仏像にまみえる

向源寺 十一面観音菩薩立像:六田知弘の古仏巡礼

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日本彫刻史上の最高傑作と称される向源寺の十一面観音像。信徒に救われた美しき観音は、今日まで地域の人々を静かに見守ってきた。

初めて手を合わせた時、その美しさに心を打たれた。地域の人たちが守り、心のより所としてきた向源寺(滋賀県長浜市)の国宝・十一面観音立像である。

寺伝によると向源寺は、736(天平八)年に天然痘が流行した際、加賀白山を開山した修験道の僧・泰澄(たいちょう)が聖武天皇より除病平癒祈願を命じられて建立したという。当時の名称は「光眼寺」で、その時に泰澄が十一面観音像を彫刻したと伝わる。

ただ、現存する十一面観音には平安時代前期(860年頃)の天台宗の影響が表れており、泰澄の手によるものとは考えづらい。ヒノキの一木造(いちぼくづくり)で、頭上面を除き腕から台座に垂下する天衣まで一木から彫り出されている。制作者は不明。

十一面観音は、正面だけでなく全方位に目を向けて救いの手を差し伸べる慈悲を象徴するとされる。頭頂には宝冠をつけた菩薩面があり、その下で小形の阿弥陀如来像を中心に中央の3面が慈悲の表情を浮かべる。

阿弥陀如来を含め、中央の3面を「慈悲面」と呼ぶ

阿弥陀如来を含め、中央の3面を「慈悲面」と呼ぶ

慈悲面の左側(拝観者から向かって右)には怒りの表情の3面、右側(拝観者からは向かって左)には牙をむいた3面がある。同じ大きさの面を並列に配置する十一面観音が多いが、本像は左右の耳の後ろにそれぞれ大きな面があるのが特徴だ。

怒りの表情を持つ顔を「眞怒面(しんぬめん)」と呼ぶ

怒りの表情を持つ顔を「眞怒面(しんぬめん)」と呼ぶ

牙をむいた顔を「狗牙上出面(くげじょうしゅつめん)」と呼ぶ

牙をむいた顔を「狗牙上出面(くげじょうしゅつめん)」と呼ぶ

後頭部には、諸悪を笑い飛ばす「暴悪大笑面(ぼうあくだいしょうめん)」が付いている。これは真理を知らぬ衆生の心を見透かした笑いで、観音菩薩がそうした愚かさをも包み込む広大無辺の慈悲を備えていることを象徴している。

後頭部に付く「暴悪大笑面」
後頭部に付く「暴悪大笑面」

2メートル近い長身のプロモーションも見事だ。腰をややひねって立つ姿勢、左手に水瓶(すいびょう)を持ち、右腕を下げて手のひらをさりげなく正面に向けた仕草など、その優雅なたたずまいに見とれてしまう。胸部や腹部の柔らかな曲線、異国風の大きな耳飾り、体に密着した薄い天衣など、その表現の基調は中国・唐の仏像から影響を受けているように思える。

戦国時代の兵火で堂宇は焼失したが、近隣の信徒たちが救い出し、地中に埋めて難を逃れたという。その後、村人が小さな堂を建てて大切に守ってきた。現在も渡岸寺(どうがんじ)観音堂の脇に立つ収蔵庫に安置され、地元の高月町国宝維持保存協賛会が維持・管理している。渡岸寺とは寺名でなく集落名である。

「撮影しながら、全体の造形だけではなく、のみの痕など細部が見えてくると、思わず声を出してうなってしまった」と写真家の六田知弘は語る。「仏像を造らせた施主、仏師、祈りをささげ、現在まで守り続けてきた住民など、無数の人々の思いが尊像に染み込んで、内部で発酵し、あるエネルギーとなって放射される。その熱量には圧倒されるばかりだった」

十一面観音菩薩立像

  • 読み:じゅういちめんかんのんりゅうぞう
  • 像高:1.94メートル
  • 時代:平安時代
  • 所蔵:向源寺
  • 指定:国宝(指定名:木造十一面観音立像〈観音堂安置〉)

バナー写真:十一面観音菩薩立像 向源寺 撮影:六田 知弘

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