とろける霜降りは1頭の但馬牛がルーツ : 黒毛和牛の99.9%は「田尻号」の子孫だった

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世界で日本について検索されている単語の上位には「WAGYU」がランクインする。霜降りの柔らかさに世界の注目が集まるが、実は米国産や豪州産のWAGYUも存在している。「和牛」はいかに誕生したのか、海外産WAGYUとは何が違うのか、そのルーツを探る。

運搬や農耕で活躍した役用家畜

霜降りの柔らかさを特徴とする和牛の魅力は、「WAGYU」がそのまま英語の普通名詞になるほど世界に広がっている。

実は、江戸時代までは食用ではなく主に荷車や牛車を引いたり、田畑を耕したりする役用の家畜だった。「不殺生」として肉食を禁止していた仏教の影響によるものだ。

「食肉」としての歴史は、明治の文明開化以降のことで、まだ160年足らず。しかも、明治・大正期は農耕用としての利用も続いており、肉量や乳量に優れる海外の牛との交配による品種改良をしながら「役肉両用」として飼われていた。「肉専用牛」に特化していったのは、牛肉の需要が増えた戦後の1950年代からだ。

現在、「黒毛和種」「褐毛(あかげ)和種」「無角和種」「日本短角種」の4種だけが公式に「和牛」と認定されている。1991年に牛肉の輸入が自由化されたことで、赤身が多い外国産牛肉と差別化するため、和牛の肉質は「霜降り」重視の傾向が強まり、今では和牛の飼育頭数の98%を、霜降り肉を特徴とする黒毛和種が占めている。

1463頭の子牛を残したビッグダディ

そんな歴史を持つ和牛のルーツとして知られているのは、兵庫県北部の豊岡市、養父(やぶ)市など但馬(たじま)地方を原産とする「但馬牛」だ。

鎌倉時代後期の『国牛十図』(国立国会図書館)。日本各地の名だたる名牛十種を毛色や体型、気質などの特徴を絵入りで解説した絵巻物。但馬牛は「骨が細く、肉がしまり、皮が薄く、腰背まろし…」と説明が付されている。
鎌倉時代後期の『国牛十図』(国立国会図書館)。日本各地の名だたる名牛十種を毛色や体型、気質などの特徴を絵入りで解説した絵巻物。但馬牛は「骨が細く、肉がしまり、皮が薄く、腰背まろし…」と説明が付されている。

1939(昭和14)年に但馬地方の香美町小代地区の農家に生まれた雄牛は「田尻号」と名付けられた。小代は標高700メートルの山深い里で、外国産の牛や他の血統との交配を免れた在来の純粋な但馬牛が奇跡的に残っていた。田尻号は霜降りの良さが安定して遺伝する点が高く評価され、15年間の生涯に1463頭もの子牛を残した(田尻号系統譜による)。子世代、孫世代の優秀な種牛が全国に散らばり、2012年に全国和牛登録協会が調べたところ、全国の黒毛和種の繁殖雌牛の99.9%が田尻号の子孫であることが判明した。

つまり黒毛和種の「ご先祖様」にあたる。高級ブランド牛として名高い「松阪牛」や「近江牛」「米沢牛」も、1頭の但馬牛から始まっているのだ。

田尻号(香美町小代観光協会提供)
田尻号(香美町小代観光協会提供)

半世紀前に海外流出した黒毛和種

日本政府は「和牛」の価値を守るために、現在、受精卵や精子の国外流出を厳しく規制しているが、実は、半世紀も前に和牛の遺伝資源は海外に渡っていた。

1967年にカナダに人工授精のための和牛精液を輸出、76年には研究用として黒毛和種と褐毛和種の種牛2頭ずつを米国に生体輸出した。研究を終えた4頭はそのまま商用牛の源となったという。90年代になると商用の生体輸出が始まり、98年までに247頭、精液約1万3000本が米国に渡った。さらに、米国からオーストラリアにも伝わり、現地の肉牛と黒毛和種とを交配した品種が“WAGYU”の名称で世界に輸出されるようになった。2000年代になると、英国やドイツでもWAGYUが飼育されるようになった。

ただ、海外では黒毛和種以外の牛と交配してもWAGYUを名乗ることができるなど血統の管理が緩い。本来の「和牛」と比べると、霜降り度合いや柔らかさに劣るという。

日本では「和牛」としての基準に加え、ブランドごとにも厳しい飼育基準、肉質基準を設けて品質を追求している。例えば、但馬牛は歴代県内の種雄牛のみで交配し、生後28カ月以上60カ月以下の雌牛または去勢牛で一定以上の肉質基準を満たさなければならない。特に米国人に人気の「神戸ビーフ」は、但馬牛の中でもさらに厳しい基準を満たし、雌牛は未経産に限定するなど、最高級の中の最高を極める。

神戸ビーフ鉄板焼き(写真提供 : 一般財団法人神戸観光局)
神戸ビーフ鉄板焼き(写真提供 : 一般財団法人神戸観光局)

【資料】

取材・文 : 山田道子
バナー写真 : 山間の牧草地で草をはむ但馬牛(香美町観光連絡協議会)

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