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普天間基地移設をめぐる経緯 : 県民投票は辺野古埋め立て「反対」が7割超

政治・外交 社会

普天間基地の返還合意から23年。繰り返される事故や、選挙のたびに翻ろうされてきたこれまでの経緯を振り返る。

沖縄県宜野湾市の米軍・普天間飛行場の名護市辺野古移設の是非を問う県民投票が2月24日行われた。辺野古沿岸部の埋め立てについて、「賛成」「反対」「どちらでもない」のいずれかを選ぶ3択方式で、「反対」が7割を超えた。投票率は52.48%。

1996年4月に普天間飛行場の全面返還が決定してから間もなく23年が経とうとしているが、知事選のたび、国政選挙のたびに争点となり、曲折を繰り返すばかりで、事態が大きく進展したとは言えない状況だ。県民投票では、反対票(43万4273票)が投票資格者数(115万3591人)の4分の1を上回ったことから、県民投票条例の規定に基づき、玉城デニー知事は安倍晋三首相とトランプ米大統領に結果を通知する。

今回の県民投票にも法的拘束力はなく、国は辺野古への移設工事を継続する意向を示している。沖縄県と政府の対立は、今後も続く。

普天間飛行場問題をめぐる経緯

1995年9月 米海兵隊員らによる少女暴行事件、翌10月に事件に抗議する県民総決起大会
1996年4月 橋本龍太郎首相、米・モンデール駐日大使、普天間飛行場の全面返還を表明
1996年9月 米軍基地の整理縮小などを問う県民投票で、賛成が89%(当日有権者数の半数超える)
1997年11月 政府が名護市辺野古沖への海上ヘリポート建設案
1997年12月 名護市の住民投票で普天間移設反対が過半数
1998年2月 大田昌秀知事が移設受け入れ拒否
1998年11月 【知事選】大田氏が破れ、容認派の稲嶺恵一氏が当選
1999年11月 稲嶺知事が軍民共用を条件に移設候補地として名護市辺野古沿岸域を表明
1999年12月 普天間飛行場の移設に係る政府方針を閣議決定
2002年11月 【知事選】辺野古沖移設容認の稲嶺知事再選
2003年11月 米ラムズフェルド国防長官が上空から普天間基地を視察、「世界一危険な米軍施設」と発言
2004年8月 普天間飛行場に隣接する宜野湾市の沖縄国際大学の本館ビルに米軍の大型ヘリが墜落
2006年11月 【知事選】県内移設に柔軟姿勢を示した仲井真弘多氏が当選
2009年7月 鳩山由紀夫民主党代表が、総選挙を前に「最低でも県外」と発言。9月に民主党政権発足
2010年5月 鳩山内閣、県外移設を断念、日米両政府が辺野古移設確認
2010年11月 【知事選】仲井真氏が県外移設掲げて再選
2012年10月 普天間基地にオスプレイ配備
2012年12月 自由民主党が政権復帰
2013年12月 仲井真知事が辺野古埋め立て承認
2014年11月 【知事選】仲井真氏が破れ、辺野古移設反対を唱えた翁長雄志氏当選
2016年12月 普天間基地所属のオスプレイが名護市の沿岸に不時着して大破
2017年10月 普天間基地所属の大型輸送ヘリが東村の民間地に緊急着陸、炎上
2017年12月 普天間基地所属の大型輸送ヘリの部品、窓(約7.7キロ)が普天間第二小学校グラウンドに落下
2018年7月 翁長知事が埋め立て承認撤回
2018年8月 翁長知事、すい臓がんのため死去
2018年9月 【知事選】翁長知事の遺志を引き継ぐ形で移設反対派の玉城デニー氏が当選
2019年2月 辺野古移設の是非を問う県民投票、反対票が7割超える

沖縄県、宜野湾市、名護市のウェブサイトの情報、各種報道を基に編集部作成
黄色網掛けは辺野古への移設容認(受け入れ)の動き、紫網掛けは辺野古への移設拒否の動き

バナー写真 : 米軍普天間飛行場の移設に向け、新基地建設のための埋め立て工事が進む名護市辺野古沿岸部。中央は米軍のキャンプシュワブ(時事/2019年2月12日撮影)

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