コロナパンデミック禍における新たな米中関係と日本の役割

政治・外交

米国のバイデン政権発足で、米中関係はどう展開するのか。筆者は「対立構造からの転換は容易ではなく、中国の挑戦は続く」と指摘。その中で、日本は「自立できる最低限のパワーを持ち、新冷戦形成を食い止めていくべきだ」と主張する。

混乱を極めた米大統領選もようやく収拾の方向に向かい、米中関係も新たな視点から考えるチャンスが来た。しかし転換は容易ではない。両国の関係は、2018年あたりから対立の側面が一段と鮮明になっていた。とりわけ貿易、ハイテク情報産業での対立が目立っていた。このほか、中国では大量の不良債権問題、 民間企業の低迷などの不況が指摘されていた。

19年末に発生したの新型コロナウイルス感染拡大により、経済停滞は一段と加速し、中国ベースの世界経済の展開は完全に壁にぶつかったと思われた。一方、20年4月に入ると二つの動きが顕著になり、米中関係及び世界情勢の見通しが再度不透明になってきた。第1はコロナ感染が一挙に世界的規模に拡大し、とりわけ米国は深刻な打撃を受けることとなった。第2は中国の感染がピークを越えて5月下旬ごろから生産再開、経済再建に動き始め、さらには世界各地のコロナ感染被害に対して積極的な支援活動に取り組み始めたことである。

まず第1の点から見ておこう。コロナウイルス感染は世界でも4月時点で約300万人、死者は約20万人、米国は3分の1近くの約100万人に膨れ上がった。感染の勢いは止まらず、12月末の段階で世界では感染者は7945万人、死者は174万人余りで、米国は感染者数1865万人(1日あたり約20万人の増加ペースが続く)、死者も約33万人と桁外れの増加状況となった。そのためおそらく事態が収束に向かったとしても、米国の経済復興は時間がかかるだろう。

早かった中国の経済立て直し

一方、中国は19年12月から20年1月の時点で「初動」が遅れ、国内のみならず世界へのウイルス感染拡大を引き起こす原因となった。しかし、その後武漢でコロナ対策の病院建設を一週間で完成させるほどに急ピッチで対策を進め、3月にはほぼ沈静化に成功したと公言するまでになった。3月から4月にかけて米国が国内問題に集中しているうちに、 中国は国内経済再建にとどまらず、全世界を射程に入れてコロナ問題解決のための支援を積極的に展開し始め、さらにはコロナを克服したとして「中国モデル」の優位性を世界にPRするまでになったのである。

これは明らかに戦略的な発想に基づくもので、コロナパンデミックが収束しさまざまな分野での再建が始まる時点で、中国が先んじて世界への影響力を拡大しようとする意図は明確である。さらには、 深圳から広州一帯のハイテク産業地域では、上からの強い指示で落ち込んだ経済活動の再開が急がれた。

中国の経済復興を見てみると、2020年の1〜3月経済統計によれば、国内総生産(GDP)が前年同期比マイナス6.8%とはじめての落ち込みを見せた。しかし4〜6月期はコロナ前の水準に回復、7〜9月期は前年同期比で4.9%増となった。これは、主に政府主導のインフラ投資が効果的に働いた。6月8日に世界銀行は世界経済見通しで20年の中国の経済成長率をプラス1%、21年には6.9%と予測した。

このように20年上半期の深刻な失速は徐々に回復に向かった。世界各国、とりわけ欧州の落ち込みに比べて、「一人勝ち」状態といえよう。ただ問題は生産が回復したとしても、これまで中国製品を受け入れてきた世界各国が、依然としてコロナ騒動で経済が停滞し、輸出の需要が激減していることである。

「双循環」という新たな発展モデル

さすがに中国指導部はこの問題に早い段階で気付いていたようだ。3月27日の党中央政治局会議で、習近平総書記は積極的な「内需の拡大」を繰り返し強調していた。このことは、これまでのような輸出拡大による経済成長推進という方針を修正しつつあると読める。内需の状況も、下落傾向が続いていた個人消費指標では、小売売上高は4月に前年同月比7.5%減まで回復し、減少率は3月から8.3ポイント縮小した。

5月14日の政治局常務委員会では、習氏は「拡大余地が大きいわが国の内需の優位性を十分に発揮することにより、国内外の総循環が互いに促進する新発展モデルを構築する」と宣言。さらに「国内大循環を主体とし国内外の双循環を発展させるモデルを目指す」と表明した。

「双循環」とは①国内大循環を主とした消費拡大、内需拡大を目指し、②5G基地局や半導体の生産が滞っている状況を打開するために国際的なサプライチェーンの強靭化、拡大をはかり、 さらには貿易決済におけるデジタル人民元を利用し、人民元の国際化に力を入れる、③輸出促進、外資の誘致、人材獲得など世界との交流を進める成長戦略を再構築する――ことであった。

中国は着々とコロナ後の新たな戦略展開を開始しているかのようである。他方で米国は、大統領選挙の長引く混乱にようやく決着をつけ、2021年1月からバイデン新大統領の指導体制が機能し始める。それにしても世界最大のコロナパンデミック被害を蒙り、米国は経済再建について中国に大きく遅れをとった事実は否定できない。

世界からの厳しい目

しかし、パックスアメリカーナからパックスシニカへの移行が進んでいるとの早急な結論を出すことはできない。十二分に中国からの挑戦の危機を感じ始めた米国は、 ハイテク産業のデカップリング以外に、2021会計年度(2010年10月〜21年9月)の国防予算を7405億ドル(約77兆円)と大幅に増額した。ちなみに中国の2020年度国防費予算は1781億ドル強と米中の差はまだかなりある。さらに米連邦準備制度理事会(FRB)は20年12月、21年の成長見通しを4.2%と前回予想(9月)から引き上げて比較的早い段階での回復を予測しており、経済面での米国の底力を感じさせる。

さらに認識しておかねばならないことは、中国は世界に対して打ち消すことができない厳しいハンディを背負っているという事実である。

このパンデミックは中国発であり、大量の中国の人及びモノの移動によって一挙に世界規模に拡散しでしまった。特にイタリア、スペイン、英国、フランスなど欧州諸国は積極的に中国の投資を受け入れ、「一帯一路」戦略に参入したのだが、今回は中国への不信感を募らせることとなったのではないか。事態が今後収束し、仮に中国がどれほどの支援を行おうとも、これらの国々では中国に依存した経済復興への強い警戒感が残っていくのは間違いない。華為技術(ファーウェイ)など中国のハイテク技術導入に対しても、おそらくブレーキがかかっていくだろう。

主導国なき世界

二つの超大国は本来、協力・補完しあって世界的な困難に立ち向かうべきなのだが、現実は双方が一段と不信感を募らせ、批判の応酬に明け暮れている。バイデン新大統領の就任で米中関係も新しい局面に入るのではと期待する見方もある一方で、世界保健機関(WHO)をめぐる争いはいまだに続いている。

感染拡大の初期にははテドロス事務局長が中国に配慮した発言を繰り返し、それをトランプ大統領が批判して、米国はWHOへの拠出金停止を宣言した。テドロス氏はこれに反発し、国際的な指導体制が全く混乱してしまった。最近は調査団の訪中をめぐってWHOと中国との関係もぎくしゃくしている。

欧米諸国の大混乱に加えてアフリカ、中東におけるパンデミックの進行を考えるなら、世界は極めて無秩序な方向に向かっている。米国の政治学者イアン・ブレマーはここ数年、今後の国際社会を「Gゼロの時代」(主導国なき時代)と予言してきたが、現状はまさにGゼロが出現したと言うべきであろう。

覇権めぐる対立は長期化か

2008年12月、世界がリーマンショックに揺れている中、中国共産党の政治局常務委員(当時)李長春は、「コミュニケーションの能力によって影響力が決まる。コミュニケーション能力の高い国の文化と価値観が世界を席巻し、その大きな影響力を発揮するのだ」と語っていた(『北京コンセンサス』)。 以後米中は相手への諜報工作、サイバー攻撃を含め熾烈な情報戦争を展開きた。ハイテク超大国化を狙った「中国製造2025」計画に米国は強い警戒感もあらわにし、 華為技術やテンセントに激しい攻撃をしかけた。そしてまた今回の新型コロナ騒動でも情報戦は激しく、既に19年の年末には、米諜報部門はコロナ問題でかなり深部に食い込んだ情報を得ていたと言われる(2020年4月12日付け朝日新聞)。

当分の間、世界経済の低迷が続くことは疑いない。各国はこれまで以上に救いの手を欲していると思われるが、差し出す手が「今までのような中国」では、より多くの国が躊躇するだろう。一方、経済再建を全面的な米国依存で進めることは不可能である。

とりわけ今回の新型コロナ騒動で中国からの原材料、中間財の輸入がストップしてしまった。完成品輸出に重きを置く日本の製造業は中国抜きにして将来を考えることは不可能であろう。さらには今後の有望産業として期待されていた観光業も、中国からの訪日客がなくなり大打撃を受けている。

米中が今後、ある程度の協調関係を再び構築する可能性はある。何よりも双方で世界の GDPの約4割を占め、お互いが最大の貿易相手国であるいう現実がある。しかし、2013年に習近平氏が提唱したような「21世紀の新しい創造的な大国関係」というレベルの関係構築はほぼ不可能であろう。

中国は強い意志を持って米国にチャレンジし続けるだろう。習氏は2020年10月の朝鮮戦争参戦70周年で演説し、「極限まで圧力をかける米国のやり方は全く通用しない」と強く批判した。

他方、米国も、米中関係を「ツキディデスの罠」に例えた米国の政治学者グレアム・アリソンの主張に見られるように、挑戦者としての中国を強く警戒し、これまで築いた世界のリーダーとしての地位を懸命に堅持しようとするだろう。この対立は経済のみならず軍事安全保障、さらには政治体制のあり方をめぐって一段と鮮明化していくのではないだろうか。 安易な予測が許されるとするならば、それはこれから、20年から30年は続くのではないか。

日本の役割:新冷戦を拒否して「必要とされる国」に

二つの超大国が覇権を争う中で、わが国はどのような立ち振舞いをしたらよいのだろうか。常に状況の変化を見極めながら具体的な対応を試みていく必要があり、解が一つであると言えるほど単純なものではない。まず確認しておかなければならないのは、次の点である。

第1は、どちらの側に付くかという問題ではなく、対立が深みにはまって武力行使を含むショック療法をとらざるを得ない状況に陥れば、世界はこれまで経験したことがない深刻な打撃を受けるだろう。今日抱えている気候変動など大規模自然災害や感染症パンデミックといった国際社会を揺るがす問題と合わせ、人類史上最大規模危機に直面する可能性もある。この点は米中双方とも認識しているはずで、対立しつつも一定の自制を働かせて向き合うことになっていくだろう。

第2は、米中は経済、軍事、文化、イデオロギーなどでいかに優越的な地位を獲得するかしのぎを削っているわけで、双方が必要と判断した場合には協力し合うことを厭わない。例えば国際テロリズムに対する戦い、あるいは大気汚染など環境破壊に対する改善の行動などである。もちろん双方の相手に対する不信感、対抗意識などはかなり強いが、 米中新冷戦はまだ形成されていないのである。

このことを前提とし、日本は新冷戦の形成を食い止め、新たな国際協調の理念を構築し、米国も中国も最終的にはその枠に入れられるような新たなアジア太平洋平和共存のシステムを作ることを目指すべきである。もちろん、繰り返しになるが、米中の対立は深刻になり構造化してきている。さらにわれわれ自身も自国の安全保障を優先的に重視せざるを得ない。したがってこのような現実と上述の理念的目標の内容は、しばしば厳しい緊張関係に置かれることとなろう。しかし、しっかりとした目標と対策を立て、その実現への信念がなければ、米中対立に翻弄され、自らの立ち位置を失う危険性もある。もう1つ確認しておくべきことは、米中の対立が一方を壊滅に導くような劇的な状況にはならないことである。

そこで必要な目標とは、まず①日本という国が、自立できる最低限のパワーを持つことである。その上で②何らかの意味で国際社会、相手国に必要とされる国になる努力を惜しまないことである。 日本は安全保障上、米国との同盟関係の維持が必要であるが、そのための財政的、 技術的、人的な資源を準備しなければならない。他方で、中国との関係では経済・社会発展のための技術的ニーズに応えられる力をつけなければならない。

ハイテク中間財、医学技術、高齢社会サポート技術などで、おそらく日本は期待され続けるだろう。また東南アジアなどミドルパワーの国々からは、日本は特に経済開発のための技術と資金の提供、新たな経済発展枠組みや平和秩序の構築におけるミドルパワーを結集するリーダーシップの役割が期待されるだろう。必要ならば早急にミドルパワー結集の段取りを具体化する必要もあろう。もしこれらの点に真剣に向き合い、それなりの成果を上げることができるならば、日本は決して「股裂き」状況に置かれることはなく、むしろその存在を高めることになるであろう。

バナー写真:オンライン形式で開かれた第15回20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に出席した中国の習近平国家主席(中央)と各国首脳=2020年11月22日(新華社/共同通信イメージズ)

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