古民家カフェの窓辺から

温もりあふれる元銭湯で抹茶とエスプレッソを─記憶を焙煎する「MIYANO-YU」(東京・根津)

建築 歴史 文化

靴のまま入っていいのかな?と一瞬戸惑う、不思議な空間。ゆっくり長湯、もとい、長居したくなる。喫茶店をこよなく愛する文筆家・川口葉子さんが、東京近郊の「古民家カフェ」をレポートと写真で案内するシリーズ。第11回は東京・根津の「MATCHA&ESPRESSO MIYANO-YU」。

日本中で急速に姿を消していく銭湯。惜しまれつつ廃業したその跡地を、カフェやギャラリーとして再生する動きが各地にある。堂々たる唐破風(からはふ)の屋根を頂く、昭和初期の銭湯建築。あるいは、戦後の簡素で実用的な建築。街の社交場だった記憶。昔ながらの生活文化と風景が、コーヒーの香りとともに次の世代へ手渡されていく。

地下鉄千代田線の根津駅から徒歩2分、「MIYANO-YU」もそうした魅力的な一軒である。

57年間にわたって街を温めた場所

根津一丁目交差点近くの細道にそびえる、灰色の煙突。1951年に開業し、2008年まで地域の暮らしを支え続けた銭湯「宮の湯」のシンボルだ。

太く高い煙突が目を引く
太く高い煙突が目を引く

その建物を活用してカフェ「MIYANO-YU」が誕生したのは2021年のこと。小さな階段を上がり、引き戸を開けてみよう。昔懐かしい下駄箱を活用した注文カウンターの背後には、こじんまりした外観からは想像もつかないほど、広々とした銭湯空間が隠れている。商品を注文した後に受け取るのは、下駄箱の鍵として使われていた、木の番号札だ。銭湯の記憶は、こんなところにも宿っている。

渡された札を手に席に着くと、注文した品が運ばれてくる
渡された札を手に席に着くと、注文した品が運ばれてくる

先に進むと、趣の異なるエリアに分かれる。静かに過ごしたいなら、かつてのボイラー室の上にあたる、天井の低い一角へ。洞窟のようなほの暗さの中、落ち着いた時間が流れる。

銭湯の大空間を体験したければ、右手の狭く薄暗い通路をくぐり抜けて、洗い場へ(頭上に注意!)。弧を描く高い天井、大きな窓。圧倒的な開放感のあるスペースは、往年の男湯の洗い場である。ちなみに、壁を隔てた元女湯には、別の店舗が入居している。

奥の扉から洗い場に入ると、明るいグリーンが出迎える
奥の扉から洗い場に入ると、明るいグリーンが出迎える

壁一面のガラス窓から光が差し込む
壁一面のガラス窓から光が差し込む

「元の銭湯をそのまま活かすことを大事にしました。タイルのひび割れなどもありますが、致命的な箇所以外はあえて直していません」と、店長の大里恵未さんは語る。

「歴史を感じてもらえたら。最初にこの物件を見たときに感じた面白さを、お客様にもそのまま伝えたいんです」

懐かしいデザインの風呂おけや椅子が並ぶ
懐かしいデザインの風呂おけや椅子が並ぶ

たくさんの観葉植物が、空間にみずみずしい生命力を添えている。役目を終えた銭湯を見て、大里さんは「温室のようだ」と感じたという。無機質なタイルと、成長していく柔らかなグリーン。そこへ窓からの光が降り注ぐ。

ゆったりとリラックスできる座敷コーナー
ゆったりとリラックスできる座敷コーナー

浴槽の上には畳を敷き、足を伸ばしてくつろげる小上がりに。湯船につかってのびをするような気分になれる。洗い場の低い壁面には蛇口が並び、使われていた当時を思わせる。壁の美しいタイル絵は、職人が減っているため修理が難しいという。

鳥をモチーフにした色鮮やかなタイル絵
鳥をモチーフにした色鮮やかなタイル絵

抹茶とエスプレッソの二本立て

現在、カフェ入口は煙突の横にあるが、銭湯時代の正面玄関は反対側にあった。そのため、大浴場を抜けた奥に、かつて番台が目を光らせていた脱衣所が位置している。

ここには今、焙煎機と4人がけのテーブルが置かれている。生豆に熱を入れ、香りを引き出す焙煎の工程は、この場所に積み重なった記憶をゆっくりと立ち上らせる作業にも似ている。

かつての脱衣所。風呂上がり、ここで瓶牛乳を飲んだ人もいただろう
かつての脱衣所。風呂上がり、ここで瓶牛乳を飲んだ人もいただろう

メニューの軸は、エスプレッソと抹茶の二つ。エスプレッソは、きめ細かなミルクの泡を楽しめるフラットホワイトや、カップの湯にエスプレッソを注いだロングブラックなど、オセアニアスタイルの力強いおいしさだ。季節に合わせてブレンドを変え、夏はちょっと軽やかに、冬はコク豊かな一杯を提供している。

抹茶は静岡県産の「おくみどり」を使用。若手農家が手間をかけて少量生産しており、訪日を重ねて抹茶を飲み慣れたインバウンド客にも喜ばれているという。

抹茶ラテと、自家製クッキーをトッピングしたアフォガートサンデー
抹茶ラテと、自家製クッキーをトッピングしたアフォガートサンデー

銭湯が育てたコミュニティの温度

大里さんがカフェ業界に入ったのは、オーストラリア・ブリスベンへの留学がきっかけだった。

「日本では、カフェは自分の時間に没頭する場所というイメージでした。でもオーストラリアでは、どこへ行ってもスタッフとお客さん、あるいはお客同士がよくしゃべっていて。コミュニケーションの場所なんだ、と現地のカフェ文化に衝撃を受けたんです」

銭湯もまた、地域の人々が集まりコミュニケーションをする場所だ。

「それを現代のカフェの形にして、多種多様な人々が会話を楽しめる場を引き継ぎたい」と大里さん。

午前中は主に海外からの旅行客が、午後は地元の日本人が集い、カウンターでバリスタと言葉を交わす。親子3世代で訪れ、「昔はここでお風呂に入っていたんだよ」と孫に語る人。独りで天井を見上げる人。他の街の銭湯でアルバイトをして出会ったカップルが、このカフェで結婚披露宴を開いたこともあるそう。

銭湯とカフェの時代を通じて、街のにぎわいを見てきた水栓
銭湯とカフェの時代を通じて、街のにぎわいを見てきた水栓

宮の湯をMIYANO-YUにリノベーションしたのは、銭湯建築に実績のある鈴和建設(東京都台東区)だ。同社の代表取締役である鈴木浩蔵氏は、宮の湯を開業したオーナーと親戚関係にあり、ここは思い出の場所だった。

宮の湯の廃業後、利用者からの「再開してほしい」という声を受けた鈴木氏は、銭湯を引き継ぐことを模索するも、採算が合わず断念する。しかし「解体されて新しいマンションが建てば、街の景観が変わってしまう」との危機感から、建物をそのまま活かした複合施設「SENTOビル」として再出発を果たしたのだった。

宮の湯は今、湯気の代わりにコーヒーと抹茶の香りをまといながら、街の温度を守り続けている。

MATCHA&ESPRESSO MIYANO-YU

  • 住所:東京都文京区根津2丁目19-8 SENTOビル 1C
  • 営業時間:午前9時30分~午後6時30分(ラストオーダー午後6時)
  • 定休日:不定休
  • アクセス:東京メトロ千代田線「根津」駅より徒歩2分
  • 公式サイト:https://www.miyanoyu.tokyo/

取材・文・写真=川口葉子

バナー写真:「MIYANO-YU」元洗い場の座席スペース

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