大谷翔平の「グラブ6万個」に宿る“米国流”スポーツ文化

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米大リーグのアメリカン・リーグで2度目の最優秀選手(MVP)に輝き、メジャーの「顔」といえる存在になった大谷翔平。グラウンドでの活躍が高く評価される一方、6万個のグラブを日本の全小学校に寄贈するという取り組みが称賛されている。その活動を支援するのが、大谷と契約を結ぶ米国のスポーツ用品メーカー「ニューバランス」だ。ビジネスにもつながる社会還元の意識。改めてプロスポーツのあり方を考える機会にしたい。

市販されていないグラブを寄贈

「野球しようぜ!」というメッセージが入った画像と共に、大谷は自身のインスタグラムにこう書き込んだ。

「この度日本国内約20,000校の全小学校に各3つのジュニア用グローブ約60,000個を寄贈いたします。野球を通じて元気に楽しく日々を過ごしてもらえたら嬉しいです。このグローブを使っていた子供達と将来一緒に野球ができることを楽しみにしています!」

各小学校に配布されるグラブは低学年用のもので、1校当たり右利き用2個と左利き用1個の計3個が寄贈される。12月から来年3月にかけて配送され、日本の多くの小学生がニューバランスの「NB」のロゴ入りグラブを手に取ることになる。

ただし、これらのグラブは市場に出回っているものではない。販売されているのであれば、教育現場を使った露骨な宣伝と取られかねない。「1人でも多くの小学生にキャッチボールを楽しんでほしい」との大谷の純粋な思いを伝えつつ、一方で日本の子どもたちに自らのブランドを浸透させる。よく練られたマーケティング手法ともいえる。

NBにとっての日本の野球市場

ニューバランスは1906年、米国マサチューセッツ州ボストンで創業したスポーツシューズのメーカーだ。扁平(へんぺい)足などを治す矯正靴のメーカーとして誕生した後、ランニングシューズの製造で知名度を上げ、近年は一般向けのカジュアルシューズも人気を博している。

2010年ごろからはメジャーリーガーの間でスパイクのシェアを拡大し、野球市場にも参入してきた。大谷は昨年まで、神戸市に本社を置くアシックスと契約していたが、今年からはニューバランスに変更。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の優勝の瞬間、うれしさのあまりに投げてしまったグラブの他、スパイク、手袋、肘当てなど、大谷が身に着ける用具の多くがニューバランスの製品となった。

今季からはグラブのほかに手袋もニューバランス製を使用している 時事
今季からはグラブのほかに手袋もニューバランス製を使用している 時事

日本のプロ野球でもヤクルトの村上宗隆にスパイクを提供。今年は高校野球でも使えるよう、黒と白のスパイクを発売したが、デザインロゴの大きさが日本高野連の規定に適合しないため、公式戦では使えないという事態もあった。だが、野球用品での販路開拓を考えれば、日本が大きな市場であることに間違いはない。

「他人のつま先を踏む」精神

米国のスポーツ用品メーカーといえば、ナイキの戦略が思い出される。人種差別に抗議したアメリカンフットボールNFLの有名選手、コリン・キャパニックを使ったCM広告で話題を呼んだ。テニスの大坂なおみも、ナイキと契約を結んだ後、人種差別への抗議を明確に示すようになった。米国内では神経質な社会問題だが、そうしたテーマにも積極的に取り組んでいる姿勢を示すことによって、ナイキは企業イメージをアップさせた。商品販売の利益だけを追求するのではなく、社会へのメッセージ性を重視しているのだろう。

ニューバランスにも共通する発想が見える。今回は、日本における野球人口の減少という社会的な関心事をとらえ、大谷というスーパースターからのプレゼントという形で注目を集めた。

「このプログラムは、未来の野球選手たちが夢を追いかけ、成長するための支援の一環として行われます。ニューバランスジャパンとして、日本野球界の未来を切り拓く大谷翔平選手を全力でサポートし、野球が子どもたちの心に希望と夢をもたらすお手伝いができることを誇りに思っています」

このようなコメントを発表したのは、ニューバランスの日本法人を率いる久保田伸一社長だ。久保田社長は出演したテレビ東京の番組「カンブリア宮殿」の中で、「Step someone’s toe (だれかのつま先を踏め)」という言葉を座右の銘に挙げている。

自分の範囲にとどまるのではなく、他人の領域を侵すことも時には必要という意味だ。他人のつま先を踏むことで、新たなコミュニケーションや競争が生まれ、それが思いもよらない発想に結びつくという。

日本メーカーの「球活」の浸透度は?

日本のメーカーも野球人口の減少には危機感を抱いている。野球とソフトボールの用品を販売する国内企業が連携し、一般社団法人「野球・ソフトボール活性化委員会」を発足させたのは、2017年1月のことだ。通称「球活委員会」として活動し、ミズノやアシックス、エスエスケイ、ゼットなど18社が名を連ねている。

同法人の公式ウェブサイト「球活.JP」には「人生に野球の喜びを!」のスローガンが掲げられ、さまざまな普及・振興の取り組みが紹介されている。

未就学児とその保護者を対象にしたボール遊び教室「キッズ・ボールパーク」は全国各地で昨年、23回実施したという。他にもイベントを開催しているが、あいにくプロ選手の参加も少なく、活動が社会に浸透しているとは言い難い。今後は米企業のように、社会に訴えかける斬新な手法も検討する余地があるだろう。ニューバランスに「つま先を踏まれた」ことをきっかけに、野球の裾野を広げる活動にいっそう力を入れてほしいものだ。

「球活.JP」のインタビューで、松井秀喜さん(元巨人、ヤンキースなど)は野球を取り巻く日米の環境について、こう述べている。

「日本とアメリカでは、野球ができる環境が違います。アメリカは多くの広場でキャッチボールや野球ができますし、少年野球であっても芝生がきれいに整備された立派な球場でやっているんです。大都市ニューヨークでも、郊外に行けばそうした球場がたくさんあって、野球をする環境としては、やはり恵まれていると感じます。日本はどうかというと、もちろん地域によって違いますけど、アメリカと比較すると公園や広場があっても気軽に野球ができる環境にあるとは言えません」

MVP以上の価値の「ロベルト・クレメンテ賞」

松井さんは2015年に米国で野球振興のNPO法人「松井55ベースボールファウンデーション」を設立し、日米で野球教室を開くなど、普及・振興活動を重ねている。大谷と同様、松井さんも社会貢献の意識が強いのだろう。こうした例は米大リーグに所属する選手の多くに共通することだ。

野球教室で打撃を披露する松井秀喜さん(2023年10月29日、米ニューヨーク州) 時事
野球教室で打撃を披露する松井秀喜さん(2023年10月29日、米ニューヨーク州) 時事

その象徴が「ロベルト・クレメンテ賞」だ。1972年、パイレーツで3000安打を達成したプエルトリコ出身のロベルト・クレメンテが、ニカラグア地震の被災地に支援物資を届けるため、チャーター機に乗り込み、その墜落事故で亡くなった。慈善活動に熱心だった名選手の死を悼み、米大リーグ機構は「コミッショナー賞」と呼んでいた社会貢献の賞にクレメンテの名を付けた。

グラウンド内外での優れた人格が評価され、社会での慈善活動などに取り組んだ選手が毎年表彰される。「MVPより価値ある賞」とも言われるほどだ。

今年はヤンキースの強打者、アーロン・ジャッジが選ばれた。ジャッジもまた「オール・ライズ財団」を2018年に設立し、ヤンキースの地元ニューヨークや出身地のカリフォルニア州で子どもたちを支援する活動を続けてきた。受賞に際し、「これはまだ一歩に過ぎない。今後、さらに多くの子どもたちを支援できることを楽しみにしている」と語ったジャッジ。大谷と本塁打王争いを繰り広げながら、グラウンド外でも存在感を見せている。

ロベルト・クレメンテ賞を受賞し、会見に臨むヤンキースのアーロン・ジャッジ(右)=2023年10月30日、米フェニックス 時事
ロベルト・クレメンテ賞を受賞し、会見に臨むヤンキースのアーロン・ジャッジ(右)=2023年10月30日、米フェニックス 時事

プロスポーツの価値は、エンターテインメントの提供によって得られる巨額の収入だけにあるのではない。選手やチーム、スポンサー企業はファンや地域社会とともにあり、スポーツの喜びや利益を人々に還元する。スポーツ文化を構成するサイクルだ。日本全国の小学校に届けられる大谷の「グラブ6万個」にも、そうした思いが宿っているのかもしれない。

バナー写真:11月9日、ニューバランスの公式サイトと自身の公式インスタグラムで、日本全国の小学校へ6万個の野球グローブを寄贈することを発表した大谷翔平。左利きの子どもにも配慮するなど大谷らしい気遣いが光る 写真提供:ニューバランスジャパン

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