古民家カフェの窓辺から

舟運と醸造で栄えた水郷:築170年の商店建築でこの土地自慢のスイーツを「VMGカフェ」(千葉・香取市)

建築 歴史 文化

東京駅から2時間弱の小旅行。利根川の支流、小野川沿い一帯は「北総の小江戸」と称される。喫茶店をこよなく愛する文筆家・川口葉子さんが、東京近郊の「古民家カフェ」をレポートと写真で案内するシリーズ。第8回は千葉県香取市佐原(さわら)の「VMG CAFE」。

時を味わう特等席

小雨がしっとりと石畳を濡らす午後、小野川沿いに残る美しい町並みと、水辺に揺れる柳を眺めながら歩く。千葉県香取市佐原。江戸時代に水運で栄え、豊かな米どころとして日本酒や醤油(しょうゆ)などの醸造文化が花開いたこの町には、今も土蔵造りの風情ある町家が軒を連ねている。

江戸情緒漂う重要伝統的建造物群保存地区の中心部、「忠敬(ちゅうけい)橋」のたもと。ひときわ風格のある2階建ての町家が目に留まった。築170年を超える県指定有形文化財が、カフェとして活用されているのだ。

江戸時代の商家空間

2階の欄干に残る「中村屋商店」の文字を見上げながら店内に入ると、右手に落ち着いた喫茶スペースが広がる。古民家再生事業を手掛けるバリューマネジメント(大阪市)が運営する「VMG CAFE」だ。町家を改装した空間は、左隣に立つ蔵と内部で通じており、その分厚い扉の奥では現在も、中村屋が雑貨店を営んでいる。

天井が高く解放感のある1階のカフェスペース
天井が高く解放感のある1階のカフェスペース

カフェのゆったりとしたソファは、ガラス戸越しに橋と町並みを望む特等席。くつろいでいるうちに、170年にわたって降り積もった「時」が静かに語りかけてくるようだ。

天井や柱は、江戸時代の1855年に建てられた当時のまま残されている。五角形のケヤキの隅柱は、この家が建つ変形角地の形に合わせて造られたもの。四角い柱でも何ら不都合はないのに、わざわざ五角形に仕上げた職人の技術と遊び心に感嘆する。

現役で建物を支える五角形の柱
現役で建物を支える五角形の柱

壁際には、中村屋商店が平成まで実際に使っていた重厚な金庫が鎮座している。単なる装飾ではなく、この建物が商業活動の舞台として生きてきた証しだ。

かつて2階への上り降りに使った箱階段もある。勾配が急すぎるため現在はこれを使わず、代わりに緩やかな階段が設置されている。

収納庫を兼ねた箱階段と、どっしりした金庫
収納庫を兼ねた箱階段と、どっしりした金庫

佐原の食材✕発酵文化を味わう

席に運ばれてきたのは看板メニュー、「自家製サツマイモモンブラン」。スタッフが目の前で、クリームを糸のように細く搾り出して仕上げてくれる。この演出を眺めるだけで、期待が高まる。

出来立てがうれしい「自家製サツマイモモンブラン」
出来立てがうれしい「自家製サツマイモモンブラン」

サツマイモクリームの無数の糸がほどけると、口の中に自然な甘みがとろりと広がっていく。さらに、なめらかな生クリーム、サクサクのパイ生地と層ごとに異なる食感が楽しく、最後の一口まで飽きることがない。

VMG CAFEのメニューは、「佐原でしか味わえないもの」を中心に趣向を凝らしており、地元産の食材と、佐原が誇る醸造文化が一皿の上で香り立つ。

夏のオリジナルスイーツ「甘酒・発酵ベリーのかき氷」は、佐原の蔵元から仕入れた甘酒を薔薇(ばら)の花びらと共に発酵させたベリーなど、3種類のソースをかき氷に添えた、洗練の味わいだ。

2階が物語る大震災と復興

畳の間に特注の家具が並ぶ2階席の空間は、よく見ると柱や窓枠が少し傾いている。佐原は2011年の東日本大震災で震度5強に見舞われ、カフェの前を流れる小野川が土砂で埋まり、家々の屋根瓦が落ちるなど、大きな被害を受けた。

広々とした2階席。建具の風情に江戸をしのぶ
広々とした2階席。建具の風情に江戸をしのぶ

この建物も傾いてしまったが、1階の引き戸の下に板を継ぎ足すなどして復旧させた。改修の際に耐震補強を施し安全性を高めたが、震災からの再生の痕跡はそこかしこにうかがえる。

引き戸の傾きを直すために板を継ぎ足し、使い続ける
引き戸の傾きを直すために板を継ぎ足し、使い続ける

このカフェを語るには、町の歩みに触れないわけにはいかない。商人の町として栄えた佐原では、「町のことは自分たちの手で」という共助と自治の精神が根づき、火災への備えとして軒下に予備の屋根瓦を埋めておくなどの伝統があったという。そんな背景から、東日本大震災を機に、歴史的建造物を未来に残そうという保全活動が立ち上がった。

町全体を一つのホテルに見立てて

そうして官民連携で2015年にスタートしたのが、分散型ホテル「佐原商家町ホテルNIPPONIA」のプロジェクトである。佐原の人々の復興を進める願いと、民間から参加したバリューマネジメントのビジョンが重なった。会社代表は、自身が阪神淡路大震災を経験し価値ある建物が失われるのを目の当たりにしたことから、歴史的資源の再生と文化の継承を目指してきた。

点在する歴史的建造物が改修を経てホテルに生まれ変わる
点在する歴史的建造物が改修を経てホテルに生まれ変わる

数年計画で、町に点在する歴史的な建物が、それぞれホテルのフロントや客室、レストランなどへ段階的に生まれ変わっていった。宿泊客はチェックイン後、客室へ、レストランへと町を周遊する。その途中で、ちょっと気になるお店にも立ち寄る。町全体が一つのホテルとなることで、地域に活気をもたらしている。

町のランドマークとして親しまれてきた中村屋商店は、2018年にまずフロント棟として生まれ変わり、その後、カフェとして人々を迎えている。ここは佐原の町を味わう散策の起点としても、中継地点としてもぴったりの位置にある。

中村屋商店の歴史

カフェに隣接する3階建ての土蔵も、県の有形文化財。蔵の中で雑貨店を営む5代目、並木氏の夫人である佳世子さんに話を聞いた。

「今カフェになっている建物は、江戸時代には塩屋さんだったそうです。明治7年に初代がそこを購入し、中村屋商店を創業したのです」

ここは並木家の店舗兼住まいだった。

「主人もここで育ちました。嫁いできたばかりの頃、まだ若くて歴史的価値が分からなかった私は、古い建物がいやだなと思っていました(笑)。今はご先祖様やこの建物に感謝しています」

創業時の中村屋商店は、荒物屋として日用品を扱い、戦後から2001年まで畳材料の卸商を営んでいたそうだ。平成に入り、兼業で和雑貨の販売を開始。土蔵の中には、千葉の伝統工芸品、地元作家や佳世子さんの創作した雑貨が並んでいる。

土蔵の3階はミニ博物館として開放されており、無料で見学できる。歴代当主が所有してきた素晴らしいひな人形や五月飾り、卸商時代の巨大なそろばんなど、目を見張る貴重な物ばかりだ。ぜひ立ち寄りたい。

代々伝わるひな人形と五月飾り
代々伝わるひな人形と五月飾り

全国を測量して歩き日本地図を初めて完成させた、佐原が生んだ偉人・伊能忠敬の生家や記念館もカフェのすぐ近くにある。かつて水運の要所として、多くの人や物資が行き交った佐原の繁栄ぶりは「江戸優り」といわれた。VMG CAFEと佐原商家町ホテルNIPPONIAは、そんな歴史を未来へ紡いでいく拠点だ。

小雨がやみ、薄青い夕暮れが近づく。濡れた石畳に映る明かりを眺めながら、コーヒーをもう1杯。そんな時を過ごしに出かけてみよう。JR佐原駅へは、東京駅から直通の高速バスも出ている。

小野川沿いの暮れゆく街並み
小野川沿いの暮れゆく街並み

VMGカフェ

  • 住所:千葉県香取市佐原イ1720
  • 営業時間:午前11時~午後4時(土日祝は午後4時30分まで)
  • 定休日:火曜日
  • アクセス:JR「佐原」駅より徒歩12分
  • 公式サイト:https://www.nipponia-sawara.jp/cafe

取材・文・写真=川口葉子

バナー写真:「VMGカフェ」の全景

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