【書評】名評論家からの老いへの指針:草柳大蔵著『ひとは生きてきたようにしか死なない』

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戦後を代表する評論家の一人、草柳大蔵が75歳の頃、自らの老いと重ね合わせながら「人はいかに老い、いかに逝くべきか」について書いた。その作品が約20年ぶりに復刊された。古今東西の至言や名作の一節などを大量にちりばめ、本人が実践していた健康法も紹介。人生の締めくくりの知恵を、再び名文で読めるのがうれしい。

20年の経過を感じない復刊本

草柳は東大入学後すぐに学徒出陣し、特攻隊員を志願。出版社や新聞記者を経て、ジャーナリストの大宅壮一に師事し、「週刊新潮」や「女性自身」の創刊に参画した。敗戦まで日本最大と言われた頭脳集団を3年にわたる取材で描いた『実録 満鉄調査部』や文藝春秋読者賞を受けた『現代王国論』など、ノンフィクション作家としても活躍。礼儀作法や女性論など幅広い分野で書き続け、2002年に78歳で亡くなった。

本書『ひとは生きてきたようにしか死なない』は1999年に刊行された。今回の復刊本を読んでも、20年たっているのに全く古さを感じさせない。昨今売れている「老い」に関する多くの書籍を先取りし、本質を捉えているからだ。

舞台の花道を一人で進む老年者

冒頭で、老年者を歌舞伎の花道にさしかかる役者に例えている。本舞台の幕は引かれ、主人公は戻ることはできず、残された道は一筋。「在りし日へのほほ笑みと、過ぎしことへの慚愧(ざんき)の念を全身に秘めて黙って歩むほかはない。(中略)おのれの花道の足取りにゆるぎのないことを願うのみである。本書はその思いで書いた」。本の題名の意味が、なんとなく分かってくる。

ドイツの文豪ヘルマン・ヘッセの老人論『人は成熟するにつれて若くなる』の一節が紹介されている。「老年が青年を演じようとするときにのみ、老年は卑しいものとなる」。青年よりずっと自由に寛大に、自分自身の愛する能力と付き合えばよい。ヘッセは私たちに「老人の美学」を贈ってくれたのだと、草柳は記している。

本書は5章25節からなるが、「老人にさせられる」と題した節は特に興味深い。「老人は『老人』と言われるのを嫌う。『老人扱い』はもっと老人を傷つける」。そして、『ガリバー旅行記』の著者スウィフトの名言が紹介される。「誰でも長生きしたいと願うが、年をとりたいと願う人はいない」。草柳は「人間は、『私はまだ老人じゃない』と言い張っていても、『老人になる』よりも『老人にさせられる』のである」と述べている。

続いて北極圏のアラスカ・インディアンの棄老(きろう)伝説が出てくる。最低気温マイナス57度の厳冬を乗り切るため、集団のリーダーから「おいていく」と告げられた80歳と、少し年下の老女。二人だけで知恵を絞りながら生き延びた後、老女たちは「なぜ集団から棄(す)てられたか」を考える。

「あたしらには長い人生で身につけたことがいっぱいある」
「あたしらがあんまり長いこと、自分たちはもう無力だ、なんて若い者に思わせるようなことをしてきたから、若い者のほうも、あのふたりはもうこの世の役に立たない、と思い込んでしまったんだよ」
そして二人は、こう決意したのだった。
「とことん闘って死んでやろうじゃないか」

「私の中の老い」と「老いの中の私」

草柳は「私自身が70歳を超えて思うのは、『私の中の老い』と『老いの中の私』の二つの姿である」と書いている。「足し算の老後」について、「『私の中の老い』を自覚しながらも、『老いの中の私』に、もうひと花咲かせてみようと考える。『老い』とは、人生の持ち時間の少ないことである。少なければ少ないだけ、今まで『やってみたい』と思ったが、仕事や生活の関係でやれなかった、それを今思い切って『やってみる』のである」と説明している。

本書は参考になる健康法についても、たっぷり書かれている。「健康法というのは人それぞれであるべきだが、その健康法が効力を発揮するのは『継続』という時間の力が大きく寄与するのではないか」

草柳本人が16年間続けていたのは速歩(そくほ)術。簡単なルールは(1)速度は1分間80m以上で、行進曲で歩く時のスピード(2)40分間、休みなしで(3)背筋を伸ばし、かかとから着地。このウオーキングを1日おきにやっていた。

徳川家康の懐刀で、100歳を超える長寿だったといわれる僧、天海の人生の過ごし方が紹介されている。「気は長く、勤めは固く、色うすく、食細うして、心広かれ」。天海は家康に「時々、ご下風(かふう=おなら)のこと」とすすめていた、と記している。

今の時代を先取りした本書

老いに関する著書が多く『家族という病』『極上の孤独』などの作品で知られる、作家で評論家の下重暁子さんが、復刊本の終わりに解説でこう書いている。

「人生百年時代を迎え、老後の生き方が焦点になる。今の時代を先取りしたかのような本書の中に、その答えがある。(中略)生きてまた道程の先の集大成、人生をどうしめくくるかの知恵を学ぶことができる」

草柳の長男、力重さん(67)は「父が亡くなる3年前に書いた作品を復刊していただき、感謝しています。年齢が近くなり、父がぼんやりと死を意識しながら、日本人へのメッセージを残そうと書いたのがわかる。高齢者がどんどん増える今日、絶好のタイミングで復刊されたので、改めて多くの方に読んでいただけたら、ありがたい」と話している。

ひとは生きてきたようにしか死なない

草柳 大蔵(著)
発行:祥伝社
祥伝社新書 235ページ
発行日:2018年11月10日
ISBN:9784396115524

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