【書評】地球の歴史の結晶:日本鉱物科学会監修『日本の国石「ひすい」』

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石、岩石、鉱物……。地球の歴史の結晶でもあるこれらの固体物質は石器時代から人類と密接な関係にある。資源や建材として利用され、珍しいものは宝石として輝く。本書は、ひすいをはじめ多様な鉱物の魅力をわかりやすく説く。

「国石」は日本産宝石の最上位

「石」は岩より小さく、砂より大きい。「鉱物」は、地球や他の天体で地質作用を経て生成した天然の固体物質で、一般に結晶質だ。「岩石」は1種あるいは複数種の鉱物の集合体を指す。本書によると、2018(平成30)年12月現在、世界全体で5,400を超える鉱物種が知られている。

任意団体として発足した「日本鉱物科学会」は一般社団法人に移行するのに伴い、その記念事業の一環として2016年9月に「国石」を選定した。

選定過程は「国産で美しい石」、「世界的な重要性を持つこと」などの条件で一般公募も含めて22種を候補とし、最終的に花崗岩、輝安鉱、自然金、水晶、ひすいの5種に絞った。自然金は「黄金の国ジパング」の象徴でもあるが、同学会総会での第1回投票では5種のうち過半数を得た候補がなく、上位2種のひすいと水晶で決選投票した結果、ひすいが「国石」に決定したのである。

ひすいは必ずしも宝石とは限らないが、同学会が監修した本書では「宝石としての質や量、日本人との関わりの歴史の古さや利用された範囲の広さから見て、日本で産する宝石の最上位に位置する」と評価している。

地球ができたのは約46億年前――。「約6億年前になって初めて生成」されたと考えられているひすいは、地球の表面を覆う巨大なプレートの沈み込み帯にしか存在しない。希少価値の高いひすいは、悠久の地球史の中で奇跡的に誕生した「石」でもある。

「翡翠」は鳥のカワセミに由来

ひすいは漢字で「翡翠」と書く。もともとは鳥のカワセミのことだ。日本から中国、インド、中東、欧州などに分布するカワセミは長いくちばしが特徴で、川などに住む。日本では漢字で「川蟬」あるいは「翡翠」と表記する。

カワセミは「背中、頭、頬は美しい青緑色(翠)で、腹と目の前後は橙色(翡)」をしている。ひすいは白色、青色など様々な色があるが、ミャンマー産のひすいは緑色だけでなく橙色のものもあり、カワセミの羽の色に似ていることから、中国ではひすいを「翡翠玉(フェイスイユウ)」とか「翡翠(フェイスイ)」と呼ぶようになったという。

ひすいは主として「ひすい輝石」(ジェイダイト=jadeite)という鉱物からできており、「硬玉」とも呼ばれる。よく似たものに、主として「透閃石(とうせんせき)」(ネフライト=nephrite)からできているものがあり、これを「軟玉」と呼ぶ。

硬玉も軟玉も緑色のものが多く、中国ではどちらも「翡翠」と呼ぶ場合があるが、両者は全く別の鉱物である。日本の「国石」に選ばれたひすいは硬玉の方だ。欧米では硬玉と軟玉を区別せずに緑色の石を「ジェイド」(jade)と総称するケースも少なくない。

硬玉、軟玉といっても、実は硬度に大きな差はない。「軟玉は非常に丈夫な石で、ひすいよりも壊れにくい場合もある」。硬玉はガラス光沢をしているが、軟玉は樹脂光沢で樹脂のような触感がある。

「翡翠」は中国由来の言葉だが、日本での発音は異なる。硬玉と軟玉の区別でも混乱が生じかねないため、本書では、硬玉の翡翠を音読みで「ひすい」と平仮名表記している。

中国より古い日本のひすい文化

「日本国内には北海道から九州まで、12か所のひすい産地が知られています。最も有名なのは新潟県糸魚川市です。(中略)糸魚川のひすいの利用は縄文時代に始まり、その後、弥生時代から古墳時代にかけて糸魚川のひすいは日本全国に広まり、一部は朝鮮半島にも運ばれました」

一方、「日本を含めてユーラシア大陸に世界のひすい産地の大半があり、他は北米西岸のカリフォルニア州と中米のカリブ海周辺諸国(グアテマラ、キューバ、ドミニカ共和国)です」。それ以外のアフリカ大陸、南米大陸、オーストラリア大陸、南極大陸での産地は知られていない。ミャンマーは世界最大のひすい輸出国で、北部のカチン州という中国と国境を接する地域で大規模に採掘されている。

古代の装身具、勾玉(まがたま)など、ひすい文化で日本は世界最古の歴史がある。本書によると、2005年に大角地遺跡(糸魚川市田海)で見つかったひすい製の敲石(たたきいし)は、出土する縄文土器から縄文時代前期前葉(約7000年前)のものとされる。

これに対し中国では古代から軟玉を「玉」として珍重し、権威や不老不死の象徴ともされてきた。新疆ウイグル自治区和田(ホータン)地区産の「和田玉」は昔から有名だ。現代でも「翡翠」は最も価値が高い宝石とされるが、中国には硬玉の鉱床はない。

意外なことに、中国の硬玉のひすい文化の歴史は比較的浅い。「清国の皇帝が乾隆帝だった時代にミャンマーからもたらされたひすいを使って始まりました」。約300年前のことで日本の江戸時代の中頃に相当する時期だった。

ひすい“再発見”めぐるミステリー

日本で縄文時代から始まったひすいの利用や加工は、奈良時代に終焉を迎える。本書ではその理由について「仏教の伝来が影響したのかもしれません」と記している。

「奈良時代以降、日本国内でひすいの利用が途絶え、いつしか糸魚川地域にひすいがあることすら人々は忘れてしまいました。(中略)大正~昭和時代初期、遺跡から発見されるひすいの玉が、どこで採れたものを、どこで加工されたのかが、考古学の大きな問題となっており、ひすい問題と呼ばれていました」

懸案の「ひすい問題」の解決に貢献したのは糸魚川出身の文人、相馬御風(1883~1950年)だった。早稲田大学校歌「都の西北」、童謡「春よこい」の作詞や良寛研究など文芸全般にわたって活躍したことで知られる。

御風は『古事記』などに出てくる奴奈川姫(ぬなかわひめ)伝説と、『万葉集』にある「ぬなかわの底なる玉」の歌から、糸魚川地域にひすいが産出するのではないかと考えていた。

糸魚川地域でのひすい再発見の日時には諸説あるが、本書によると、1935(昭和10)年8月12日。御風の仮説を伝え聞いた地元の伊藤栄蔵が「小滝川とその支流の土倉沢の合流点に白地に緑の部分がある堅い石を見つけ、やっとの思いで割り取って、それを御風に届けた」という。

「御風はひすいと確信し、安心したような表情で微笑んでいたそうです。奈良時代以降、約1200年ぶりに日本からひすいの産出が確認された歴史的な瞬間でした」

ところが、世紀のひすい再発見は「すぐには公表も科学的な検証も行われず、発見から4年もたった1939(昭和14)年になってようやく河野義礼(東北大)によって分析や現地調査が行われた」。河野は1939年11月、論文を発表したが、発見年はなぜか1938年となっていて、伊藤や御風の名前の記述もなかった。

「日本からのひすい発見のニュースは新聞などに掲載されず、まったく話題になりませんでした。これらは大変不思議なことです」と本書は疑問を投げかける。しかし、最大の謎は、御風自身が1950年に66歳で亡くなるまで、ひすい発見の事実を一切公表せず、沈黙を貫いたことだ。

人類を支えてきた鉱物の光と影

本書は、ひすいについて詳述しているだけでなく、「国石」の候補になった他の鉱物のほか、硯石、琥珀などについても紙幅を割いて解説している。

例えば石灰岩(古生代の化石入り石灰岩および大理石と方解石結晶)。「石灰岩は日本に広く分布しており、日本を代表する堆積岩の一つ」、「地下資源が乏しい我が国においては、数少ない国内で自給可能な鉱石資源」などと説明している。

人類との関係については、石器、土器、石材やレンガ、岩絵具・顔料、砥石などについて言及、鉱物が文明・文化を発展させてきた歴史を振り返る。鉱物は薬や化粧品としても用いられ、エジプトの女王クレオパトラⅦ世は「孔雀石や輝安鉱をアイシャドーとして使用していた」という。

半面、「大規模な採鉱により環境破壊や鉱毒・公害などの社会問題も発生しました。日本では過去に、足尾銅山鉱毒事件やイタイイタイ病などが起きています」と負の側面にも触れている。

国内のひすいの保護に関しては、盗掘防止などの具体策を提示。「持続可能な活用“ワイズユーズ(賢明な利用)”」の推進を訴えている。

最終章の「『鉱物』を見てみよう!」では、海、川、山、そして街の中での石や岩石の観察を提案している。ビルや地下街には多くの石材が使われている。国会議事堂の外壁の花崗岩は、広島県倉橋島産の尾立石(議院石)と山口県黒髪島産の徳山石だと紹介している。

巻末には「本書に登場する鉱物・岩石が見られる主な博物館」として北海道博物館、フォッサマグナミュージアム、翡翠原石館、神奈川県立生命の星・地球博物館、ストーンミュージアム博石館、玄武洞ミュージアム、沖縄石の文化博物館など全国97施設のホームページ・アドレス、住所、電話番号の一覧表を5ページにわたって掲載している。

発行所の成山堂書店は、海事図書など専門書を扱う出版社だが、本書は横書きの口語体で書かれ、カラー写真や地図、図表も豊富でビジュアルな編集にこだわっている。アカデミックな基礎知識も盛り込まれており、鉱物について知りたい読者にとっては啓蒙書、入門書にもなる。夏休みの自由研究の参考図書としても活用できるだろう。

日本の国石「ひすい」-バラエティーに富んだ鉱物の国-

一般社団法人日本鉱物科学会(監修)/𡈽山明(編著)
発行:成山堂書店
A5判 240ページ
初版発行日:2019年4月18日
ISBN:978-4-425-95621-0

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