古民家カフェの窓辺から

幕末から残る庄屋の蔵造り:18代目当主が地元食材で迎える甘味処「見世蔵 久森」(東京・あきる野市)

建築 歴史 文化

かつて村を束ねた豪農が地域に開いた蔵で、その土地の実りを満喫できるとは、なんたる至福。喫茶店をこよなく愛する文筆家・川口葉子さんが、東京近郊の「古民家カフェ」をレポートと写真で案内するシリーズ。第7回は東京・あきる野市の「見世蔵 久森」。

江戸の記憶が漂う蔵

見世蔵の重厚な引き戸を開いた瞬間、170年という歳月に包み込まれる。太い梁(はり)、高い天井、土蔵造りの壁。東京都あきる野市、JR東秋留駅から徒歩約10分の地にたたずむ「甘味茶房 見世蔵 久森(みせぐら ひさもり)」は、江戸末期の1852年に建てられた蔵の中で、日常の時間を忘れて過ごせるカフェだ。

夏は天然氷のかき氷を求めて人々が行列をつくるが、その熱が和らいだ秋冬こそお勧めの季節だ。かき氷をはじめとするスイーツの数々も、はるかな歴史を肌で感じられる蔵の時間も、ゆったりと味わえる。

「久森」という屋号に刻まれた歴史

見世蔵久森は、かつてこの地域の庄屋を務めた豪農・森田家の敷地内にある。見世蔵とは江戸時代に発展した商店建築の様式で、商いと住まいを兼ねた堅牢(けんろう)な蔵造りの建物を指す。「久森」は森田家の屋号だ。

改修して天井を取り払った空間。建築当時のままの小屋組みが見える
改修して天井を取り払った空間。建築当時のままの小屋組みが見える

かつて婚礼などの慶事に使った朱塗りの角樽(つのだる)が梁の上に飾られていた
かつて婚礼などの慶事に使った朱塗りの角樽(つのだる)が梁の上に飾られていた

森田家は米作りに加え、西多摩地域で最初に酒造りに取り組み、元禄時代(1688〜1704年)から幕末にかけては「森田醸造」を営んでいた。余談だが、幕末に森田醸造が廃業した後、その蔵を借りて酒造りを始めたのが、東京を代表する地酒のひとつ『多満自慢』の石川酒造(東京都福生市)である。

その後、森田家はこの見世蔵で薬屋を営んだ。「新選組の副長・土方歳三の家とも取引があったと伝えられています」と、18代当主の森田康大さんは語る。

リノベーションを経た見世蔵の中には、今も貴重な文化遺産があちこちに息づいている。天井を見上げれば「嘉永五年」の文字と大工の名前が記された棟札(むなふだ)が残されており、建築当時の職人たちの姿が見えてくるよう。

薬屋時代の看板(左)と、建築記録として天井に打ち付けられた棟札
薬屋時代の看板(左)と、建築記録として天井に打ち付けられた棟札

「五榜の掲示」の第一札。「慶応四年」は明治元年に当たる
「五榜の掲示」の第一札。「慶応四年」は明治元年に当たる

壁には、明治維新後の新政府が民衆に発した「五榜(ごぼう)の掲示」の高札も展示されている。村の入口にこうした木札を立て、五倫と呼ばれる道徳の順守や、徒党の禁止などを説いたのだ。

その日の光景も、人々の表情も、見世蔵はじっと眺めてきたのだろう。このカフェの魅力は、スイーツと時間旅行。幕末から明治へと時代が移り変わる瞬間に思いをはせ、揺れ動く社会の中で生きる現在の私たちと重ね合わせてみたい。

中庭の一角にはペット連れも利用可能なテラス席がある
中庭の一角にはペット連れも利用可能なテラス席がある

増築されたカフェスペースから中庭を望む
増築されたカフェスペースから中庭を望む

すっと溶ける天然氷と自家製シロップ

看板メニューのかき氷には、南アルプス・八ヶ岳産の天然氷を使用。舌にのせた瞬間にすっと消えていく、繊細な口溶けこそ何よりの魅力だ。天然氷の蔵元は全国でも数軒しかないという。その年の氷を入荷できる限り、カフェでは秋冬もかき氷を提供する。

「南アルプス・八ヶ岳の天然氷のかき氷」と「わらび餅あんみつ」
「南アルプス・八ヶ岳の天然氷のかき氷」と「わらび餅あんみつ」

このかき氷をさらに特別なものにしているのが、森田さんが一つひとつ丁寧に仕込む自家製シロップ。自身も農業に携わる森田さんは、カフェの基本理念として「スローライフ・スローフード」を掲げ、地産地消を実践している。あきる野市の農家が育てるいちご、森田さんの畑の金柑(きんかん)、庭に実る柚子(ゆず)など、地場産のフルーツを積極的に使用。形が悪く出荷できないいちごを農家から仕入れることで、食品ロス削減にも貢献している。

そのほかにも、多摩地区産の「東京牛乳」を使用したソフトクリームが好評な「わらび餅あんみつ」、森田さんと両親が育てたコシヒカリで作る「五平餅」など、それぞれのメニューに、地域で収穫された食材への愛が込められているのだ。

主屋に宿る、江戸の職人技

カフェを堪能した後は、一帯をぐるりと見せてもらおう。森田家住宅は、2013年に国の登録有形文化財に指定された。6000平方メートルの広大な敷地には、カフェとなっている見世蔵以外にも、米蔵や味噌(みそ)蔵など重厚な建造物が保存されている。

見世蔵の横の門をくぐると、正面に築200年を超える主屋が現れる。今も住居として使われているので中には入れないが、外観の見学は可能だ。

唐破風屋根が美しい主屋
唐破風屋根が美しい主屋

「建物は、人が住まなくなると劣化が早まってしまうのです」と森田さん。主屋も蔵もあちこちを少しずつ補修しながら、丁寧に使い続けているのだ。

主屋の玄関は総ケヤキ造りで、社寺建築かと見まがうばかりの唐破風(からはふ)屋根や、彫刻の精緻な美しさに目を見張る。江戸時代の職人の技術と誇りが伝わってくる。

カフェが未来へつなぐもの

森田さんがカフェを通してこの貴重な文化財を広く人々に開いたのは、歴史ある建物を、稲の揺れる水田の景観も含めて保存し、地域社会に貢献したいという願いから。これを具現化する取り組みの一つが、元禄時代の森田醸造で造っていた清酒銘柄「八重菊」の復刻だ。あきる野産のコシヒカリと米こうじを用い、石川酒造と地元農家の協力を得て実現した。

しかし、伝統を継承していく道は平坦ではないようだ。森田さんは語る。
「幼い頃から自分が家を受け継いで守っていくのは自然なこととして受け入れてきました。でも、もはやそういう時代ではない。自分の子どもには強制しません」と。

主屋につながる門も幕末から建つ
主屋につながる門も幕末から建つ

10年前のオープン当初は、同じ市内にある秋川渓谷などへの観光ついでに立ち寄るカフェだったという。しかし今、ここは「わざわざ東秋留駅に降り立ってでも行きたい場所」へと変貌を遂げた。歴史を背負った文化財の存在感、地元の実りを生かしたスイーツ、文化を継承しようとする静かな熱意がカフェに結実している。

「繰り返し来てくださるお客様の存在が、本当にうれしい。コーヒー1杯でもいい、蔵の中で日常を忘れ、明日への英気を養っていただけたらと思います」

そんな森田さんの言葉が胸に残る。JR東秋留駅は新宿駅から中央線、五日市線を乗り継いで約1時間。蔵が守り続ける豊かな時間を味わいに、出かけてみよう。

甘味茶房 見世蔵 久森

  • 住所:東京都あきる野市小川633
  • 営業時間:正午~午後5時 ※混雑時は早めに受付終了
  • 定休日:火曜日(祝日の場合は翌日休)※不定休あり
  • アクセス:JR「東秋留」駅より徒歩10分
  • 公式サイト:https://www.hisamori.biz/

取材・文・写真=川口葉子

バナー写真:「見世蔵 久森」の外観

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