【書評】共生社会への旅:三浦英之著『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』

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アフリカでゾウが半減している。跋扈しているのは、象牙を狙って集団でゾウを追い詰め、群れごと根絶やしにする密猟者たちだ。組織を動かしているのは誰か?そして奪われた象牙はどこに運ばれるのか?アフリカに赴任した新聞記者の追跡が始まる。

本書の中央に、大きなゾウのカラー写真がある。
いや、地面に横たわる茶褐色の物体がゾウなのか、添えられたキャプションを読まないとわからない。
「顔面をえぐられた状態で見つかったサタオの死骸」
これが、ゾウなのか。写真を見直す気にはなれなかった。

左右合わせて100キロを越える象牙を持つ雄ゾウのサタオの無残な死体がケニアのサバンナで見つかったのは、2014年のことだ。
“密猟者たちは毒矢でサタオを死に追い込んだ後、チェーンソーのような工具を使ってサタオの顔面をえぐり取り、その巨大な牙を両方とも奪い去っていった”。
しかも、サタオがまだ生きているうちに――。

ゾウ一頭で荒稼ぎ

当時、密猟された象牙は1キロあたり1万円~1万5千円で闇取引されていたという。
サタオの牙は、100万円から150万円。そして、ケニアの平均年収は50万円前後。
一夜の殺戮で、2,3年分の収入が稼げてしまうというわけだ。

かねてから自然と人間の関わりに興味を抱いていた著者は、2014年、新聞社の特派員としてアフリカ大陸に赴任する。そこで目にしたのが、横行する密猟によってゾウが激減していくというアフリカの現実だった。
わずか数年のうちに、アフリカ各国で生息するゾウの半数近くが姿を消しているというのだ。

「密猟組織の上層を仕切っているのは皆白人だ」
この言葉をきっかけに、ゾウの密猟を記事にするべく取材が始まる。
相棒は、マサイ族の血を引く取材助手のレオン。2人が少しずつ密猟の真実に迫っていく過程は、まるでミステリー小説を読んでいるかのようだ。

40年近く密猟に携わってきたという「元締め」の語る密猟の実態。
ケニアの薄暗い監獄で接触した、密猟組織の「キング・ピン」。
タンザニアの裁判所での、中国人“象牙女王”との一瞬の邂逅。
おぼろげに見えてきた中国政府と密猟とのかかわり。

細い糸をたどって、取材は進んでいく。
インターネットで数多くの情報が手に入るようになり、取材のスタイルも様変わりしたが、この本で描かれるのは、人から人、情報から情報と、完成形が見えないままジグソーパズルのピースをはめていくような地道な取材だ。だから、おもしろい。

ある日、疲れてホテルのベッドで寝ている著者の元に、ホテルマンから一本の電話がかかってくる。
「ロビーで友人が待っているので、降りてきてほしい」
誰にも予定を伝えていないのに、なぜ?
ロビーで著者を待っているのは一体誰なのか?

すっと背筋が寒くなる場面だ。
著者の取材は、ある「扉」を開けてしまったのだ。
そしてこちらもまた、読んでいるうちにゾウの密猟という、暗く深い穴の中に入り込んでいた。

「殺してはいけない」と言いきれるか

「密猟が凄すぎて、数が維持できない」
「密猟者たちは、ゾウを群れごと根絶やしにしている」
「密猟は(中略)野生動物が絶滅するまで続く。残念なことだが、それは仕方のないことなんだ」

登場する人々は、立場は違えど、口々にゾウが絶滅する未来を予言している。

「ゾウを殺してはいけない」
あまりにも残酷なゾウをめぐる状況を知り、そう憤るのは簡単だ。
しかし仮に養う家族がいながら職を失って絶望している時に、数年分の年収を稼げる仕事を与えられたら、自分は手を出さずにいられるだろうか。
それも、日本ではなく、アフリカで。

読んでいるうちに、自信がゆらぎ始める。

もちろん、密猟者を擁護するつもりはまったくない。
だが、ゾウの密猟は、人間という生き物の弱さを示唆しているのではないか。
本書のテーマは非常に深い。

どうしたら密猟はなくなるのか。
著者の答えはシンプルだ。
その獲物を、誰も買わなければいい。
象牙に価値がなければ、誰もゾウを殺さない。

2016年に南アフリカで開かれたワシントン条約締結国会議を描いた終章には、象牙を買い続け、国際的な規制に抗ってきたのが祖国日本という事実に対する、著者の嘆きと決意とが詰まっている。

それから3年。
ヤフーオークションの規定が改定され、2019年11月からは象牙及び象牙製品全般の出品が禁止されることが決まった。
今さらなのか、ようやくなのか。
簡単に喜べないほど、本書が伝える事実は重い。

牙-アフリカゾウの「密漁組織」を追って-

三浦 英之(著)
発行:小学館
四六版248ページ
発行日:2019年5月8日
ISBN:978-4-09-388694-9

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