古典俳諧への招待 : 今週の一句

春雨やぬけ出た侭(まま)の夜着(よぎ)の穴 ― 丈草(じょうそう)

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俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第11回の季題は「春雨」。

春雨やぬけ出た侭(まま)の夜着(よぎ)の穴 丈草(じょうそう)
(1695年作、丈草書簡)

丈草は芭蕉晩年の弟子です。尾張の国(現・愛知県西部)の犬山城下の武士・内藤家に生まれ、27歳で出家し、28歳の時に芭蕉の門人となりました。34歳の時に芭蕉が亡くなったため、師の墓のある近江の国(現・滋賀県)の義仲寺の近くに仏幻庵(ぶつげんあん)を構え、3年間の喪に服しました。この句の書かれた書簡は、芭蕉が没した翌年に丈草から伊賀(現・三重県西部=芭蕉の故郷)の知人に宛てたものです。「芭蕉先生が育った家を訪ねてみたいが、私は病身の上にものぐさで、今年の春も訪ねずに終わりました」などとあります。

この句はその自らの「ものぐさ」ぶりを、「ぬけ出た侭の夜着の穴」で描き出しています。「夜着」とは掛け布団のこと。目を覚まして夜着から抜け出てみたら、そこには自分の体の大きさの穴がぽっかりとあいていたというのです。そして、立ち上がって窓から屋外を眺めて、「春雨が降っていたのか」と初めて春雨に気付いた軽い驚きが、「春雨や」です。

春雨は、温かさを伴いながら細かく音もなく降るといった風情で詠まれる季語でした。丈草は春雨が静かに降るさまを見て、春のけだるさをひときわ強く感じたのでしょう。「穴」に、つい昨年の冬までそばにいた師・芭蕉が今はもういないことからくる虚脱感を読み取ることもできます。

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