【書評】2つの東京五輪の間で: ジェラルド・カーティス著『ジャパン・ストーリー 昭和・平成の日本政治見聞録』

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半世紀以上にわたり日本の政治状況を間近に観察してきた「知日派」学者が、若き日の東京での生活や大物政治家とのエピソードを交えながら生き生きとつづった日本政治・社会史。

日本研究 「第三世代」の知日派として、日本の選挙や政変の際には必ずと言っていいほど、内外のメディアにコメントを求められてきたジェラルド・カーティス米コロンビア大学名誉教授。東京五輪が開催された1964年、24歳のコロンビア大学大学院生として初来日以来、昭和・平成の政治の変遷を間近に観察・研究してきた。2度目の東京五輪開催の2020年、80歳を迎える。

日本研究の「第一世代」は、エドウィン・ライシャワーに代表されるように、宣教師の家庭に生まれるなどして戦前日本に住んだことがある「ジャパノロジスト」たち。エドワード・サイデンステッカーやドナルド・キーンなど、戦中、軍の日本語学校を契機に日本研究に進んだのが「第二世代」。戦後に登場したのが、敗戦を経てアジアで唯一民主主義国家として経済躍進を遂げつつある国への好奇心から日本を研究対象とした“第三世代”だ。

『ジャパン・ストーリー』は2008年に日本語で書きおろした『政治と秋刀魚』のアップデート版という位置付けだ。『政治と秋刀魚』の英訳出版を打診されたことから、何年も前に日本の読者だけを想定して執筆した本をそのまま英訳することに躊躇(ちゅうちょ)して、前作の一部を残しつつ、過去、そして現在の政治状況に踏み込んで論じる本を新たに書こうと決意したそうだ。今回は英語で執筆、ベテラン翻訳者(訳:村井章子)がとても読みやすい訳文に仕上げている(現時点では日本語のみの刊行)。

前作を刊行した時点の日本は、第1次安倍政権が退陣した後を受けて発足した福田政権だった。その後、民主党政権、東日本大震災を経て安倍晋三が首相に返り咲く。「政界からお払い箱になった」と大方の人が考えていた安倍が、今度は「安倍一強」と言われる長期政権を実現するとは、08年当時には予想もしなかった展開だろう。

「政治人類学的」アプローチ

本書は55年間にわたる日本の政治状況を俯瞰(ふかん)的に、自身の分析を織り込みながら分かりやすく整理しているが、魅力的なのは折々に挟み込まれる若き日のエピソードや、大物政治家、民間人を含むさまざまな人たちとの出会いだ。佐藤栄作から安倍までの24人の首相の中で、唯一会うことがなかったのは、スキャンダルであっという間に退場した宇野宗佑だけだという。自ら「政治人類学的手法」と呼ぶように、日本の政治手法を間近に見て観察するというフィールドワーク的アプローチや好奇心が根底にあるために、日本の政治が生き生きと語られ、著者の人柄も浮かび上がってくる。

1966年に再来日した際は、博士論文のために日本の草の根民主主義を知りたいと大分県別府で佐藤文生(元・郵政相/2000年没)の衆院選挙運動の密着取材を行う。地元の世話人たちの宴会では、佐藤にならって客から次から次に注がれた酒を飲まされることになる。実は「お流れ頂戴」という伝統で、酒は杯を洗うようにして「盃洗(はいせん)」と呼ばれる器に捨てていたのだと教えられる。時代の変化でこの習慣は今ではだいぶ廃れ、最近大手新聞の若い政治部記者にこの話をしてもぽかんとしていたそうだ。

結局、佐藤の家には1年近く「居候」することになり、フィールドワークは著書『代議士の誕生』に結実する。そもそも佐藤へ口利きしてくれたのは、当時48歳の中曽根康弘だった。若い米国人研究者が「純粋な好奇心から」日本の政治の仕組みを勉強したがっていることに好感を持ち、保守派の票田である農村部での候補者として佐藤を紹介してくれたそうだ。この5月に101歳を迎えた中曽根は、タカ派の憲法改正論者でナショナリストの印象が強い。だが偏狭なナショナリストではなく、グローバルな視点を備え、日本の長期的な国益を考える「国際派ナショナリスト」だと著者は評価している。本書には、未発表だった中曽根への2006年のインタビューを収録している。靖国公式参拝を巡る考え方が中心だが、靖国神社の在り方にも率直に言及しているのが興味深い。

「チェック&バランス機能」の弱体化

2つの東京五輪の間には、冷戦終結、バブル経済の崩壊、選挙制度改革、自民党の派閥弱体化・世代交代があった。金権政治の温床とされた派閥だが、自民党内での首相に対する権力チェック機能も果たしていた。現在官邸の力が強くなり過ぎたと言われ、「忖度(そんたく)」という言葉が流行している。だが、首相の権力強化への道筋は、すでに橋本龍太郎、小泉純一郎政権時代に敷かれていた当然の帰結であり、それを嘆くのは建設的ではないと著者は指摘。むしろ、問題は国会、野党、報道機関、市民団体など官邸以外の重要なパワーセンターが「弱くなりすぎた」ことだと言う。いかにして「チェック&バランス機能」を確立するか。現状では答えの出ない問題のような気がして、悩ましい。(敬称略)

ジャパン・ストーリー 昭和・平成の日本政治見聞録

ジェラルド・カーティス(著/文)、村井 章子(翻訳)
発行:日経BP
四六版:296ページ
初版発行日:2019年5月27日
ISBN:9784822289706 

(ニッポンドットコム編集部・板倉 君枝)

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