『葬送のフリーレン』 人生の意味を問う異色ファンタジー:冒険の終幕から始まり、新たな旅へ
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「人間の寿命は短い」
物語は、勇者ヒンメルや魔法使いのフリーレンなどの一行が魔王を倒し、10年にわたる冒険が終わる場面から始まる。従来のファンタジー作品であれば本編となる「魔王を倒す勇者の冒険」ではない。「冒険の後日譚(たん)」から始まる異色作だ。
冒頭で、フリーレンはヒンメルのほか、僧侶ハイター、戦士アイゼンとともにした冒険を「短い間だった」と振り返る。寿命が長いからこそ、10年という期間に対し淡白な態度を取るのだ。
4人が再会するのは50年後。フリーレンの姿は変わらないのに、人間のヒンメルとハイターは老人になっていた。人間より長生きの種族ドワーフのアイゼンですら老いとは無縁ではない。程なくヒンメルの寿命が尽き、彼の葬式でフリーレンは気づく。
「人間の寿命は短いってわかっていたのに… なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう…」と。
ヒンメルの死後、フリーレンは新たな旅に出る。趣味の魔法収集を続け、人間をもっと知るために。やがてその旅は、魔王の城がある大陸北部エンデを目指すことになり、かつての旅路をたどることにもなる。
コロナ期に連載開始、生命の意味を問う
連載開始は2020年4月。新型コロナウイルスが猛威を振るい、全国で緊急事態宣言が発令された時期と重なる。身近に死の危険が迫り、大切な人と気軽に会えなくなった時期、私たちは人間の命のはかなさを嫌というほど実感した。本作のテーマに世界中の読者が共感したのは、そうした時代が醸し出す空気は無関係ではないだろう。
また、時代が変わる節目だったからか、似たような寂寥(せきりょう)感はコロナ以前にも漂っていた。16年頃から『鬼滅の刃』など、生命の意味を問うような、少しほの暗い少年マンガが流行したが、時代の雰囲気とリンクしていたのかもしれない。『フリーレン』もこの「ほの暗さ」と地続きで、どこか影があり、もの悲しく、そして静かだ。
共有された世界観
原作は山田鐘人、作画はアベツカサ。2021年に「マンガ大賞」と「手塚治虫文化賞」新生賞、23年度には「小学館漫画賞」、24年は「講談社漫画賞」に選ばれるなど次々と国内の賞に輝いた。23年からはテレビアニメ第1期が放送、26年1月からは第2期が放送となる。アニメは海外でも人気で、単行本は25年7月までに累計発行3000万部を突破している。

アニメ放送を機に世界中でヒットした『葬送のフリーレン』。アパレル大手のGUなど様々な業界とのコラボ商品も売り出されている©山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会(ジーユー提供)
人気の理由のひとつに、ゲームを柱とするコンテンツ『ドラゴンクエスト』などにより脈々と形成された「勇者パーティーによる冒険物語」の世界観の共有があると考えられる。
『フリーレン』の作中では、ドラゴンや魔法使いが登場するファンタジーの世界観や「勇者」「僧侶」「魔法使い」「戦士」といった登場人物の役割などについてあまり説明されない。海外も含め、多くの読者に剣と魔法のファンタジーに関するリテラシーが広く共有されているからだ。冒険の終わりから始まる物語が違和感なく受け入れられるのも「世界観の共有」が背景にあるとも言えるだろう。
中世ヨーロッパ風の舞台、異種族や魔法が存在する「異世界もの」も10年代からブームを呼び、既にマンガの一大ジャンルだ。フリーレンは宝箱に擬態する魔物「ミミック」に度々だまされ笑いを誘うが、何の前置きもなくこの魔物が登場するのも、『ドラクエ』などで培われてきたイメージがあるからこそだ。
14年に連載開始した九井諒子著『ダンジョン飯』もそうしたファンタジーの記号性を利用した代表格だ。「スライム」「動く鎧(よろい)」など、誰もが知るモンスターをいかにして食べるかという発想が話題になった。
私たち人間の物語
ヒンメルの死から約20年後、フリーレンの旅には新しい仲間が加わる。ハイターに託された戦争孤児の女の子・フェルンと、アイゼンの弟子・戦士のシュタルクだ。
「勇者ヒンメルならそうした」
魔王の城を目指す約80年前の旅をたどる道中、フリーレンは口癖のように繰り返し、従来なら素通りした厄介事にも関わるようになる。フェルンやシュタルクもまた、同じように困っている人を助ける。皆、亡きヒンメルの背中を思い出して生きる。
「人は二度死ぬと言う まずは自己の死 そしてのち友人に忘れ去られることの死」
萩尾望都の名作マンガ『トーマの心臓』の一節だが、『フリーレン』のテーマとも共通している。ヒンメルは各地で英雄たる自分の像を建てた理由を「君が未来で一人ぼっちにならないようにするため」と語る。フリーレンは新たな旅でヒンメルの像を目にし、彼との思い出をなぞるうち、彼の思いの深さや彼に対する自分の気持ちに気づいていく。旅の中で成長するフェルンやシュタルクには、時に親のように愛情を持って見守る。
人間を知ること、それはあらゆる意味での愛を知ることと同義かもしれない。つまり、本作はファンタジーだが、現実に生きる私たちが共感できる普遍的なヒューマンドラマなのだ。

2023年のテレビ放送後も動画配信サービスでの提供が続く『葬送のフリーレン』©山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会(ABEMA提供)
現実感覚に重なるリアリティー
前述したように、本作は人間ドラマに重きを置いているが、龍や魔族との戦闘シーンなど、ファンタジーらしい見せ場も要所で描かれる。特にフリーレンの圧倒的な強さは痛快で、魅力のひとつになっている。
加えて、見せ場を演出する魔法や魔族の設定も絶妙。現実の感覚と置き換えられるように描かれているのでわかりやすい。
例えば、「人を殺す魔法(ゾルトラーク)」を使う魔族・クヴァールに対しては、封印中の約80年の間に克服法が編み出され、簡単に退治できる存在になる。このエピソードを読み、私は約100年前に世界的に流行した「スペイン風邪」のようだと思った。今も怖いウイルスではあるが、インフルエンザとしてワクチンなどが開発されている。
また、フリーレンは魔族を「言葉の通じない猛獣」と認識するが、作品では彼らに悪意という概念がないことも描く。読者は現実の害虫、害獣を思い起こすだろう。
つまり、存在しないはずの魔法を、現実の私たちにとっての医学や科学などに置き換えて読めるよう、ロジックが緻密にできているのだ。空想世界のご都合主義に頼らないからこそ、描かれるドラマにもリアリティーがある。
旅から生きる意味を考える
フリーレンの旅の目的は、人間を知ることに加え、趣味の魔法収集の要素も大きい。集めた魔法は、早口言葉の魔法や紙飛行機を遠くに飛ばす魔法など、ささやかなものが多い。しかし、そんな魔法が人生を変える出会いのきっかけになり、救われることがある。
ヒンメルは、フリーレンたちとの冒険の中でこう語った。
「僕はね、終わった後にくだらなかったって 笑い飛ばせるような 楽しい旅がしたいんだ。」
悠久の時を生きるフリーレンも、人生を「くだらなかった」と笑って迎える最期がくるのだろうか。取るに足らないささやかな日常こそ、人生の宝物になり得る。フリーレンの旅から生き方を学ぶ読者は多いだろう。
バナー写真:『葬送のフリーレン』1~3巻©山田鐘人・アベツカサ/小学館(nippon.com編集部撮影)
