古典俳諧への招待 : 今週の一句

夏河を越すうれしさよ手に草履(ぞうり) ― 蕪村

文化 環境・自然・生物 暮らし

俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第32回の季題は「夏の川」。

夏河を越すうれしさよ手に草履(ぞうり) 蕪村
(1754~1757年の作、『蕪村自筆句帳』所収)

蕪村は39歳から3年間、京都を離れて丹後の宮津(現京都府宮津市)に暮らしました。宮津の見性寺(けんしょうじ)の住職と知り合いで、寺に寄宿し画業に励んだようです。

これはその丹後時代の句です。「暑い夏の日に川を渡るうれしさよ。手に草履を持ちながら」。はだしの足にしみ通る水の冷たさ、そして川底の砂の感触も伝わってきます。ばしゃばしゃ水しぶきをあげて、まるで子供にかえったかのようです。

蕪村が書き残した資料によれば、ある僧を訪ねて日が暮れるまで語り合い、帰り際、「蝉(せみ)も寝る頃や衣の袖畳(そでだたみ)」(蝉も鳴きやみ羽根をたたんで眠る頃。お坊様も蝉の羽のように薄い衣を袖畳にしてお休みになる頃ですね、もうおいとまいたします)と詠み、続いて「家の前に細い川がさらさらと流れていたので」と説明を付けてこの句を詠んでいます。

帰り道ならば、実際に川を渡ったのは、夕暮れ時だったのかもしれません。けれども蕪村は句を整理するときに、川の場所を示しただけの前書(まえがき)に変えました。句の背景を読み手の想像に任せたのです。私なら真夏の昼下がりに川を渡る旅人を思い浮かべます。そのほうが「うれしさよ」が生きてくるように思うのですが、いかがでしょうか。

バナー写真:PIXTA

俳句 蕪村