【書評】「麺類神話」の解体に挑戦:バラク・クシュナー著『ラーメンの歴史学』

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ラーメンは、中華由来の料理でありながら、現代日本の『国民食』の地位を謳歌する不思議な料理だ。その伝来と普及の経緯も、あまり詳しくは知られていない。実は日本のラーメンには長い歴史があり、ある日突然、我々の食卓に現れたものではなかった。

バラク・クシュナー Barak KUSHNER

プリンストン大学から博士号を取得。ノースキャロライナのデイヴィッドソン大学歴史学研究科、米国国務省東アジア課等を経て、現在ケンブリッジ大学アジア・中東研究科日本学科准教授。

よくよく考えてみれば、日本人もおかしな民族である。いま、日本で日常的に食べているもので「国民食」と呼べるものがラーメンとカレーという点では、大方、異論はないだろう。しかし、そのルーツはそれぞれ中国とインドにある。

さらに不思議なのは、中華料理に淵源を有するラーメンに対して、「日本的」に見える麺類である蕎麦やうどんに比べて、はるかに日本人は情熱を傾けている、という事実だ。各地にはラーメンに関する記念館や博物館が設立され、テレビ番組やグルメ雑誌の特集で、ラーメンものは鉄板の売れ筋だとされている。

食はナショナルアイデンティティに等しい、という考え方もある。しかし、日本人とラーメンの関係はよく分からないことだらけだ。そんなラーメンをめぐる謎解きに、米国出身で日本史の研究者が挑んだ。その成果が本書『ラーメンの歴史学』である。

かつて岩手県の漁村で短期派遣の英語教師をしていた筆者は、現地の生活を観察するなかで、日本人が夜に飲み食いしたあと、「締め」のラーメンを食べることへの驚きを、本書のなかで、こう記している。

「日本人は、昼であれ夜であれ、どんな時間でもラーメンが食べるのが好きなのだ」。

締めとはデザートではないか。それがラーメンとはどういうことだろう。実はこの疑問は、私も海外の友人から何度も尋ねられたことがある。「主食やアルコールを散々摂取したあと、なぜ日本人はあんな高カロリーの食事をするの?」と。

ラーメンに対し、何か特別な思いを日本人が抱えていると、外国人は思うかもしれない。確かに、ラーメンを食べている日本人の姿は、何かに打ち込む職人のように孤独で思索的ですらある。人気チェーン店「一蘭」のように「一人で食べたい人」向けの店舗設計がヒットするような国だ。しかし、なぜ、日本人がラーメンにそこまで惚れ込んだのかという問いに、日本人自身が答えることはけっこう難しい。

日本人とラーメンの過剰なほどに密接な関係は、映画などでもしばしば描かれている。例えば、南極越冬探検隊を描いた映画『南極料理人』(2009)では、隔絶された生活に悩んだ隊員たちが恋い焦がれるのは、うどんでもおにぎりでもなく、ラーメンだった。また、名監督伊丹十三は、映画『タンポポ』(1985)で主人公に「おいしいラーメンは、人生のよいこと全てを表している」と語らせている。

東北での体験を出発点に、ラーメン研究に没入した筆者は、全国のラーメンを食べ歩き、ラーメンに関する資料を集めつくした末に、「麺の発展については、すくなからぬ学者から無視されてきたことは事実だ」という見解にたどり着く。

ラーメンの歴史は、明治以来に伝来した中華料理の一種と位置けられている。日本人が文明開化でスキヤキを食べ始めた、という話とほぼ同じ文脈だ。しかし、著者はさらに時代を遡って考証を進め、日本における江戸時代以前からの麺類普及の連続性のなかで、ラーメンの誕生が起きた事実を説き起こす。

麺類のルーツは外来

その意味で、本書の読みどころは、特に江戸時代までの日本の食文化とラーメンの関係を扱った第2章と第3章にある。筆者によれば、もともと古い時代の日本は、麺類がほぼ存在しなかった社会であった。中世になると、そこへ中国留学帰りの日本人仏教僧によって粉をひいて麺を作る技術が伝えられた。日本人の食事に欠かせない味噌の副産物として、麺類の出汁となる醤油も作られるようになった。

さらに、江戸時代に入ると、中国で明朝が滅亡した結果、中国人が混乱を逃れて多数日本に渡ったため、麺類の料理法も伝えられ、日本社会で食される麺類の幅が広がったという。

その結果、蕎麦やうどんも、江戸時代に入ってようやく本格的に人々が食べるようになった。当時、江戸にはミシュランのような数百店の蕎麦店を紹介するガイドブックすらあったという。ラーメンはそうした下地のうえに、大正時代あたりから日本社会で食べられ始める。ラーメンの日本第1号店に関しては浅草・来々軒をはじめ、諸論さまざまで定説はないが、当時増え始めていた中国からの移民や帰国者が調理法やヒント日本に持ち込んだことは間違いないだろう。

ラーメンが日本人の食卓を席巻し、国民食の地位に上り詰めるのは、インスタントラーメンの発売も絡みながら戦後に起きた現象である。筆者は、日本人のラーメンへの情熱について、日本人が終戦直後の食糧難に苦しんだ貧しい時代から立ち直っていくなかで、「成長」という夢とともに栄養価の高いラーメンを特に好むようになった、という仮説を提示し、なるほど、と思わせる。

本来はすべて海外からもたらされた麺類であるのに、現在の日本では、ラーメンは中華料理に、蕎麦・うどんは日本料理にカテゴライズされている。その点について筆者は「日本料理には唯一無二の伝統があるという思い込み」が存在していると指摘する。日本人のなかに「日本オリジナルの麺類が存在してほしい」という心理的な自己規制が働き、ラーメンの歴史は、海外伝来の料理文化体系のなかで、蕎麦やうどんとはあまり一体的には論じられてこなかったのかもしれない。

ラーメンも蕎麦もうどんも、もとをたどれば外来の食。麺類をめぐる「神話」の解体に貢献したところに、この本のブレークスルーがある。「ラーメンの長い歴史は、日本料理が永遠でも不変でもないことを物語っている」と筆者は記す。常に中国、朝鮮半島、その他世界からの外来文化の受容と改善で成立してきた日本社会を象徴しているのがラーメンである、というのが著者の結論である。

ラーメンをめぐる筆者の関心領域は歴史から大衆文化、経済までまことに幅広い。外国人、しかも非アジア系の作者だからこそ可能にも思える縦横無尽なラーメン論を、本書で我々は美味しく味わうことができる。

ラーメンに関する本の書評に、あまり字数を費やすのも無粋であろう。伸びたラーメンのように原稿がふやけてしまうのはなるべく避けたい。さっさと筆を置いて、今日は近所にある行きつけの煮干しラーメン屋に行こう。

ラーメンの歴史学 ホットな国民食からクールな世界食へ

バラク・クシュナー(著)
幾島幸子(訳)
発行:明石書店
四六版 384ページ
定価:2500円+税
初版発行日:2018年6月11日
ISBN:978-4-7503-4681-6

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