シリーズ「日本の仏教」

第10回(最終回):存亡の危機にある日本仏教

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戦後、村社会の崩壊とともに、檀家制度からの離脱者が急増した。そうした人々の受け皿となって目覚ましい成長を遂げた新興仏教教団も、いまやかつての勢いはみられない。しかしこうした「組織」の衰退の流れとは逆行して、仏教に心のよりどころを求める人は増えるのではないか。

檀家制度の崩壊による打撃

1945年、日本が第2次世界大戦で無条件降伏した時、日本仏教の諸宗派も、国家神道という共通の基盤を失って混乱状態に陥った。現実の権力者である天皇を自分たちの教義に組み込んでいた仏教各宗派は、その教義を全面的に放棄せざるを得ない状況に追い込まれて政治的な影響力を失っていった。同時に、戦後の農地改革によって小作農が自立していくにつれ、地主として収益を得ていた寺院も大きな打撃を受けた。日本の仏教界は、江戸時代からの檀家制度による布施だけを頼りにして生きていかざるを得なくなったのである。

しかし戦後、さまざまな要因によって急速に経済発展したお陰で日本全体が裕福となり、衰退しかかっていた仏教界もある程度の延命が可能となった。1970年代から80年代にかけて、貧しかった檀家が裕福となり、寺院への布施も増え、各地の寺院はおおいに栄えているかの様相を呈したが、そうした繁栄も長くは続かず、1990年代のバブル経済の崩壊とともに終焉(しゅうえん)を迎え、21世紀になると仏教の各教団はそろって衰退の道を進んでいくことになる。

2023年時点で、どの仏教教団も、檀家制度の崩壊によって窮地に立たされている。人口減による檀家数の減少は、過疎化の進む地方に顕著で、廃寺となる寺院が増加している。人口が集中する都市部においても、檀家制度によって維持されてきた寺院と信者との関係が加速度的に希薄化してきた結果、これまでは僧侶が取り仕切ってきた葬儀などの儀礼を軽視する風潮が急速に広がっている。日本人の生活習慣の中から、仏教的儀礼が排除されつつあるのである。

こういった状況にあることは仏教界自身も十分に認知しており、さまざまな対策を講じているが、決定的な解決策はない。江戸時代以来の檀家制度が近々消滅することは目に見えており、それに伴い仏教界は縮小し、存亡の危機を乗り越えるためになんらかの延命策を求めて苦闘することになるであろう。

魂の救済を求めて新興仏教教団へ

既存の伝統的仏教教団の話は一旦ここで止めて、時代を第2次世界大戦直後に戻す。戦後の日本仏教界における最大の動きは、新興教団の勃興である。戦後の日本は、それまでの国家神道による国民の精神支配への反省から、「信教の自由」の解釈の幅を大きく拡大したため、さまざまな宗教団体が並び立つことになった。戦前から活動していた団体も含めて、多数の新興仏教教団が大いに勢力を伸ばすことになったのである。代表的な宗教団体としては、創価学会(日蓮宗系)、立正佼成会(同)、真如苑(真言宗系)などがある。

これらの教団が多くの信者を獲得していった背景には、戦後の高度経済成長に伴う村社会の崩壊現象がある。江戸時代以来の檀家制度は、個々の仏教寺院と、その周囲を取り囲んで定住している檀家の家々を単位として成立するものであった。しかし、戦後の産業構造の変化と個人主義の広がりによって「一カ所に定住し続ける家族」という生活形態が崩れ始めると、それぞれがその時々の状況に応じて最も都合の良い場所で暮らすといった「家」に縛られないスタイルで暮らし始めた。そのため、檀家制度から離脱する人たちの数が急速に増えていったのである。

だが、仏教寺院との関係が切れたからと言って、心の内にある、宗教に救いを求める気持ちが消えてしまうわけではない。それどころかむしろ、仏教寺院との関係が切れた中でさまざまな苦難に直面した人たちは、より一層、真の宗教的救済を求めるようになっていった。そのような人たちにとって、檀家制度とはまったく無関係に、親身になって個々人の苦悩を受け止めてくれる新興仏教教団は極めて魅力的で信頼できる組織として認識され、驚くべき数の人たちがその信者になっていったのである。

しかしこのような新興仏教教団の隆盛も1990年代には頭打ちとなり、一時の勢いは見られなくなった。人口減も大きな要因の一つであるが、それと同時に、巨大化・官僚化した教団が、個々人の幸福よりも組織維持に注力するようになり、信頼を失ったことも大きな要因である。

仏教権益の弱体化

シリーズ「日本の仏教」では、紀元前500年頃の釈迦の時代を基点として、2023年現在の日本仏教の現況までを通史的に語ってきた。締めくくりとしては、「これからの日本仏教がどうなるか」といった将来展望について語るべきであろう。

旧来の仏教世界は間違いなく衰退していく。ここで言う衰退とは、経済的基盤が一層弱まり、寺院の数、僧侶の数が減っていくという意味である。もちろん儀礼の主宰者として一定の需要はあるにしても、現有の勢力を維持していくことは無理である。その活動力は次第に弱体化していくであろう。

そしてこれは、戦後大いに発展した新興仏教教団に関しても同様である。新興教団にしても、これから先は信者の数が減り、政治的影響力も弱くなり、良く言えば穏健で静かな宗教団体として存続していくことになると思われる。

しかしこういった「組織の衰退」の流れとは逆に、仏教になんらかの救いを求める人の数は増加していく可能性が高い。世が乱れ、先行きの不安が増せば、人は心のよりどころを求めるようになる。科学的世界観だけでは、「生きる苦しみ」から逃れることはできない。そんな世情において、多くの人が「仏教とは本来、どのような教えを説く宗教なのか」「仏教の教えの中に、現代社会の不安を解消する方法があるのではないか」と考え、そして答えを求めようとする。この意味では、これからの時代、仏教が担うべく役割は今まで以上に大きくなるのではないかと考えている。

最後に

これまでの一連の論考では、仏教を組織宗教の側面から歴史的に概観してきた。そのため論調全体が、「組織を守るためにエゴイスティックに活動してきた仏教界の歴史」といった色合いになっている。それはそれで正しい仏教像ではあるが、それだけが仏教の歴史ではない。それとは別に、「仏教者として真摯(しんし)に生きた個々人の歴史」がある。

組織的エゴを離れて、自己の信念に忠実に生きた僧侶や仏教信者たちの生涯は人々の胸を打ち、仏教が現代でも一般社会から尊敬され続ける原動力となってきたことは間違いない。このシリーズの目的は、日本の仏教を俯瞰的に語ることであるから、そういった個別のパーソナルな事例には触れなかったが、「日本の仏教」を理解するためには、そういった別の側面を知ることも重要な作業だとご承知おき願いたい。

釈迦の教えが、これからも多くの人たちを救い続けることを願って、拙論を終えることにする。

バナー写真=寺院で祈りを捧げる女性(PIXTA)

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