【書評】技術者と作家の目で描く:前間孝則著『ホンダジェット』

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航空分野での実績が全くない自動車メーカーのホンダ。それが飛行機を作って売ろうという「破天荒といえる挑戦」に興味を抱いたのが執筆動機の一つだという。副題にあるように、「30年の全軌跡」を克明に描写している。

ホンダジェットはいま、世界で最も売れている小型ビジネスジェット機だ。販売開始が2015年12月の新参者であるにもかかわらず、このカテゴリーでいきなり17、18年と2年連続でベストセラーを記録した。

「モノづくり」という言葉は近年、一昔前より頻繁に耳にするようになった。世界最高水準だった日本の技術力が劣化している状況を嘆いたり、製造業に奮起を促したりする文脈で使われることが多いように感じる。その流れでホンダジェットの成功を、日本のモノづくりが再び見直される契機になると受け止める向きもあるようだ。

しかし、本書によると日本の技術開発力が超一流と目されていた時代にあっても、航空機については米国などに大きく後れをとっていた。日本の航空機産業は1980年代まで、売り上げの9割近くを防衛予算に頼っていた上、民間部門でも米ボーイング社などの下請けに甘んじてきたからだという。

だからこそ、著者は政府予算に頼らず、ゼロからスタートしたホンダに注目した。また、研究・開発・製造・販売に至る長い過程で、日本流ではなく米国基準の発想を貫いたことに興味を抱いた。

著者は20年余りにわたり石川島播磨重工業(現IHI)で、ジェット機エンジンの設計に携わったバックグランドを持つ。また、ノンフィクションライターとしては、ホンダジェット生みの親である藤野道格ホンダエアクラフト社長を20年近く取材してきた。

本書は藤野氏率いる機体開発チームを軸に語りつつ、エンジン開発チームにも目配りを忘れない。例えば、両チームのチーフを務めていた上司が設計思想を巡って部下たちの反発に遭い、現場を去っていった。この場面の筆致は、ゼロからスタートした技術者たちの苦悩を人間ドラマとして見事に描いている。

ジェット機を空中に浮き上がらせ安定して飛行させるには、抵抗を利用・克服する必要がある。著者は、「形状抵抗」「摩擦抵抗」「誘導抵抗」の3種類の性質を平易に説明することにより、技術の奥行きを素人にも体感させる。技術者ならではの成果だ。

エンジニアの目で細部を描写しつつ、ライターの感性で人間をすくい取る。感情に走ることなく、単なる成功物語にしなかった。そこに本書の読み応えがある。
(ニッポンドットコム編集部)

ホンダジェット 開発リーダーが語る30年の全軌跡

前間孝則(著)
発行:新潮社
文庫版:448ページ
初版発行:2019年1月1日
ISBN:978-4-10-100431-0

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