【新刊紹介】8月にふさわしい反戦小説集:浅田次郎著『帰郷』

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今月から毎週土曜日、選(え)りすぐり新刊本1冊を紹介します。原稿用紙にして1枚半の短く、読みやすいコーナーです。今回は、戦争と平和を考える8月にふさわしい、浅田次郎の反戦小説集。

帰還兵、父が戦死したアルバイト学生、特殊潜航艇の中で間もなく死のうとしている海軍予備学生たち……。主人公も、時代も戦中、戦後と全く違う6編の短編が収められている。

最初の1ページを読み始めたとたんに、終戦直後の闇市に引きずり込まれてしまった。テニアン島で戦死したと思われた復員兵が、「マリア」と呼ばれる娼婦を相手に一人語りを始める。

激戦地からせっかく生きて帰ってきたのに、帰るべき家を失った男の寂しさは、戦争が市井の人々をいかに巻き込み、人生を変えてしまう憎むべきものかを見事に映し出す。

作品「金鵄(きんし)のもとに」には「人肉食」の場面もある。飢餓地獄で仲間の遺体を食べた兵士二人は処刑される前に、言い訳をする。「戦友が、貴様の腹におさめて、日本に連れ帰ってくれと言ったのであります」

銃で二人を処刑した将校は、遺体を密林に運ぶ。「こいつら二人とも戦死だ。いいな」と、周囲の兵たちに告げた。

語り継ぐべき戦争の実態を、反戦の「戦争文学」と昇華させたこの作品集は、2016年度の大佛次郎賞を受賞した。そして今夏、文庫本として戻ってきた。

発行:集英社
発行日:2019年6月30日
文庫版262ページ
ISBN:9784087458848

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