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金魚:生活に溶け込んだ小さな美 江戸時代に人気沸騰

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水の中をゆったりと泳ぐ金魚。夏祭りの金魚すくい、学校や家庭での飼育と日本人の生活に溶け込んでいるポピュラーなペットだ。だが、その歴史は意外と知られていない。シリーズ「暮らしの中の日本学」の1回目は日本人の生活になじみ深い金魚の世界をひも解く。

家庭、店先、病院…心を癒す存在

金魚は手軽に飼えるペットとして学校や家庭はもちろん、病院の待合室、会社の応接室、商店街の店先などさまざまな場所で見かける。調査会社・インテージのペット調査(2024年)によると、飼っているペットのトップ3は犬、猫、金魚を含む鑑賞魚だ。

長いひれ、頭にこぶ、飛び出た目。ひれは蝶々のようにひらひらしていたり、花びらのようなボリューム感があったり。見ていて飽きないだけでなく、癒しも与えてくれる。尾の動きがよく見えるので、観賞は真上からがお勧めだ。色は赤、オレンジ、白、黒、金銀などさまざまで、水の中をあちこち泳ぎ回る愛らしい様子が心を引き付ける。

アクアリウム用のオーナメントを使うことで、金魚が暮らす水槽の彩りはさまざまに変化する(PIXTA)
アクアリウム用のオーナメントを使うことで、金魚が暮らす水槽の彩りはさまざまに変化する(PIXTA)

金魚の釣り堀でのんびり

江戸時代の都市部では金魚売りが仕事として成り立つほどポピュラーだった。今も東京の街を歩くと金魚の釣り堀に出会う。東京・阿佐谷の「寿々木(すずき)園」もその一つ。JR阿佐ケ谷駅にほど近いこの釣り堀は、2024年に創業100年を迎えた老舗だ。休日ともなればお一人さまからカップル、家族連れがいけすを囲みのんびりと釣り糸をたらす。金魚は日本の風景になじみ深い存在の一つだ。

複雑な釣りの技術が無くても楽しめる金魚釣り。都内には複数の金魚の釣り堀がある(PIXTA)
複雑な釣りの技術が無くても楽しめる金魚釣り。都内には複数の金魚の釣り堀がある(PIXTA)

祭り出店の定番 「金魚すくい」

各地のお祭りでは、金魚すくいが定番。紙とプラスチックでできた「ポイ」ですくい、持ち帰る。家庭で飼育される金魚は、屋台で手に入れたものも多い。

金魚すくいは、予約制の専門施設が登場したり、名産地では競技大会もあるほど人気の「レジャー」になっている。

金魚すくい。祭りの縁日の屋台では代表的な楽しみとして知られている(PIXTA)
金魚すくい。祭りの縁日の屋台では代表的な楽しみとして知られている(PIXTA)

アートにも昇華

金魚をアートに昇華させたのが、東京・銀座に2022年にオープンした「アートアクアリウム美術館GINZA」。展示のメインが金魚で、幻想的な空間を泳ぐかわいい姿が、美しい照明の中で浮かび上がる。

金魚をメーンにしたアートアクアリウム美術館の展示「花魁帯舞(おびまい) 」(同館提供)
金魚をメーンにしたアートアクアリウム美術館の展示「花魁帯舞(おびまい) 」(同館提供)

故郷は中国、江戸時代に庶民のペットに

いつから、金魚は日本人の生活になじんだのだろう。

金魚の故郷は中国。約2000年前に、野生のフナの中から赤色のものが発見されたのが最初という。初めて日本に来たのは16世紀初頭、室町時代というのが定説だ。当時はとても珍しく高価だったため、貴族など一部の富裕層が観賞して楽しむに限られた。

1748年の著書「金魚養玩(そだて)草」より (国立国会図書館)
1748年の著書「金魚養玩(そだて)草」より (国立国会図書館)

ブームに火が付いたのは江戸時代。江戸中期に養殖が盛んになり、庶民にも手に入りやすくなった。江戸の街中には水おけを持った金魚売りの声が響き、飼い方を書いた本『金魚養玩(そだて)草』がヒットした。

川柳、文学、浮世絵に登場

当時の人気ぶりは川柳にも残されている。

金魚うり これかこれかと 追つかける (1774年)

わんぱくさ 金魚を買つて 料(はか)るなり (1805年)

江戸時代は元禄・化政といった町人文化が栄えた時代。金魚は当時の文学や浮世絵にも頻繁に登場し、市井の人たちの生活に馴染んでいた。

例えば、美人画で有名な浮世絵師・喜多川歌麿は、遊女がガラス玉の中の金魚を手にした作品を描いた。浮世草子の作家・井原西鶴の作品にもたびたび金魚が出てくる。江戸の文化人たちもゆったりと泳ぐ美しい金魚に夢中になったようだ。

1863年の書物『二十四孝』に収められた「金魚好」 (国立国会図書館)
1863年の書物『二十四孝』に収められた「金魚好」 (国立国会図書館)

大ブームになった江戸時代を経て、幕末には金魚養殖は藩士の副業として、明治維新の後は農家の副業として盛んになった。時代の流れとともに金魚は日本人の生活に溶け込んでいった。

多様な品種が愛される

盆栽・生け花と同じように、小さな美に引き付けられる日本人の特性が、金魚愛にも表れているという指摘もある。

金魚すくいでおなじみの「和金(わきん)」、大きな頭にこぶがある「和欄獅子頭(おらんだししがしら)」、尾ビレや各ヒレが特色がある「琉金(りゅうきん)」、琉金の突然変異により、目が大きく突き出た「出目金」など中国由来の品種は多い。

琉金(アートアクアリウム美術館提供)
琉金(アートアクアリウム美術館提供)

出目金(PIXTA)
出目金(PIXTA)

ピンポン玉の形のような「ピンポンパール」は、東南アジアから、琉金の突然変異で生まれた米国産のコメットなどもいる。

ピンポンパール(アートアクアリウム美術館提供)
ピンポンパール(アートアクアリウム美術館提供)

日本交配は約30種

日本で交配されて品種として確立したのは約30種。「大阪らんちゅう」は背びれと頭の肉腫がなく、鼻ひげのような鼻房がある愛嬌(あいきょう)のある顔立ちが特徴だ。第2次世界大戦で一時ほぼ全滅したが、交配などで復元された。

大阪らんちゅう(アートアクアリウム美術館提供)
大阪らんちゅう(アートアクアリウム美術館提供)

江戸後期に大阪らんちゅうと琉金を交配して生まれたとされるのが高知産の高級金魚「土佐錦魚(トサキン)」。尾びれは両側に広がり、外縁の先端は前方、下方にたなびいている。愛知県の地金(ぢきん)、島根県の南京(なんきん)とともに県の天然記念物に指定されている。

土佐錦魚(PIXTA)
土佐錦魚(PIXTA)

地金(アートアクアリウム美術館提供)
地金(アートアクアリウム美術館提供)

南京(アートアクアリウム美術館提供)
南京(アートアクアリウム美術館提供)

日本交配種の「朱文金(しゅぶんきん)」は、赤・白・墨・あさぎ(薄い藍)など複数の色合いが混じった複雑な模様が最大の魅力。尾やひれは長く、優雅な印象を与える。

「江戸錦(えどにしき)」は丸っとした体形に短いひれが特徴だ。頭部に小さな肉腫がついており、色は赤や黒、浅葱色が複雑に混じる。

江戸錦(PIXTA)
江戸錦(PIXTA)

日本で生み出された品種は海外にも輸出されている。米国に初めて輸出されたのは1878年(明治11年)。金魚のふるさと中国では1970年代の文化大革命で金魚の生産が壊滅的になり、その後は日本産を元に品種改良が進められたとされる。

生産地の一つである、奈良県大和郡山市のサイトによると、飼い方のポイントは餌を多くあげすぎない、狭い容器に魚を入れすぎない、あまり水換えしないこと。狭い水槽にたくさん個体を入れると、酸素不足になってしまう。3分の1ぐらいずつ水換えし、夏は月2回、冬は月1回ほどが標準だ。餌は5分ほどで食べきれる量がちょうどいい。

ホームセンターに行くと、飼育用の水槽や金魚鉢、水草、ライトなど飼育セットが手軽にそろう。いろいろな種類の水草を入れてアクアリウムにしたり、泳ぐ姿が浮かび上がるようにライティングをしたりと、インテリアとしても楽しむこともできる。

一般的には金魚の寿命は10~15年ほどと言われているが、ギネス記録は43歳。英国の夫婦が飼っていたティッシュという名前の和金だった。

バナー写真:金魚鉢やアクアリウムなどインテリアとしても楽しまれている金魚(PIXTAから作成)

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