能面──多様な「顔」を見せる幽玄な和の美 北澤秀太氏の創作から探る
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無表情の代名詞
能は、中国から伝わった芸能「散楽(さんがく)」を起源とする古典演劇「猿楽(さるがく)」から分化して成立し、室町時代(1336~1573年)には、観阿弥・世阿弥父子(※1)によって大成された。武家や公家の支援を受けて洗練され、抑制の中に深い情感を宿す「幽玄の美」を核とする芸術として受け継がれている。面をかけた演者が、緩やかな動き、顔や身体の微妙な向き、角度によって感情を表し、物語を進めていく。

若い女性を象徴する能面「小面(こおもて)」(北澤秀太氏作、倉谷清文撮影)
面をつける演劇は、古代ギリシャ悲劇やアジア各地の仮面劇など、世界各地にみられる。多くの場合、怒りや喜びといった感情や、役柄の性格を明確に表した仮面が使われてきた。だが、能で主に用いられるのは、「中間表情」と呼ばれる、特定の感情に固定されない面だ。無表情を意味する「能面のような顔」という比喩が、その特徴をよく表している。
だが、能面は本当に無表情なのだろうか。
「主役を務める当代随一のシテ方(※2)(がた)が舞うと、能面の表情が変わるんだ。自分も舞台に出ていることを忘れて、引き込まれてしまうくらいに」
相手役であるワキ方を務める、ある能楽師はそう語る。果たして、面の表情が変わるとは、どういうことなのか。その問いに答える前に、能面づくりを順を追ってみていこう。
神経を研ぎ澄ます彫り
北澤秀太氏は東京都内の工房に、能面の材料となる木曽ヒノキを数多くストックしている。寺社建築や仏像彫刻にも用いられるもので、樹齢200~300年という巨木を切り出した角材から、年輪が細やかなものを選ぶ。
北澤氏の能面づくりは、正面と横顔の型紙を描くことから始まる。能面ほどの大きさに切り出した角材に型紙を貼り、イメージを膨らませる。頭の中に立体的な完成像が浮かばないうちは、怖くて彫れないという。彫り始めるのは、出来上がった面の形がはっきりと見えてからだ。
一つの面を「打つ」のに約3週間かかる。半日以上、手を休めず木の塊と向き合うこともある。おおよその形をつくる荒彫りが終わると、目や鼻、口など部分の彫りに移る。ここの造形で全体の印象が大きく変わるため、仕上げ彫りまで、わずかな手の動きにも神経を研ぎ澄ます。
面の裏側には、漆(うるし)を塗り重ねる。演者の汗や呼気から木地を守り、穴に通したひもを強く締めても、面が割れないように補強するためだ。
陰影を浮かび上がらせる彩り
彫りが終わると、面に白い顔料「胡粉(※3)(ごふん)」 を塗り、表面を整えて、髪の毛や唇などを描く作業に入る。仕上げは彩色(さいしき)。難しいのは、やはり目と口元だ。目には黒い墨を入れ、面を壁にかけて表情を確かめる。

北澤氏が使う水干(すいひ)絵具。水で溶き、胡粉液に加えて上塗りする(倉谷清文撮影)
裏側の造作も重要だ。能面をかけると視野が極端に狭まるので、役者が面を当てたときの角度や見え具合にも気を配る。微調整のために、さらに目元の彫りを重ねることもある。
唇は、朱と黄土を混ぜた数色を重ねて複雑な色味をつくり、影をつけて奥行きを出す。最後に、経年変化を感じさせる古色を施すことで、光が柔らかく拡散し、目、鼻、口の陰影が浮かび上がるように仕上げていく。

若女(わかおんな)の面の彩色。口元は特に神経を使う(倉谷清文撮影)
どこで彩色の筆を置くかは、能面師にとって最大の悩みどころだ。ここで終わるか、もう一筆、色を重ねるのか。やり過ぎると汚くなるため、判断が難しい。
近くから、遠くから
能面を間近に見るとき、わたしたちは彩色の繊細さや仕上げの美しさに目を奪われる。だが、客席は役者が演じる能舞台から十数メートル離れており、その距離においては、彫りが生み出す力強い陰影こそが、面の印象を左右する。
世界の仏像や宗教彫刻、仮面芸術においては、彫りと彩色が分業されることがほとんどだ。また、一般的に彫刻や絵画、レリーフでは、彫りと彩色のどちらかに比重が置かれる。これに対して、能面は彫りと彩色が等しく重要であり、一人の能面師が双方を担う。
彫りが遠い観客の視線を引き付け、彩色が間近で共演者のまなざしを受け止める。この、距離の異なる二つのまなざしに応答する二重性こそが、能面の特徴なのである。
無数の表情が生まれる「顔」
最初の問いに立ち戻ろう。面の表情が変わるとは、どういうことなのだろうか。
能面にはさまざまな種類がある。主だったところでは、女性の嫉妬や怒りを表す怨霊の般若、若い女性を象徴する小面(こおもて)、神聖な老人の表情である翁面(おきなめん)などがある。

女性の嫉妬や怒りを表す般若の面(北澤秀太氏作、北澤壯太撮影)
強い感情をあらわにする般若や鬼は、「瞬間表情」と呼ばれる。舞台上で激しい動きをみせるが、とどまるのは10~15分ほどの短い時間だ。これに対して、一見すると明確な表情がなく、「中間表情」と呼ばれる小面などの役は1時間以上にわたって舞台の中心にあり続ける。

神聖な老人の表情を表す能面「翁面(おきなめん)」(北澤秀太氏作、倉谷清文撮影)
能面の表情を表すのに、「曇る」と「照る」という言葉が使われる。小面がうつむくと、目と眉間に強い影が出て曇り、憂いを感じる顔になる。あおむくと、表情が晴れやかに照る。わずかな動きや角度の変化による陰影が能面の表情を生み、観客の感興をそそる。繊細な表情が生まれるからこそ、長時間見続けても飽きがこない。
「いい面とはね、演者が何百もの表情を出せる面なんだ」
能楽界を代表するある役者は、北澤氏にそう語ったという。

狂言『福の神』で使われる福の神専用の面(北澤秀太氏作、倉谷清文撮影)
共に歩んできた道具たち
能面づくりに使うノミは、工程の各段階で多様に使い分けられる。北澤氏の工房には木彫職人の父から受け継いだものを含め、300本ほどある。荒彫りでは大きめのノミを金づちでたたき、全体から細部、仕上げへと移るのに合わせて、適したノミに持ち替えていく。

北澤氏が能面打ちに使うさまざまなノミ。工程により使い分ける(倉谷清文撮影)
いずれも長きにわたり、身体の一部のように使いこなしてきた。彫りに集中しつつも、次に使う一本には目を向けることなく自然に手が伸びる。
大切な道具だけに、手入れは怠らない。中には戦前から使われている年季の入ったものもあり、長年にわたって研ぐうちに刃先は少しずつ短くなる。刃と軸の境にある段差の「肩」の部分まですり減ったものは先を曲げ、細かな部分をしゃくるための道具に改造する。
職人として誠実に
複雑かつ緊張に満ちた能面の創作過程は孤独だ。たった一人で木材と対話し、格闘する。果たして制作を依頼してくれた演者の意に沿うだろうか、突き返されはしないか──。北澤氏はいまだに、心から満足のいく仕上がりには達しないという。もっとできるはずだと感じつつ、次の面を打つ時には越えようと、努力を重ねる。「これで終わり」と言えることはない。

仕上げ彫り途中の翁面を、角度を変えながら確かめる北澤秀太氏(倉谷清文撮影)
米国の作家で詩人、活動家であった故マヤ・アンジェロウ氏は北澤氏の能面を見て、「あなたの作品はあなたを反映するものだから、この仕事を続けるためにいい人でい続けなさい」と語ったという。
北澤氏にとって「いい人」とは、職人として誠実なことだ。「自作の小面と豊臣秀吉が愛したという室町時代の『雪の小面(※4)』とを並べたら、絶対にかなわない」。手元で見た時にはさほど感銘を受けなかった江戸時代の若男の面が舞台で放つ存在感にうならされたこともあるという。

若女の面に彩色しながら笑みを見せる北澤秀太氏。「さらなる高み」へ歩み続ける(倉谷清文撮影)
「闘っている相手は、何百年も昔の名工なんだよね」
そう語る北澤氏の「さらなる高み」を求める地道な歩みは、これからも続く。
バナー写真:能面師・北澤秀太氏の筆により、若女の面に繊細な彩色が施される(倉谷清文撮影)
(※1) ^ 観阿弥は猿楽師で、庶民的な猿楽や田楽(でんがく、豊作祈願の農村舞踊)を基に、能の基礎を築いた。息子の世阿弥はその芸を理論化し、美学を体系化。2人によって能の型や所作、精神性が確立された
(※2) ^ 「シテ」(主役)を演じる役者と、その流派を指す。物語の中心人物として舞や謡(うたい)で主題を体現する。シテを際立たせ、物語の背景などを明らかにする演者は「ワキ」「ワキ方」と呼ばれる
(※3) ^ カキなどの貝殻を焼いて粉末にした白色顔料。能面や日本画の下地などに使われる
(※4) ^ 能楽シテ方五流の一つ、金春家(こんぱるけ)の名物面。現在は能楽シテ方金剛流(こんごうりゅう)を伝える京都金剛家が所蔵している





