戦後70年談話

安倍談話:日本は反省を、中国は寛容を

政治・外交 社会

世界中の注目を集め、物議を醸した安倍晋三首相の「戦後70年談話」。このメッセージに込められた意味、内外での受け止められ方について、談話の“枠組み”作成に関わった関係者、海外の識者らが考察する。

ひとりの中国人として

ひとりの中国人として、安倍首相が8月14日に発表した談話に対する見方を述べたい。

安倍談話は、日本の国内外で多くの勢力が激しい駆け引きを行った末の妥協の産物である。

国内では、選挙で多くの票を握っている「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」などの強硬な保守系団体や強硬派の政府高官らが、安倍首相が「侵略」と「植民地支配」を談話に書き入れることに反対した。保守勢力は安倍首相を支持する基盤であり、首相も心情的には彼らに賛成で、選挙のことを考えても彼らから離れることはできないのだ。

また、インテリ層、企業家や中日関係の改善を希望する政界の人々は、力強い運動を次々と展開して圧力をかけ続け、安倍首相が歴史を正しく認識するよう要求した。

安倍首相はその間に挟まれて、決心が定まらずにいた。かなり長い間にわたって、安倍談話が結局のところ「侵略」を認める文言を含むか否かという問題について、東京から伝わってくる情報は非常に混乱したもので、様々な憶測や緊張を招いた。

その過程で、ひとつの極めて重要な要因が潜在的な役割を発揮した。それは、明仁天皇が今年になってから何度も談話を発表し、日本は歴史を顧みて、深い反省をしなければならないと述べたことだ。これによって、安倍首相は立場を調整せざるを得なくなった。

その他にも、安保法案の論争に関して、安倍首相の支持率が急速に低下していることから、首相も差し迫って中日関係の膠着状態を打開し、自分の人気を引き上げようとしている。

国外では、かつて日本に侵略されたベトナム、フィリピン、シンガポール、マレーシアなどの東南アジア諸国が日本に対して理解のある態度を取り、安倍首相に対して圧力を加えなかった。

一方、アジアにおける主導権を日本と争っている中国は、猛烈に日本を批判し、安倍談話の内容に対して明確な要求を提起した。7月中旬、「日本のキッシンジャー」と呼ばれ、「日本には戦略的な忍耐が必要だ」と主張する谷内正太郎氏(元外務事務次官)が中国を訪問した。中国は彼を通じて、1)両国の四つの重要文書の立場を遵守する、2)村山談話を踏襲する、3)靖国神社に参拝しない、という3つの要求を安倍首相に対して提起した。

そのほか、中国と北朝鮮が冷ややかな関係を続けている情況の中で、韓国は急速に中国に接近している。韓国は中国との関係を繋ぎ止め、北朝鮮に対処すると同時に国内のナショナリストたちの要求も満たすためにも、安倍首相が正しく歴史に向き合うよう強く求めた。

もうひとつの重要な要因は、アメリカが地域のパワーバランスと安定に対する配慮から安倍首相に圧力をかけ、歴史を正視して日本と東アジア諸国との緊張関係を緩和するよう求めたことだ。

安倍談話は、まさしくこのように複雑な情勢の下で繰り返し修正して完成したのである。引き続き政権を担当したい安倍首相は、国内外の各種勢力からの要求を考慮せざるを得ない。彼の談話によってなぜ論争が引き起こされるのか、その原因はここにある。当然のことながら、彼個人の価値観が影響していることもある。

ともあれ「侵略」、「おわび」等キーワードを口にした

しかし、たとえどうであったにせよ、安倍首相は「侵略」、「植民地支配」、「おわび」などのキーワードをようやく口にしたわけで、この点は多くの人たちの予想に反していた。「侵略の定義は定まっていない」という彼の過去の発言と比べれば、これは大きな進歩である。中日関係が低迷状態から脱するのを促し、習近平主席と安倍首相の第3回首脳会談を実現する上でも、積極的な役割を果たした。これについては、実事求是(事実に基づいて物事の真理や真相を追求すること)で肯定すべきである。

もちろん、安倍談話の表現には間接的なところがある。例えば、「侵略」という言葉について、彼は「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と発言した。

この表現は、社会党の村山首相が1995年に発表した談話ほど直接的かつ率直なものではない。そのため、多くの中国人が、安倍は「ごまかしている」と批判するのも道理に適っている。

しかし、今日の中日両国関係の情勢は1995年とは大きく異なっている。以前、中国の経済は日本よりもはるかに立ち後れていて、日本にはまだ自信があった。今日の中国経済の総額はすでに日本の二倍の規模となり、日本の自信は大きく揺らいでいる。

私は最近何度か日本に行ったが、日本が中国からの圧力と憎しみに直面し、社会全体が非常に緊迫していると感じた。中国で反日感情が燃え上がったために、日本に怖れと警戒心が生まれたことは理解できる。現在の日本では、中国に関わる話題であれば何でも、繰り返し提起されている。また、第二次世界大戦後の歴史を見れば、自民党は一貫して保守派であり、歴史認識の問題では遠く社会党に及ばない。さらに、近頃のアメリカは、日本も中国包囲網に参加するよう要求して圧力をかけ続けており、日本は中国を信頼することもできず、アメリカの言うことを聞かないわけにはいかないのだ。

安倍首相は中国に対して相反する二つの手を差し出している。片方の手は和解を推進し、もうひとつの手はある程度用心するというものだ。だが、今日の両国関係の情勢から見れば、これは何も大したことではない。中国とアメリカの関係もしかり。中国とロシアの関係も、片手で防御しているようなものではないか。毛沢東、周恩来、鄧小平の時代は、日本も同じ情況だった。毛沢東、周恩来、鄧小平はどのように対処していたのだろうか。

安倍談話に対して、中国人は少し寛容になるべきだ。安倍は「ペテン師」だとか、「彼の談話は両国関係の改善に役立っていない」と言う中国人もいる。だが、そうした見方は、厳しすぎるだろう。

中国は大国の気概を―毛沢東、周恩来、鄧小平はどうしていたか

私の見解は次のとおりだ。

中国は、日本に対して絶えず善意を向けていくべきである。前述したような中国人の反応は、自信がないからだ。まさか、中国は漢や唐の時代のような堂々たる大国の気概を発揚すべきではないとでもいうのだろうか。そんなに度量が小さくてどうするのか。

安倍首相の進歩に対しては、肯定すべきである。中国のある学者は、安倍首相が談話を発表した14日の夜にテレビ番組に出演し、安倍談話の積極的な役割を肯定していた。ところが一日経つと、安倍談話を全面的に否定したのだ。罵っている人がいるのを見て怖くなり、急いで自分を否定したのだろう。これは、真理を追究する学者としてあるべき態度ではない。

私たち中国人は、自分たちの歴史にどのように向き合うべきだろうか。本当に正面から歴史に向き合っているだろうか。例えば、1959年から1961年までに多くの人が餓死したが、誰か謝罪しただろうか。それから文化大革命について、今後どのように研究していくべきだろうか。これらはいずれも熟慮に値する問題であり、中国のソフト・パワーを考える上でも重要な意味を有している。私たち中国がソフト・パワーについて語る際に、これらの問題をなおざりにしてはならず、そうしてこそ他者から尊敬され、他者からのおわびを促すこともできるのだ。

(翻訳=及川淳子・法政大学客員学術研究員)

バナー写真:2015年6月日本記者クラブでの会見

中国 戦後 韓国