【新刊紹介】右に行こうか、左に行こうか。街の迷宮への誘い:栖来ひかり著『時をかける台湾Y字路』

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アーティスト・横尾忠則さんのY字路シリーズから着想を得た著者が、なぜかY字路がとても多い台湾の街の隅々まで歩きながら調べ上げた。迷宮のように入り組んだ台湾の路地裏めぐりにかんする新しい楽しみ方を提示する一冊。

Y字路の定義とはなんだろう。

まずは言葉どおり「Y」のかたちをした三叉路のことであるだろう。そして、この言葉を発明したのは横尾忠則氏である。日本を代表するグラフィック・アーティストである横尾氏の代表作「Y字路シリーズ」は、氏の故郷のY字路風景を起点として、さまざまなY字路風景に過去・現在・未来・空想・現実の表象を描きこんだ、魅惑的な絵画シリーズだ。

インターネットで検索してみると、Y字路を愛好する人は少なくなくて、それぞれに自分のルールを持っているようだ。例えば、鋭角30度以下であるとか、左右が同じ太さの道路であるとか、大きな道路は含まないとか。さらには左右の高低差があるY字路に注目する例もあった。

本書の場合、定義はそこまで厳密ではない。三叉路、またはそれ以上の交差する路で角度が鋭角(45度以下)である、それだけだ。だから幹線道路沿いに斜めに切り込んだ細い道もY字路だし、ニューヨークのタイムズスクエアや渋谷の109ビル前もY字路である。

2006年から台北で暮らしている筆者はいつからか、台北にはY字路が多い事に気づく。台北Y字路をめぐりながら成立理由を探ったところ、だいたい以下の3つのどれかに当てはまることが、本書には記されている。

ひとつめは高低差。地形の凸凹に沿って自然に出来たY字路である。道玄坂の台湾料理レストラン「麗郷」のあるY字路はその好例で、谷地形である渋谷の街には多くのY字路が見られる。

2つめは、かつて水路や河川/鉄道/旧道があったこと。水路が覆われて暗渠となり、Y字路を形成したものだ。また鉄道の地下化や廃線で生まれた「鉄道型Y字路」や、昔からあった古い道に幹線が開通した「旧道型Y字路」もここに含まれまる。

3つめは「都市計画型Y字路」。フランス・パリの放射状の街づくりのように、予め計画されたY字路である。

カテゴリー化するにあたっては、そのY字路の環境を昔の地図で確認することが試みられた。時代ごとの地図を見ているうちに、沢山のことが了解できる。古来より台湾に暮らしてきた原住民族の時代から、台湾が世界地図の中に初めて登場した大航海時代・清朝・日本時代・戦後と統治者が変わるにつれ土地の名前も移り変わっていること。各時代の都市計画のはざまにY字路が出来ていること。そして、Y字路のあるエリアでかつて起こった様々な出来事について、現代人の多くは忘れてしまっていること。

本書では、ひとつのY字路から掘り起こされた記憶が、様々なイメージや思索を喚起しながら、複雑で豊かな台湾という土地の記憶のレイヤーを紐解いていく。日々過剰な情報が行き来し、都合のよい歴史だけが取り沙汰され、忘れることを強いられる現代。そんな時代に生きる私達に、忘却にあらがうための実践的まち歩きの楽しみ方を教えてくれるような、そんな一冊である。
(ニッポンドットコム編集部)

発行:図書出版ヘウレーカ
発行日:2019年10月31日
四六判248ページ
ISBN:978-4-909753-05-2

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