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キングコング西野のパリ宣言:エッフェル塔で誓った世界に届くエンターテインメントへの挑戦

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2019年秋、パリのエッフェル塔内で個展を開いた初の日本人となった絵本作家、にしのあきひろ。お笑いコンビ「キングコング」西野亮廣のもう1つの顔だ。有言実行あるのみで、時にネットを炎上させる「決して空気を読まない男」に、野心的なプロジェクトに込めた思いを語ってもらった。

パリのエッフェル塔といえば、各地から観光客が集まる世界屈指の建造物。そんな人々の憧れの場所を「光る絵本」で彩ったアーティストが、日本ではお笑い芸人として抜群の知名度を誇る西野亮廣(にしのあきひろ)だ。

「光る絵本」とは、西野がこれまでに発表した2冊の絵本『えんとつ町のプペル』と『チックタック 約束の時計台』の全82枚の原画を、ジクレ(giclée、フランス語で吹き付けの意)と呼ばれる最新版画技術で印刷したアクリル板の裏からLEDライトでステンドグラスのように照らし出した作品。

エッフェル塔第1展望台の「サロン・ギュスターヴ・エッフェル」で開かれた「にしのあきひろ 光る絵本展」
エッフェル塔第1展望台の「サロン・ギュスターヴ・エッフェル」で開かれた「にしのあきひろ 光る絵本展」

展覧会はこれまでに東京タワーや満願寺(兵庫県川西市)などでも開かれ、注目を集めてきた。今回はエッフェル塔を舞台に、堂々のヨーロッパ初上陸だ。10月最後の週末の2日間、第1展望台(地上57メートル)のスペース「サロン・ギュスターヴ・エッフェル」にて「にしのあきひろ 光る絵本展inエッフェル塔」が開催され、6000人の来場者を集めた。

エッフェル塔にイルミネーションが灯る中、大勢のゲストでにぎわう「光る絵本展」のレセプション
エッフェル塔にイルミネーションが灯る中、大勢のゲストでにぎわう「光る絵本展」のレセプション

きっかけはタモリの助言

幼い頃からお笑いの世界を目指し、若くしてテレビや舞台で活躍して成功を収めてきたお笑い芸人が、そもそもなぜ絵本作家としての活動を始めたのだろうか。展覧会場に現れた本人に、そのきっかけを聞いた。

「20代前半で、テレビの仕事がむちゃくちゃうまくいって。ただ、むちゃくちゃうまくいってこれか、と思ったのも事実で。もうちょっと世界が広がると思っていたんですけど、そうでもないなって。たくさんテレビに出たところで、得られるものってそんなに大きくないなと思ったんです」

関西で下積みもなく1年で売れ、東京に進出していきなり人気バラエティ番組の主役に躍り出た20歳の西野。しかしその4年後にはすでに「その先」を見据えようとしていた。大きなレギュラー番組を辞める決意をした矢先、ある大物芸人の助言で絵本の構想を練り始める。25歳のキンコン西野が新たに輝くきっかけとなるアドバイスを送ってくれたのはタモリだった。

「それまでまともに絵なんか描いたこともなかったんです。ただ、タモリさんが、ちらっとおっしゃったのは『お前だったら描けるから描いてみろ』みたいな感じでした。タイミング的にも、他のことやってみようと探していた時期だったので、だったらそれに乗っかってみようかなと」

そこから独学で絵を学び、約5年を経た2009年、ようやく完成させたのが処女作『Dr.インクの星空キネマ』。絵本作家にしのあきひろのデビューだ。そのときすでに、世界が視野に入っていたようだ。

「日本で芸能活動をしていて、ちゃんと世界に通用する仕事をしたいなと思ったんです。例えば漫才という文化は、どうしても日本語に依存していて、海外の人に響きにくいなと。ちゃんと海外のエンターテインメントに届く乗り物に乗っておかなきゃいけないと思ったときに、絵本ならいけると」

常識を軽やかに飛び越えて

こうして世界へと向かう乗り物を見つけ、それを乗りこなしつつあった西野だが、常に時代に合った新しい試みへとシフトしていく点で真価を発揮する。そのとき抱いたのは、「なぜ絵本作家は一人で描いているのか」という疑問だった。建物、背景、キャラクターなどを専門とするイラストレーターを募って分業制を取り入れ、出版・制作費をクラウドファンディングで集めた画期的な作品が、5作目の『えんとつ町のプペル』(16年)だった。

『えんとつ町のプペル』のフランス語版『Poupelle et la ville sans ciel』
『えんとつ町のプペル』のフランス語版『Poupelle et la ville sans ciel』

初回の支援者は3000人を超えた。ネットの使い方を熟知し、機を見るに敏な才気。参加する楽しみを人々へ還元していく企画力。テレビや映画、舞台のように、さまざまな専門分野の人が集まって一つの作品を作る世界にいた彼だからこそ生まれた、絵本界でかつてない斬新な発想。オンラインサロンの会員やSNSで集まったフォロワーで構成された、展示会の運営やボランティア。西野の描いたデッサンとストーリーは、絵本出版の常識をはるかに超え、多くの人とともに吹き込んだ風に乗って、パリへとやって来た。

「プペルを描くと決めたときに、絵本だけに収まらないさまざまな展開を思い描いていました。日本国内だけでなく、海外での展覧会開催や翻訳の多言語展開もすでに構想の中に入っていた。本が売れることよりも、本を知ってもらうことの方が価値があるなと」

期間限定で絵本をネットで公開したのもそれが理由だ。しかしこの試みは、「無料公開が当たり前になってしまったら、クリエイターが食えなくなる」と一部から猛反発を受けた。

「世間では予想通り大炎上しましたけど(苦笑)、共同制作者の皆さんは、ネットで公開することを面白がってくれた。そもそも絵本というのは、基本的にお母さんが話を知っていて買うことが多い。ネタバレしているものを買うっていう文化だから。絵本のストーリーを隠すことに何の意味もないと僕は思っていたんです」

「光る絵本展」の会場で作者にしのあきひろからサインをもらい、目を輝かせるファン
「光る絵本展」の会場で作者にしのあきひろからサインをもらい、目を輝かせるファン

すでに累計発行部数42万部(2019年12月現在)を超え、絵本としては異例の大ヒットを記録している『えんとつ町のプペル』について、西野はこんな仰天の展望も明らかにした。

「そもそもプペルって、元々は映画にしようというところから始まって、実は来年、映画になるんですよ。この絵本は、全部で10章あるお話のうちの3~4章の部分。もっと言うと、実は絵本の中には本当の主人公も出てきてない(笑)。いきなり映画を出しても当たらないから、ストーリーの一部を切り取って、絵本で世界観を楽しんでもらって…。プペルの絵本に関しては、映画のフライヤーを本気で作ったような感じと思っています」

本の中から飛び出した「光る絵本」
本の中から飛び出した「光る絵本」(右)

郷土愛を最新テクノロジーに込めて

さらに今回のパリでの展覧会では、絵本をVR(仮想現実)やAR(拡張現実)といった新しいテクノロジーと融合させ、来場者を楽しませた。

「プペルのVRやARやは想定外の展開なんですが、絵本で強い物語を作ってしまえば、その時代のテクノロジーが掛け合わさって、もっと面白いエンターテインメントができてくるというか。ただ、どんなテクノロジーと絡もうが、僕が絵本で最も大切に表現しなければならないのは、個性的な世界があることだと思っています。『この町の中に入っていきたいな』という町を作っておくことです」

2019年4月に発売した最新作『チックタック 約束の時計台』とともに、絵本作家にしのあきひろが向かう「その先の先」の展開は、この「町を作る」という言葉にヒントがあるのだろうか?

「だってもう、そのための土地、買いましたもん。生まれ故郷の川西(兵庫県)に。ただ、町を作ると言っても、テーマパークをゼロから作るとかっていう時代じゃないなと思っていて」

『チックタック 約束の時計台』では、森、橋や神社など、川西にある実際の風景や建物を描いており、そこでARを使って絵本の中のキャラクターをその場に見せることも可能だ。それにしても、町を作りたいという発想は、どこから生まれたのだろうか。

「この歳になってくると、郷土愛みたいなものって、湧くんですね(笑)。生まれ故郷や日本を盛り上げたいみたいなことは、考えるようになりました。やっぱり、僕ができること、続けていきたいことはエンターテインメントの部分なので…。日本から発信するエンターテインメントを世界へ届かせたいです。人生を賭けて!」

誰も空を見上げることをしない、煙だらけの空がない町。主人公の2人だけは、煙の向こうに何かあるんじゃないかと上を見上げ、周りから攻撃される。ファンタジーの中に重ねられた現代社会の縮図に、絵本作家にしのあきひろが語りかける、「夢を語れば笑われて、行動すれば叩かれる。でもやっぱり、見上げないことには何も始まらないから、上を見てみよう」と。

今回のエッフェル塔での展示は、入場すると、手前から奥に向かってだんだん高くなるよう配置されている。「観客が絵を見上げながら、最後は自然に口角が上がるようになると考えました」という西野の狙いだ。芸人として人を笑わせてキャリアをスタートさせた西野が、「笑い」から「笑み」へと意識を広げていく。世間の炎上に臆することなく、エンターテイナーとして彼が世界へ伝えようとするメッセージは、彼らしい自信と優しさと、好奇心に満ちている。

取材・文=樋野 ハト
撮影=澤田 博之

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