“女性活躍推進”の影に隠れ、コロナ禍が浮き彫りにした「エッセンシャルワーカー」と非正規雇用の現実

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スーパーやコンビニ、介護、保育、医療など、社会機能を維持するために必要な仕事に従事する「エッセンシャルワーカー」たちの多くは、非正規雇用の女性だ。「女性活躍」のための施策を、非正規の現状から問い直す。

首藤 若菜 SHUTŌ Wakana

立教大学教授。1973年生まれ。労使関係論、女性労働論専攻。日本女子大学大学院人間生活学研究科単位取得退学。博士(学術)。著書に『物流危機は終わらない』(岩波新書、2018年)、『グローバル化のなかの労使関係』(ミネルヴァ書房、2017年)など。

2020年9月に発足した菅政権は、少子化対策に力を入れ、「待機児童」の解消に向けた保育の「受け皿」整備、不妊治療の保険適用拡大などを打ち出している。「安心して子どもを産み育てる環境を作る」と首相は強調する。一方、安倍政権が成長戦略の柱として打ち出した「女性活躍推進」の勢いは、確実に弱まっていると首藤若菜教授は指摘する。「不妊治療も大切ですが、少子化がなぜ収まらないのか、根本的な要因を考える必要があります」

「非管理職」が置き去りに

「女性が輝く社会」を目指すと表明し、7年8カ月続いた安倍政権の女性政策を、首藤教授はどう評価しているだろうか。

「2015年に施行された『女性活躍推進法』では、管理職に占める女性の割合を高めるなど、具体的な数値目標に踏み込んだ実施計画を策定、公表することを義務付けました。(従業員301名以上の)多くの企業が、目標達成に向けて取り組み始めたことはプラス面だと言えます。ただ、女性活躍が管理職のイメージと直結して、数値だけが独り歩きしている印象があります」

「言うまでもなく、管理職になれる層は男女共に限られていますし、高学歴化が進行しているので、男性の昇進確率も下がっているのが現状です。管理職に昇進できなくても、職業人としてどう成長して企業の中で活躍していけるのかが、2000年代に問われている問題です。もちろん、意思決定に関わる地位に女性を増やすことは重要ですが、そこだけに関心が集まり、非管理職が置き去りにされた面もあると思います」

「活躍」が評価されない女性たち

首藤教授は、元々「女性活躍」という言葉自体に違和感があったと言う。「いままで、女性は活躍してこなかったような誤解を与えます。コロナ禍で注目されている“エッセンシャルワーカー”も含め、社会を支えるために不可欠な職場で多くの女性が働いてきました。彼女たちの活躍が正当に評価されていないことが一番の問題です」

「エッセンシャルワーカー」とは、社会の機能を維持していくために必要な現場―医療、農業、生活必需品を販売するスーパーやコンビニ、介護、保育、清掃、警備、物流、交通機関など―で働く人たちを指す。緊急事態宣言の外出自粛下でも、働き続けることが求められた仕事だ。そして、多くの女性非正規労働者が、こうした現場を支えている。

総務省「労働力調査」(2019年平均値)によれば、(役員を除く)「卸売業・小売業」の4割弱、保育・介護を含む「医療・福祉」の3割強を非正規雇用の女性が占める。

「これらの仕事に共通しているのは深刻な人手不足です。以前から都内では介護士、保育士の不足が問題になっていて、介護施設、保育園を閉鎖しなければならない事態が生じています。物流、医療などの現場でも同様に人手不足です。コロナ禍で、社会にとって必要な労働に対して、十分な労働条件が保障されていないことが露呈しました。労働時間、精神的・肉体的負荷が賃金に見合っていない、だからこそ人材も集まらないのです」

「労働条件は市場競争で決まるというのが一般的な言説ですが、それだけではありません。賃金、労働時間などの在り様は、競争の要素だけではなく、政治的・社会的に決定される部分が大きい。例えば最低賃金の下限、労働時間の上限などは制度的に決定されるものです。市場競争だけではなく、劣位な労働条件の仕事を十分な報いのある仕事に変えていく必要があります。社会に必要な労働をどう確保するのかという議論が必要で、そのための施策が、女性活躍の本来のもう一つの柱であるべきです」

格差を是認した最高裁判決

安倍政権下の7年間で女性雇用は約300万人増加したが、増加分の半数以上は非正規雇用だった。また、女性の非正規の職員・従業員の収入は、19年平均で100万円未満が44%、100~190万円が38.6%を占めた。

20年4月、「働き方改革関連法」の一環として、安倍政権の最後の派遣労働待遇改善策「同一労働同一賃金」を盛り込んだ「パートタイム・有期雇用労働法」が大企業を対象に施行(中小企業は21年4月)された。

「施行されて間もないので、どう解釈、運用されるかはまだよく見えませんが、注目したのは、10月に出た3件の最高裁判決です。そのうち2件は大阪医科大学の元アルバイト職員と東京メトロ子会社のメトロコマースで売店業務に従事していた元契約社員が、賞与と退職金が支給されないのは違法だとして是正を求めた訴訟です。最高裁はそれぞれ、支給しなくても不合理とまでは言えないという判決でした。一方、日本郵便の契約社員らが手当や休暇の格差是正を求めた訴訟では、契約社員に支給しないのは不合理だという結論です」

「こうした判決を見る限り、賃金に関わる部分―基本給、賞与、退職金―で、法律上は均衡待遇にしなさいとしていても、格差是正は難しいという印象を受けました。一方、手当、休暇、福利厚生など、いわゆる“フリンジ・ベネフィット”については、均等待遇が進むのではという期待は持てました。全国で類似裁判が起きているので、判例が積み重なって賃金の格差是正が進めばいいのですが、楽観はできません」

格差是正では、本来労働組合が果たす役割が大きいが、現在、組合の組織率は2割を切り、多くの組合は非正規を組織化していないと首藤教授は指摘する。

非正規の二分化と雇用保障の格差

正規と非正規の格差が社会問題として顕在化したのは、派遣労働者の増加が大きな要因だ。

「非正規雇用は1970年代から右肩上がりで増えてきました。70~80年代の増加は、大半が夫の扶養のもとで働く女性のパートタイム労働者でした。90年代以降、バブル崩壊後の景気悪化の中で増えてきたのは、フルタイムで働く非正規労働者で、その典型が派遣社員や契約社員です。自分で生計を維持するために働く人たちですが、こうした自立型の非正規労働者は概して低賃金で、雇用が不安定です。失業すれば、即、貧困に結びつきやすい層と言えます。一方で、高学歴で高度の仕事に従事し、労働時間も長く、正社員の仕事を代替している可能性が高い。労働条件で正規雇用と差異を設けることが問題になる層です。2000年以降に非正規雇用が社会的問題になった背景には、こうした自立型非正規の増加があります」

配偶者の扶養者として働く場合、一定の年収の「壁」を超えると、扶養対象から外れて税金や社会保険料の支払いなどが発生する。そのため、業務量を調整する人などが多く、それが女性非正規の年間収入を引き下げる要因にもなってきた。たが、近年の景気悪化とともに、男性の所得水準も下がり、シングルマザーを含め、生計を維持するためにパート・アルバイト労働をする女性たちも増えている。コロナ禍では、フルタイム、パートを問わず、多くの非正規の女性たちが失職し、経済的困窮状態にあると考えられる。

労働力調査によると、非正規労働者の数は7月に過去最大の下げ幅を記録し、前年同月比131万人減、そのうち81万人が女性だった。その後も下降は止まらず、非正規は10月まで8カ月連続で減っている。その一方で、正規雇用は5カ月連続で増えた。正規雇用に関しては、政府の「雇用調整助成金」が効いていると見ることができるが、派遣労働者にも適用されているにもかかわらず、手続きが煩雑なせいか非正規の雇用安定に結び付いてはいないようだ。

「それでも、雇用調整助成金は、特に非正規が多いサービス業では活用されていると思います。リーマンショックの時には非正規が真っ先に雇い止めにあい、社会的批判を浴びましたので、これは新しい現象です。ただ、不況が長引けば、やはり非正規の雇用維持は難しいでしょう。『働き方関連法案』では、賃金、手当など労働条件格差については論議されて、法制化されました。でも、雇用保障の格差是正については、議論が進んでいません。端的に言えば、事業体の存続にかかわる状況下で雇用調整せざるを得ない場合に、非正規従業員、正規雇用の新入社員、中高年社員のいずれを解雇するのが合理的かという問題に踏み込まざるを得ないでしょう。例えば、勤務歴20年の女性パートと、新人の正社員のどちらが会社に貢献しているのか。もちろん、職場によって事情は異なりますが、正社員の雇用維持を優先することが本当に合理的なのかという議論が必要になってきます」

「待機児童ゼロ」の実現は難しい

安倍政権が掲げた女性活躍推進の目標は、まだ多くが未達成だ。「管理職や政治家など指導的地位における女性の割合を2020年までに30%程度にする」とした目標は、20年代の可能な限り早期」に後退。「待機児童を20年度末までに解消する」目標も、21年度以降に先送りされた。

「保育園不足は主に都市部の問題です。建設費高騰や土地不足の問題もありますが、それ以上に人材の問題が大きい。保育園をつくっても、保育士が足りず開所できないという問題も起きました。有資格者は多いにもかかわらず、保育の仕事に就かない。労働環境を整備していかなければ、難しい。保育園の民営化も進んでいて、一概に悪いとは言えませんが、保育士の賃金水準が下がる要因にはなっています」

いまはコロナ禍で賃金格差是正を含む働き方改革の取り組みも先が見えない状況だ。一方、急きょテレワークを導入する企業が増えたことで、定着すれば、今後女性が在宅で仕事をしやすくなるという見方もある。だが、必ずしも女性の労働環境の向上には結びつかないと首藤教授は指摘する。

「元々テレワーク実施には産業、地域での偏りがあり、都市部の情報通信業や管理職、専門職の男性が多い傾向があります。むしろコロナ禍で明らかになったのは、根強い家庭内性別分業です。女性の就業が減ったのは、派遣切りもありますが、休校や保育園の休園などで、子どもが家にいるため、女性は在宅でさえ働きにくくなったという背景もあります」

労働条件向上のコスト増を社会全体で担う覚悟を

「コロナ禍が収まれば、長期的には、女性の就労、非正規雇用は増えるでしょう。その中で非正規と正規の間のどういった格差なら許され、どういった格差が不合理とされるのかに注目していきたい」と首藤教授は言う。「少しでも非正規の待遇の底上げにつながる動きがあればいいですが、楽観はできません。まず、エッセンシャルワーカーの労働条件を改善しない限り、正規・非正規、男女間格差の是正にはつながらないと思っています」

2019年4月、政府は介護や農業など、人手不足が深刻な14業種を対象に新たな在留資格「特定技能」を創設し、外国人労働力による補充を模索してきた。

「人手不足を生み出す要因が放置され、安価な労働力を継続的に供給するために、外国人労働力の受け入れを拡大するというのは安易な発想です。人手不足がある程度解消されるとしても、労働条件が低位安定する懸念があります。それよりも、女性の就業率を高める努力をすることが先決でしょう。保育、介護分野の労働力不足に関しては、多くの人が働きたいと思えるように、職場環境、労働条件の改善をしていくことが最優先です。そのことによって、介護、保育などのコストは今より高くなるでしょう。安いサービス提供を求め続けるのではなく、社会全体でそのコスト増を担うべきだと発想を転換する必要があります」

バナー写真:昼食前にテーブルの消毒作業をする保育士=2020年6月、横浜市旭区の三ツ境たんぽぽ保育園(共同)

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