Japan Data

どうして6体並んでいるの? : 身近なのに意外と知らないお地蔵さま

歴史 文化 旅と暮らし

“おばあちゃんの原宿” と称される巣鴨地蔵通り商店街。その中心にある「とげぬき地蔵」の御利益にすがって多くのお年寄りが訪れるようになったことが、街のにぎわいにつながっている。かたや、地方を旅すると、道端に6体のお地蔵さまがひっそりとたたずんでいることがある。身近なようでいて、意外と知らないお地蔵さまってどんな仏さま?

人々を地獄から救済する仏

「お地蔵さん」「お地蔵さま」と親しみを込めて呼ばれることも多いが、正式な名前は地蔵菩薩。地蔵の「地」は大地、「蔵」は蓄える。「菩薩」は「悟りを求めて修行する人」という意味。つまり、豊かな大地のようにあらゆる物を生み、人を救う力として蓄え、修行を重ねる存在。

地蔵信仰が日本に伝来したのは8世紀頃で、初期の信仰を記録した奈良時代の書物『十輪経』(じゅうりんきょう)に、民衆に寄り添うことを釈迦から委ねられた者―それが地蔵菩薩とされている。当初はそれほど篤く信奉された形跡はないが、平安時代(794年〜)の初期に、没落した貴族が地蔵に救いを求めた。

平安時代は摂関政治の全盛期で、摂政・関白を歴任した藤原氏が栄華を極める一方、下級貴族たちの身分は低く、冷遇されていた。彼らは、現世(藤原氏中心の社会)に絶望し、それが次第に「六道思想」(りくどうしそう)へと転化していった。

六道思想とは、人は天上道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6つの世界を輪廻転生するという考え方で、なかでも地獄道は最も過酷で、厳しい苦しみを与える世界と恐れられた。

現世で没落し希望もない。なおかつ死んでも地獄でもがき、現世に転生しても、また苦しむ。そこで、地獄から人間道に戻った時、救ってくれる存在が必要と考え、その願いを地蔵菩薩に託したのである。

地方の集落の入り口などで、お地蔵さまが6体並んでいるのは、六道思想に基づくもの。死んで、それぞれの世界に転生する者たちを温かく送り出し、苦しみから守ってくれる存在とされる。それが集落を悪霊・疫病などの災いから防ぐという信仰につながっていった。

子どもや集落を守る仏

没落貴族の中には聖(ひじり)といった仏教僧になった者が多くいた。そうした聖たちが、民衆に地蔵信仰を布教し、その過程で、信仰はさまざまな形に拡大していく。

江戸時代には、子どもを守護する仏さまとして信仰が広がる。現代に比べて、乳幼児死亡率がはるかに高かった時代。幼くして死んだ子どもは、三途の川の手前にある賽(さい)の河原で石積みの塔を造り、親よりも先に死んで親を苦しめた罪を償わなければならないと考えられていた。石を積んでいると、鬼が容赦なく壊す。子どもは泣きながら、また石を積む。その子たちの苦行を、地蔵菩薩が救ってくれる。そこから、子どもが参加しやすい宗教行事として地蔵菩薩の縁日が慣例化した。

長年に風雨にさらされた路傍のお地蔵さまに、近隣の住民が前掛けを掛けたり、頭巾をかぶせたりするのは、子どもを守護する仏である地蔵尊に、子どもの姿を重ねたことから発していると言われる。

『賽の河原 地蔵尊』歌川国輝画は江戸後期の作。左に子どもたちをいじめる鬼、右にそれを救う地蔵菩薩が描かれる。東京都立中央図書館特別文庫室所蔵
『賽の河原 地蔵尊』歌川国輝画は江戸後期の作。左に子どもたちをいじめる鬼、右にそれを救う地蔵菩薩が描かれる。東京都立中央図書館特別文庫室所蔵

賽の河原の石積み
賽の河原の石積み

また、身代わり地蔵や、とげぬき地蔵は、地蔵菩薩が身代わりとなって人の病や痛みを引き受けてくれるというものだ。東京・文京区の常徳寺 は、右目を失明しそうだった僧侶が地蔵菩薩に祈ったところ回復し、代わりに地蔵の目がはれていたという言い伝えを残す。

豊島区巣鴨の高岩寺は「とげぬき地蔵」として知られる。針を飲み込んでもがく武家の女中に、地蔵菩薩の姿を描いた紙を飲ませたところ、お地蔵さまを貫いた状態で針を吐き戻したという逸話から、針やとげが刺さった痛みを地蔵が引き受けてくれると広まった。

巣鴨・とげぬき地蔵尊
地蔵菩薩を本尊とする巣鴨・高岩寺。“とげぬき地蔵” として圧倒的な知名度を誇るが、秘仏のため、その姿を見ることはできない

不忍池弁天堂の側に立つお地蔵さま(PIXTA)
不忍池弁天堂の側に立つお地蔵さま(PIXTA)

地蔵菩薩は剃髪した僧侶の姿で、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠(ほうじゅ / 仏の教えを象徴する仏具)を持つのが一般的だ。この質素な容姿は、つねに人々のそばにいるとのメッセージを伝えている。そうした親しみやすさもあいまって「お地蔵さま」の呼び方が定着し、日本人にとって最も身近な仏となっている。

京都嵯峨 祇王寺付近の地蔵尊化(PIXTA)
京都嵯峨 祇王寺付近の地蔵尊化(PIXTA)

[参考文献]

  • 『地蔵信仰』速水侑 / 塙新書
  • 『読み直す日本史 観音・地蔵・不動』速水侑 / 吉川弘文館
  • 『地蔵菩薩 地獄を救う路傍のほとけ』下泉全暁 / 春秋社
  • 『ご利益別 仏像おまいり入門』監修:松島龍戒 / ナツメ社

バナー写真 : PIXTA

仏教 信仰 民俗学