時間的ロスが生じます。一方で、感染拡大前から現地にいる多くの派遣スタッフは、予定していたフライトの欠航が続くなど帰国できない状況なので、任期を延長して援助活動を続けています。自分が感染するかもしれないという不安もありますが、それ以上に援助の遅れが現地の人たちにどんな影響を及ぼすかを懸念しています。また、医療従事者用のマスクやガウンなどのPPE (個人防護具)が足りない、なかなか届かないなど、物資の輸送が追いつかない状況にどう対処していくかについては、MSF全体で検討を続けています。スタッフの感染リスクもあるので、その際にどうやって安全な場所に移動させるかも考えていかねばなりません」

MSF日本は4月1日に新型コロナ対策にあたる人材として救急専門医、集中治療専門医、医療機器専門家、水・衛生専門家の4職種の緊急募集を開始している。

紛争地や難民キャンプでの感染拡大を懸念

MSFは世界約70の国・地域で活動しており、コロナ禍で活動を継続することが最重要課題だ。現時点で日本から派遣しているスタッフは約40人だという。その多くが、通常業務に加えてコロナ対応に関わっている。ブルキナファソ、南アフリカ、ブラジルなどで医療崩壊が起きつつある一方で、ヨーロッパ、米国など医療体制が整備した国でさえ対応が追いつかない状況のため、こうした先進国の一部でも援助活動をしている。「いま日本国内でも、われわれの活動へのニーズがどこにあるか政府、自治体、病院関係者と連絡を取りながら検討しているところです。例えばホームレス、高齢者への医療など、自治体や現地の病院が対応しきれていない医療の空白を埋めるために、われわれが援助できないか探っています」

実際、国内での活動も始まった。長崎市に停泊中のイタリア籍クルーズ船「コスタ・アトランチカ」の乗員が新型コロナウイルスに集団感染したことを受け、5月8日から医療援助活動を実施している。

コスタ・アトランチカ号(資料写真) © EnDumEn
コスタ・アトランチカ号(資料写真) © EnDumEn

新興国・途上国の感染爆発に対処できなければ、コロナ危機は終わらない。特に久留宮医師が懸念するのは、紛争地や難民キャンプでの感染拡大だ。「医療崩壊と言うよりも、そもそも医療が成り立たないところで感染が拡大した場合は欧米諸国の比ではない深刻な事態が予想されます。例えば難民キャンプでは、人々が密集して生活している中で、栄養状態にも問題があり、水の衛生管理もできていない。そうした場所で感染が広がれば恐ろしいことになります。援助しづらい状況ですが、今後、先進国で徐々にコロナが収束していく過程で、少しでも早く、そしてできるだけ多くPPEなどの物資を送る必要があります。医薬品に関しては、抗ウイルス薬などの治験がなかなか進んでいない状況ではありますが、エビデンス(臨床結果などの科学的根拠)は出つつある。日本政府も国際的な連携を主導して、コロナ対応に必要な医療ツールをできるだけ現地に送る環境づくりを進めることが大事だと思っています」

イエメン北部アムラン州ハミール郊外の国内避難民キャンプには数百の家族が紛争が始まった2015年から身を寄せる。密集した不衛生なキャンプでは新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される=2019年4月撮影 © Agnes Varraine-Leca
イエメン北部アムラン州ハミール郊外の国内避難民キャンプには数百の家族が紛争が始まった2015年から身を寄せる。密集した不衛生なキャンプでは新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される=2019年4月撮影 © Agnes Varraine-Leca

コロナ後の人道援助

「あくまでも個人的見解」としつつ、久留宮さんは今回のコロナ危機で感じた国際医療援助団体としての課題をこう語った。「MSFはもともとフランスで生まれました。各地でプロジェクトを運営している5つのオペレーションセンターは、全てヨーロッパにあります。今回、ヨーロッパでの感染拡大で、海外派遣や物資輸送に関する指揮系統に支障が出る事態を経験しました。指揮系統を分散して地域に密着したオペレーションをやっていく必要があると考えています」。今後、コロナ後の援助戦略を考えるうえでの課題として、各国のMSF事務局と連携しながら模索していきたいという。

現在は病院での業務をこなしつつ、コロナ対応で事務局や海外のMSF関係者とオンラインで連絡を取り合う日々だが、状況が落ち着いたら会長として取り組みたいことがある。「援助が必要な国や地域のことを、まだまだ自分たちと関係のない遠い国の出来事だと感じている人たちが多い気がします。日本国内で得られる情報そのものが少ないこともあるので、情報発信に力を入れたい。一昨年から、試験的に小学校高学年向けの『スクールキャラバン』を実施しています。さまざまな緊急援助のシナリオを用意して、こういう事態が生じたときに自分たちがその場にいたらどうするか考えてもらう、一種の疑似体験です。若い世代に人道援助を身近に感じてもらうための活動に力を入れていきたいですね」

2015年ネパール地震の医療援助で派遣され治療にあたる久留宮隆さん(左)。今後はMSFの国際的ネットワークにおける日本の貢献拡大と若い世代への啓発活動への取り組みに意欲を燃やす © MSF
2015年ネパール地震の医療援助で派遣され治療にあたる久留宮隆さん(左)。今後はMSFの国際的ネットワークにおける日本の貢献拡大と若い世代への啓発活動への取り組みに意欲を燃やす © MSF

バナー:米国ではホームレスなど貧困層が多いコミュニテイーに緊急支援を実施している。緊急医療サービスを受けるために必要な連絡手段として携帯電話も無料で配布した。写真は配布する1000台の携帯電話を検査するMSFのスタッフ ©Michelle Mays/MSF

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