稲づまや浪(なみ)もてゆへる秋津しま ― 蕪村
文化 環境・自然・生物 暮らし
俳句は、複数の作者が集まって作る連歌・俳諧から派生したものだ。参加者へのあいさつの気持ちを込めて、季節の話題を詠み込んだ「発句(ほっく)」が独立して、17文字の定型詩となった。世界一短い詩・俳句の魅力に迫るべく、1年間にわたってそのオリジンである古典俳諧から、日本の季節感、日本人の原風景を読み解いていく。第39回の季題は「稲妻」。
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稲づまや浪(なみ)もてゆへる秋津しま 蕪村
(1768年の作、『蕪村自筆句帳』所収)
空に明滅する稲妻や響き渡る雷鳴は、自然の強力なエネルギーを感じさせる現象です。蕪村はそのような「稲妻」を題材に、躍動感あふれる壮大な想像句を詠みました。「暗闇に稲妻がひらめくその一瞬、白い浪に縁取られた日本の国が浮かび上がって見えることだ」。
この句は、『古今和歌集』の「わたつ海のかざしにさせる白妙の浪もてゆへる淡路島山」(海の神が髪飾りにさしている白い浪で結いめぐらせた淡路島よ)の歌を踏まえています。しかし、「淡路島山」を「秋津しま」に変え、「稲妻」を配したことで、まるで宇宙から日本を眺めているような、スケールの大きな句になりました。山水画を得意とした蕪村の、画家としての経験も生かされているのかもしれません。
「秋津しま」は日本の古い呼び名です。泡立つ海から島々が顔を出す情景は、神代の昔、イザナギとイザナミが天の瓊矛(あまのぬほこ)で海をかき回したという国産み神話を連想させます。あるいは『万葉集』の「国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つうまし国ぞ あきづしま 大和の国は」(平野には炊煙が立ち、海原には鴎(かもめ)の群れが飛ぶ、素晴らしい国だよ、大和の国は)のような、国誉(ぼ)めの歌にも似通っています。「稲妻」は、古代、光によって稲を孕(はら)ませる「稲の夫(つま)」と考えられていました。蕪村は、稲光が秋の豊かな実りを約束しているという、豊年の期待をこの句に込めているのでしょう。
バナー写真:PIXTA