古典俳諧への招待 : 今週の一句

竹の子や児(ちご)の歯ぐきのうつくしき ― 嵐雪(らんせつ)

文化 環境・自然・生物 暮らし

俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第20回の季題は「竹の子」。

竹の子や児(ちご)の歯ぐきのうつくしき 嵐雪
(1694年刊『炭俵(すみだわら)』所収)

嵐雪は江戸の下級武士の服部家の生まれで、21歳ぐらいで芭蕉の門人となり、35歳で俳諧師となりました。また、彼は遊女を妻としました。武士のあるべき生き方に収まることができず、遊び人として生涯を送った人物です。

「竹の子や」の句は、軟らかく煮たタケノコにかぶりつく幼い子供を見て「歯ぐきが可愛らしい」と詠んでいます。「うつくし」は本来、妻や子などの相手について慈愛をこめて使う言葉でした。この句の「児(ちご)」は歯が生え始めたばかりの幼児です。「竹の子」は初夏の季語で、食材として詠まれますし、すくすくと成長する子の比喩としても用いられますから、それを食べている幼な児のすこやかな成長を喜び、愛情のこもった視線を注いでいる句と言えます。

ただし、この句には古典文学の典拠があります。『源氏物語』の「横笛」の巻、主人公の光源氏が、女三宮(おんなさんのみや)との間の息子、薫を見守る場面です。薫は実は源氏の子ではなく、女三宮に恋慕の情を募らせた柏木(かしわぎ)との密通によって生まれた子なのです。歯の生え始めたばかりの薫がタケノコを握りしめ涎を垂らしながら食べるのを、光源氏はいとおしく思いながらも複雑な心情で見るという場面です。嵐雪の句にそんなシリアスな事情を読み取る必要はありませんが、『源氏物語』の後世への影響の大きさを伺い知ることのできる例です。

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