『日本三國』 言論で乱世を平定できるのか:文明崩壊後の日本で「泰平」目指す異色作
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「勇気を」妻の言葉が突き動かす
令和末期、AI産業革命で諸外国に大敗した日本は、少子高齢化の加速、教育レベルの低下も相まって国力が急速に衰退。そこに世界核戦争、パンデミック、大地震、政治腐敗が重なって民衆の怒りが爆発、暴力革命により国家は滅亡した。人口は10分の1以下に減少し、文明は明治初期レベルまで後退。日本列島は、西の「大和」(首都・大阪)、東の「武凰」(首都・小田原)、北の「聖夷」(首都・新潟)が覇権を争う三国時代に突入した。
冒頭の舞台は現代の愛媛県に当たる大和国愛媛郡。農政をつかさどる役人、15歳の三角青輝(みすみ・あおてる)は、婚礼を挙げたばかりの妻、小紀(さき)を、徴税のため首都から来た内務卿の平殿器(たいら・でんき)に惨殺される。税吏に反抗したという、ただそれだけの理由で。青輝はしかし、理不尽で横暴な処刑に一切の怒りを見せず、理路整然と税吏の欺瞞(ぎまん)を立証、殿器は税吏も斬首する。「満足か?」と問う殿器に青輝は無表情で答える。「とんでもありません。儂(わし)は事実を申し上げたまで」
青輝は「日本時代」の知識を吸収し、『孫子』や『三国志』をそらんじていた。頭でっかちの青輝に小紀は言ったことがあった。「青輝に勇気さえあれば、日本を統一してこの三国時代を終わらし、泰平の世を築くことができる」。青輝は妻亡き後、その「天下泰平」を心に誓い、力でなく知恵と弁舌を武器として進む。後に奇才軍師とたたえられる青輝の日本再統一への戦いが、ここから始まった。

主人公の三角青輝(右)は、かつて自分の妻を処刑した平殿器(左)に、妻との誓いを堂々と語る=『日本三國』5巻24話より ©松木いっか/小学館
キャラが際立つ画力と方言
まず目を見張るのは絵の独創性だ。描線やベタは版画を思わせるほど黒々とし、陰影はトーンを使わずカケアミで表現。キャラクターは古風で写実的、男性も女性も彫が深い。好悪が分かれそうなタッチだが、美しさも感じさせる画力がある。
登場人物のせりふが方言なのも強烈。青輝は愛媛弁だが、大和の首都が大阪にあるためか、大阪弁が標準語のようだ。多彩な方言がキャラの個性に一役買い、さらに「バリエグい」「ガチ」「とりま」「舐(な)めプ」などの現代の若者スラングが頻繁に混ざる。そのミスマッチも面白い。
妻の埋葬後、故郷を捨てた青輝は首都・大阪に出て、高潔さで知られる辺境将軍・龍門光英(りゅうもん・みつひで)の仕官試験に挑む。合格条件は「10分以内に龍門の膝を地面に着地させること」。多くが腕力で挑む中、青輝だけは全く違うアプローチで膝をつかせる。アクションより心理戦という本作の方向性を示した名場面だ。
「日本は、すんげえ文明」
この時代、車は全て廃棄物となり、移動手段は徒歩か馬が中心。インターネットどころか電気も電話もない。一部の権力者が政治を握り、戦乱が絶えない。このすさまじいディストピアは、現代の若者世代の「漠然とした不安」を極限までデフォルメしたものだろう。
太平洋戦争の敗戦から復興し、1970年代末に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とさえたたえられた日本は、90年代初頭にバブル崩壊で失速。30年にわたる経済低迷から脱しても、2026年の現在は少子高齢化、物価高、相次ぐ自然災害、複雑化する国際情勢の中で先が見通せない。本作の世界観は考え得る限りの最悪の未来像の中にある。こうした中で、主人公の青輝は妻から託された「日本再生」の夢を実現しようと行動していくのだ。
青輝の行動を支えるのは、かつての日本にあった知恵の集積。「日本は、すんげえ文明だったんじゃな……」とつぶやくシーンもある。そこには過去への憧憬(しょうけい)やナショナリズムの空気感もあるが、全体として特定の思想に偏ることなく、バランスを取っていることも評価したい。血なまぐさい場面が多い一方、突拍子もない奇計も登場、シリアスが裏返ってギャグと紙一重の感覚も随所にあり、複雑な味わいに仕上がっている。
戦争の時代こそ「言論で天下」
青輝が信じる正義の形とは何か。最新の第7巻で、ある人物に「暴力を用いず、どうやって世の中を変えるのか」と問われた青輝は、「言論」だと即答する。「人類の叡智(えいち)である民主主義の実現」こそが、天下泰平への一歩だと言い切る。
この言葉は理想論すぎて興ざめかもしれない。当の青輝も、官僚として「大和」の侵略戦争に加担している現実があるからだ。だが、21世紀の国際社会で戦争が相次ぎ、民主主義が後退しているのでは、という懸念が広がる今、青輝にどうしてもこれを言わせたかった作者の思いを深く受け止めるべきだろう。

平殿器を倒しただけでは腐敗した国は変わらない。言論を中心とした「天下万民」による統治機構の変革を説く青輝=『日本三國』7巻46話より ©松木いっか/小学館
筆者は『キングダム』(原泰久)のような世界観との対比も感じた。『キングダム』は2006年連載開始で、中国の秦の始皇帝による中華統一戦争を描いている。主役は信という無双の少年で、少年マンガ的な力の対決を前面に押し出して爆発的人気を得た。『日本三國』の青輝の方が、より険しい道を歩んでいるように感じるが、両者の方向性の違いに、平成から令和へと時代が移る中で「力よりも対話を」という願いの変化を感じることも可能だろう。
ゲーム『三國無双』が原点
連載はコロナ禍中の2021年末から小学館のマンガ配信アプリで始まった。作者の松木いっかは1994年生まれ。青輝と同じ愛媛県の出身で、小学生の頃に『三国志』に没頭、長じては『三国志』を扱った戦略ゲーム『三國無双』にのめり込んだことがこの作品を描く原点にある。「他国の歴史を描くことに抵抗があったので、制約のない日本の『未来』を舞台に選びました」と地元誌のインタビューで語っている。三国の区割りは日本の山脈などの地形を考慮し、連載前に綿密な架空年表を作るなど、相当な凝り性のようだ。だが、本人はさらりと「歴史好きという自覚がなかった」と語っている。
日本人の『三国志』好きは、本国の中国に勝るとも劣るまい。マンガにおいても、1970~80年代に横山光輝が描いた『三国志』を嚆矢(こうし)として、インスパイアされたものまで含めると枚挙にいとまがない。舞台を日本に移植したものでも、2000年代の近未来SF『太陽の黙示録』(かわぐちかいじ)がある。やり尽くされた感もあるジャンルで、新たに登場した今回の「怪作」に驚かされる。
キャラクターは、『三国志』や日本の戦国時代の武将をベースとし、他の要素を足していったという。青輝は『三国志』の曹操や劉備のようなヒーローではなく、弁舌だけの非力な文官。戦記ものの主役としては普通、あり得ない。孔明のイメージかと思ったが、直接のモデルは農民出身の鄧艾(とうがい)という魏の智将だと、作者は2024年の対談で明かしている。鄧艾は吃音(きつおん)症だった。「鄧艾が饒舌(じょうぜつ)だったら最強ではないか」と考えて生み出したのが青輝だという。
キャラ立ちする武将、悪役
それでも物語がぐんぐん面白くなるのは、登場する武将たちがみな一癖も二癖もあって魅力的だからだ。第4巻までは「大和」の辺境将軍・龍門とその配下の天才軍師の賀来泰明(かく・やすあき)が物語を引っ張るが、クーデターで「聖夷」の女性リーダーとなった輪島桜虎(わじま・おうが)のカリスマ性もたっぷり描かれる。末端の兵士たちも単なるモブ(群衆)キャラではない。それぞれが背負ったドラマが丹念に描かれ、群像劇としても読み応えがある。
一方、悪役の憎々しさがなければ、物語はここまで面白くならなかったかもしれない。腐敗と悪の権化として登場する平殿器は常に笑顔を絶やさず冷酷無比。「死罪死罪。5秒以内」と簡単に人の首をはねる非道ぶりは、「泰平の世」を目指す青輝の復讐(ふくしゅう)劇にこの上ない説得力を与えている。
単純な勧善懲悪の物語ではないことも確かだ。「読者の方からは、『平殿器を早く殺して退場させろ』というコメントがよく届くんです。だけど、僕としては『殺せ』と言っている⼈も、善ではないだろうと思う」と、作者は先の対談で語っている。『日本三國』で描かれる善悪や正義はどこまでも相対的なものだ。全ての登場人物に光と闇の二面性がある。平殿器ですら、時代が求めた英雄であることが次第にわかってくる。読者はたとえ平殿器1人を倒しても、次の怪物が現れるだけかもしれないと思いをはせるだろう。物語の着地点がどこになるのか、目が離せない。

休戦を進言する龍門将軍を嘲笑する平殿器。いやらしさが際立つ笑い方はマンガ史に残るほど印象的だ=『日本三國』第2巻から ©松木いっか/小学館
アニメは世界中で高視聴
テレビアニメは今年4月から6月にかけて地上波TOKYO MXやBSで放送され、現在Amazon Prime Videoで世界配信中。5月末の視聴数は世界中のAmazon Prime VideoTVシリーズのうち10位、非英語圏では2位に入った。海外で高い評価を得ているのも、本作がリアルで切実な問題意識を内包しているからだろう。
青輝の「よく回る舌」は暴力の連鎖を止められるのか。言葉による平和は本当に実現するのか。青輝の「知行合一(行動を伴わない知識は未完成という陽明学の教え)」をなすための戦いは、私たちの世界の行く末とも確実にリンクしている。

アニメ版の告知ポスター©松木いっか/小学館/日本三國製作委員会(PRTIMES)
バナー写真:松木いっか作『日本三國』の1巻、3巻の表紙