『火垂るの墓』―高畑勲の徹底したリアリズムと“拡張現実”の視点
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9歳の時に岡山大空襲を体験
『火垂るの墓』は、宮崎駿の『となりのトトロ』と2本立てで1988年4月に公開された、高畑勲監督の6作目の劇場用アニメーションである。
原作は、野坂昭如が戦争体験を基に執筆した同名の直木賞受賞作。主に兵庫県神戸市と西宮市近郊を舞台に、太平洋戦争の空襲によって両親を亡くし、戦災孤児となった幼い兄妹が敗戦前後の混乱の中で必死に生き抜こうとするさまを描く。

高畑勲監督=2016年9月、東京都小金井市のスタジオジブリで(共同)
高畑は、2人が栄養失調のために悲劇的な死を迎えるまで、徹底したリアリズムで描く。自身も、敗戦間近の1945年6月、9歳の時に、岡山大空襲を体験している。市内中心部を焦土と化した空襲の中を逃げ惑った強烈な記憶が、本作の迫真的な空襲シーンの表現に反映されているといわれる。
ドキュメンタリーに近い制作姿勢
最初で最後となった宮崎・高畑監督の長編同時公開は、2人の対照的な個性を際立たせることになった。宮崎が『トトロ』で示したような、心躍るアクション表現とファンタジー性を好むエンタメ作家だとすれば、高畑は、緻密で知的な構成・描写に基づく自然主義的なリアリストだといえる。

『火垂るの墓』 © 野坂昭如/新潮社, 1988
そして本作は、高畑にとって、『アルプスの少女ハイジ』(1974)を端緒とする1970年代の一連のテレビアニメ作品を通じて確立した、徹底したリアリズム表現を初めて本格的に展開した長編作品である。日常の何気ない仕種(しぐさ)や風景まで丹念に再現する、イタリアン・ネオ・レアリズモ映画を思わせるような表現と、キャラクターに過度な理想を投影せず、あくまで客観的に捉える視点が特徴だ。そのアプローチは、一種の「ドキュメンタリー」制作の感覚にも近い。実際、この前年には、唯一の実写ドキュメンタリー作品『柳川堀割物語』(1987)も発表している。北九州の水郷・柳川を舞台に、水路と人々の生活を描いた作品だ。
『火垂るの墓』の稀有なリアリズムは、制作前にスタッフが行った神戸市や西宮市でのロケハンの成果だが、後にジブリで『耳をすませば』(1995)を監督することになる名アニメーター・近藤喜文(1950〜98)がキャラクターデザインと作画監督を務めたことも大きく寄与している。
高畑の「拡張現実3部作」
一方で『火垂るの墓』における高畑の演出は、単純なリアリズム一辺倒とも異なる。アダプテーションの観点からは、ほぼ野坂の原作小説に忠実なアニメ化だ。だが、本作の最も顕著な独自性は、主人公の清太と節子が幽霊となって何度も登場し、生前の自分たちを客観的に見つめる描写を挿入していることにある。
また、冒頭やラストで、過去の三宮駅や神戸の街並みの夜景が映画公開時の現代にオーバーラップする表現も、アニメーションオリジナルの演出である。つまり、高畑の思想は、客観的な現実をそのまま描くことにはない。むしろ、彼の作品世界では、物語が描くベタな現実世界(通常の意味でのリアリズム世界)に対して、それを半歩、外側の時空からメタ的に見て、それを相対化する主体(視線)が常に存在する。そこでは、現実が “AR(拡張現実)” のように複層的に表現されているといってもよい。そのことによって、作品世界が批判的(批評的)に捉え直されるのだ。
『火垂るの墓』であれば、それは幽霊化した清太と節子が体現している。同様の趣向は、高畑の後続作品にも見受けられる。『おもひでぽろぽろ』(1991)のヒロインの岡島タエ子、そして『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994)では多摩丘陵に生息するタヌキたちが、拡張現実的な時空を行き来し、言ってみれば「いま・ここの現実」に半歩足をつけたまま、もう片方を「こうしたい(生きたい)」という決意や、「世界はこうあるべきである(あった)」という、あり得たかもしれない理想に置き、彼ら自身が、ある意志や追想をもって「この現実」を主体的・自律的に「拡張現実化」(多重化)し、作り替えていくという展開を共通して担っている。

『おもひでぽろぽろ』© 1991 Hotaru Okamoto, Yuko Tone/Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

『平成狸合戦ぽんぽこ』© 1994 Isao Takahata/Studio Ghibli, NH
このジブリの3作品を、高畑の「拡張現実3部作」と呼べるだろう。また、東京など都市の郊外の夜景が冒頭やラストで登場する演出も、この3作に共通している。
さらに、シュールレアリスム的な表現も垣間見られる。本作で、清太と節子が空襲から逃げたあと、清太は節子を外で待たせ、避難所で全身にやけどを負いひん死状態になった母親と対面する。その後、背景が白く飛び、抽象的な空間になった校庭で、母に会いたいとぐずっている節子を慰めようと、清太が鉄棒で回る場面は夢のようで、古賀春江(1895~1933)ら戦前の日本のシュールレアリスム絵画を彷彿(ほうふつ)とさせる。そもそもシュールレアリスムは、高畑が青春期を送った1950年代の日本の芸術界で広く注目されており、高畑が影響を受けていても不思議ではない。

『火垂るの墓』 © 野坂昭如/新潮社, 1988
晩年は「余白のリアリズム」へ
以上のように、テレビアニメの『ハイジ』あたりから始まり、『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『ぽんぽこ』で一つの到達点に達した高畑の特異なリアリズム表現は、90年代末から2010年代にいたる晩年の作品で、もう一度、大きな転回を遂げる。それが、『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999)と、遺作となった『かぐや姫の物語』(2013)で実践された、「余白のリアリズム」とも呼ぶべき手法である。
『となりの山田くん』制作中の90年代から本格的に取り組み出した、一筆書きで描いたような簡単な輪郭と、画面に塗り残しの余白を見せる日本画のような表現だ。著作『十二世紀のアニメーション――国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの』(徳間書店、1999年)は、高畑独自の中世絵巻物研究の結実だが、その研究から派生したアプローチといえる。

『ホーホケキョ となりの山田くん』© 1999 Hisaichi Ishii/Isao Takahata/Studio Ghibli, NHD

『かぐや姫の物語』 © 2013 Isao Takahata, Riko Sakaguchi/Studio Ghibli, NDHDMTK
それまでのように、作品世界の中だけで箱庭のようなリアリスティックな空間を構築するのではない。作品世界と観客のいる現実世界が地続きのようになり、観客が作品世界に主体的に参加して、「現実感」を自分で補ってもらいたい―そうした思いが背景にある。だからこそ、あえて塗り残しのある余白を画面に散りばめている。
現実逃避的なファンタジー嫌いを公言していた高畑は、2000年代に入って、「巻き込み型」「思い入れ(感情移入)型」と自らが呼ぶ映画= 一方的に情緒を揺さぶり、有無を言わさず観客に感情移入させる映画= を批判的に論じている。自身が最後に到達したのは、その対極にある新たな「リアリズム」だったのである。
実は『火垂るの墓』は最初の公開時は制作が間に合わず、一部のシーンが色の塗られていない状態で公開された。これはまったくの偶然だが、ある意味では、この『火垂るの墓』も、後に高畑が到達する余白のリアリズムの境地をはるか以前に予告していたようにも思えてくる。
公開から40年近く経過した今、高畑が『火垂るの墓』で成し遂げ、その後もジブリで模索し続けたアニメーション表現は、配信サービスを通じて世界中の観客に新鮮な驚きと感動を与え続けている。
バナー写真:『火垂るの墓』で空襲から逃げる清太と節子 © 野坂昭如/新潮社, 1988