習政権の存続は経済次第、強権への反発も-ポストコロナ危機の中国

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中国の習近平政権が2020年4月で発足8年目に入り、大きな試練に直面している。新型コロナウイルスの感染拡大で、政権基盤の支えでもあった経済が急減速しているからだ。習国家主席は18年の憲法改正で任期(従来は2期10年)制限を廃止したため、23年以降もその地位にとどまることは可能だが、経済の落ち込みがさらに激しくなれば、再任が危うくなる可能性もある。

政権の正統性を揺るがす経済悪化

中国の政治指導者は選挙で選ばれていないため、その政権の正統性を立証することはできない。唯一の根拠は、経済発展を維持し、人民を幸せにすることである。だからこそ40年前に鄧小平は「発展こそこの上ない理屈だ」との言葉を繰り返して述べた。要するに、発展しなくなれば、共産党の統治は維持できなくなる、という暗示である。

習政権が正式に始動したのは2013年3月だった。同年の経済成長率は7.76%だったが、14年7.31%、15年6.92%、16年6.70%、17年6.80%、18年6.60%、19年6.10%と徐々に減速。特に新型コロナウイルス危機により、20年第1四半期の経済成長率はマイナス6.8%と未曽有の落ち込みとなった。予期せぬ正念場に直面しており、このままいくと、習政権は23年からの3期目に突入することができなくなる可能性もある。

経済成長が減速したのは中国国内の構造的な要因のほか、米中貿易戦争によって輸出が阻まれていることがある。これに加え、目下の新型コロナ危機で経済の供給網(サプライチェーン)が寸断され、中小企業の経営破綻で雇用が悪化、国内需要も弱くなった。

拙稿はこのような問題意識を踏まえて、ポストコロナ危機の中国政治、外交と経済情勢を展望する。

不確実性に満ちた政治情勢

いつの時代も専制政治がベールに包まれて、その中で何が起きているかは分かりにくい。1991年、あれほど強固にみえたソビエト連邦はどこの国にも侵略されないまま、突如として雪崩を打つように崩壊してしまった。国際政治学者はだれもそれを予測できなかった。ソ連崩壊の例から今の中国が崩壊することを類推するにはあまりにも材料不足である。ただし、中国社会に問題が山積しているのは確かなことである。

これまでの7年間、習政権は250万人の腐敗幹部を追放した。腐敗幹部の追放は人民からの支持を広く集めているが、共産党幹部の腐敗を根絶できない現行政治体制を改革しなければ、人民からの支持を失うことになる。習政権は共産党高級幹部から草の根の民まで全ての国民に対する監視体制を強化している。ジョージ・オーウェルが著した「1984」のなかで描かれている厳格な監視社会が中国で構築されつつある。

しかし、人民から自由を奪う習政権の政治理想は簡単に実現しない。なぜならば、これまでの40年間、中国人はいったん自由のすばらしさを味わったからである。その自由が奪われることに対して、計り知れないほど強烈な抵抗が予想され、そのマグニチュードいかんによって習政権そのものがひっくり返されてしまう可能性がある。自由のない社会は幸せな社会になり得ない。

中国の古典「荀子」には、「水能載舟、亦能覆舟」との教えがある。すなわち、水(民)は舟を浮かべることができるが、舟を転覆させることもできるということである。人民を幸せにすることができない君子はいずれ人民によって倒されるということである。この「荀子」の教えから習政権は存亡の危機に直面しているといえる。

世界を敵に回す習政権の外交

習政権は強国復権の夢を人民に唱え、中国が世界のリーダーになるべく、「一帯一路」イニシアティブの巨大なプロジェクトを遂行している。習政権の国際戦略は、既存の国際秩序は先進国に利するものばかりであり、それを新興国にとってより公平な新たなものに改めなければならないということである。

この問題意識は間違っていないが、新しいルールが確立されるまで既存のルールに従わないといけないと自覚すべきである。習政権になってから、既存の国際ルールの変更を待たずに、次から次へと既存の国際ルールにチャレンジしている。一つは、領土領海の帰属問題である。もともと歴史的な背景が複雑に絡み、簡単に白か黒かと決めることができない問題が多い。だからこそ国際裁判所に仲裁を仰ぐことが慣例である。

中国は国土の広い国であり、12カ国と国境を接している。それに日本や韓国のように海域を接している国も多い。かつて毛沢東時代、ソ連と激しい国境紛争を展開したことがあった。近年、中国の経済力が強化されたことから、陸に続いて海への拡張も行われている。しかも、対話よりも既成事実を作ることを優先にしているようだ。東アジア域内の不安定性は中国自身を困らせている。

中国政府はかねて台湾問題を核心的な利益と位置付け、台湾統一に武力行使を辞さない姿勢を貫いている。また、香港に対しても、国家安全法を制定するなど、実質的に一国一制度への転換が図られている。問題は、中国から人心が離れていけば、台湾を統一しても、香港に対するコントロールを強化しても、北京との心の距離が離れて行っては、何のメリットもないはずである。

新型コロナ危機をきっかけに、もともとぎくしゃくしていたアメリカとの関係はさらに悪化している。ウイルスの発生源を調査すべきと主張するオーストラリアなどに対して、中国は経済制裁を実施している。こうした言動はいずれも国際社会で反感を買うものである。国際政治学者の一部は米中が新冷戦に突入することを予言している。その予言が的中するかどうかは別として、米国の中国からの離反(デカップリング)が現実味を帯びてきた。

中国経済の展望

中国経済は経験したことのない苦境に陥っている。5月22日に開かれた全人代で李克強首相は政府活動報告を読み上げたが、異例なことに今年は経済成長率目標を掲げなかった。否、正しくいえば、目標を掲げることができなかった。その代わりに、「就業」、すなわち、雇用の安定維持が39回も繰り返して強調された。

中国経済が急減速しているのは、新型コロナ危機によるところが大きいが、同時に対米貿易戦争によって輸出が阻まれているため、外需が弱くなっている。一方、内需については、短期的に見ると、家計貯蓄率が30%もあり、景気回復を下支えする重要な材料として注目される。ただし、雇用が悪化しているため、V字型回復は期待できない。何よりも、中国には、日本の中小企業信用保証制度のような仕組みがないため、民営企業は国有銀行からお金を借りることができない。これも失業率の高騰を助長する要因となる。

現在、中国政府は外国企業の対中直接投資の誘致に力を入れている。しかし、多国籍企業を中心に中国にある輸出製造拠点をベトナムなどへ移転させる計画が表面化している。中国で製品を販売する製造拠点を海外へ移転することはなかろうが、グローバルサプライチェーンが再編されるなかで中国は「世界の工場」としての地位が大きく揺らぐことになろう。

最後に、日中関係について、触れたい。中国は米国との関係悪化を乗り切るために、日本との関係改善に取り組もうとしている。もともと、習国家主席は2020年4月の初旬に国賓として訪日する予定だったが、コロナ危機によって延期となった。本来は感染拡大が終息すれば、年内の訪日も模索されていたようだが、香港情勢や米中関係の一段の悪化などを受け、年内の訪日実現は難しくなったと見られている。

これで日中関係が急速に悪化することは考えにくいが、中国を取り巻くグローバル環境は一段と不安定化し、東アジアの地政学リスクがさらに高まるものと思われる。グローバル社会、とりわけ東アジア諸国にとり、チャイナリスクをきちんと管理することが今まで以上に重要な課題となっている。

バナー写真:日中首脳会談に臨む習近平国家主席(左)=時事通信

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