本好きの存在を可視化—14年間続く福岡のブックイベント「ブックオカ」

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角田光代さんも平野啓一郎さんも亀山郁夫さんも、訪れた作家たちが「楽しい!」と喜んだブックイベント「ブックオカ」。祭り好きで開放的な福岡の気質に支持されて14年。運営するのは全員がボランティアだ。発起人たちはすっかりおじさんになったが、頼もしい次世代も現れている。大口のスポンサーに頼らず、なぜ14年も続いたのか。

専属の気象予報士

 けやきの巨木が枝を広げる並木通りにシックなマンションが立ち並び、こじんまりとしたレストランやブティックが軒を連ねる。福岡市の商業中心地・天神の西隣に伸びるけやき通りは、11月3日、文化の日になると、大勢の人でごった返す。90人ほどの個人店主が出店する古本市に6000人もの人が本との出会いを求めてやってくる。

 2006年にけやき通りの書店「ブックスキューブリック」前から始まったブックイベント「ブックオカ」ののきさき古本市だ。

ブックオカに集う人々(筆者撮影)
ブックオカに集う人々(筆者撮影)

 当日の早朝は小雨がぱらつき、予報では天気は下り坂となっていたが、午前7時、ホームページに「決行」の告知が出された。NHKのローカルニュースで天気解説を担当する吉竹顕彰さん(62)がキーマンだ。

 大学の物理学科を卒業して日本気象協会に就職し、夕方のニュースで気象解説をして29年になる。視聴者にわかりやすい言葉で伝える必要に迫られて意識的に本を読むようになった。読み始めるとどんどん好きになり、今では出勤のバスの中と就寝前の1時間は必ず本を読む。自宅には家族からひんしゅくを買うほどに本がたまり、毎年ブックオカの古本市に100冊以上を放出している。参加は今年で13回目。

 独自に気象データを読んで実行委員に伝える。ボランティアで運営している若い仲間たちの懸命さを知っているので、テレビでの解説以上に胃が痛む思いがする。

 吉竹さんのすぐ隣で店を広げる大河久典さん(43)は数年前に東京から福岡に移住した。ブックオカへの参加は3回目だ。編集者の大河さんは仕事で購入した資料などの単行本をごっそりブックオカの古本市に持ち込む。

「本を介して知らない人と1対1で話すんですよね。お客さんが手に取った本によって、『ここがおもしろいんですよ』とか、『そういうのが好きなんですね』とか、会話が弾むんです。本のことでおしゃべりすると、普段モヤモヤと胸に残っていることがスーッと解放される感じ。あれがたまらなくいいんですよね」

何度も折れそうに

 古本市の日を挟んで前後1ヶ月の会期中、著者を招いたブックトーク、書店員の交流を目的とする書店員ナイトなど、本に関わるイベントを福岡市内の書店やカフェで開催する。県内40〜50の書店で「書店員が選ぶ激オシ文庫フェア」を催し、著名なイラストレーターに描き下ろしてもらって制作したブックカバーを配布するなど、キャンペーンを広げる。

 30人からなる実行委員会の顔ぶれは、地元の出版社、書店、印刷会社など出版に関わる仕事の人もいるが、IT企業などで働く会社員や大学生も半数以上を占める。今年で14回、1度も途切れることなく続いてきた。

 モチベーションをどのように刺激すれば、この高いレベルのイベントを実現できるのだろう。

事務局長の藤村興晴さん(筆者撮影)
事務局長の藤村興晴さん(筆者撮影)

 「いや、もう何度も折れそうになりましたよ」
 苦笑するのは事務局長の藤村興晴さん(45)だ。忘羊社という出版社で編集から営業まで執り行う社長である。

 ブックオカでは渉外も担当している。協賛金を広告会社、酒店、書店、東京の出版社などに依頼する。1社あたりの額はせいぜい数万円なので、数を集めなくてはならない。大がかりなこの事業を全体予算150万円で運営している。

 ブックオカが近づくと、直前の2ヶ月はかかりっきりになり、自社の仕事はほとんど手がつけられない。当初はデザイナーやライターも無報酬だったが、フリーランスの委員については最低限の報酬を支払うようにした。けれど、事務局の自分が人件費を受け取るのはちょっと違うと思っているという。
「お金をもらってしまったら、堂々と『福岡を本の街に』って営業先で言えなくなってしまうような気がして」

本に人が群がっていた

 きっかけは、ネット古書店を営む友人から本のイベントをやりたいと相談を受けたことだった。彼女と藤村さん、それにのちに実行委員長となる「ブックスキューブリック」店主の大井実さんが知り合いに声をかけた。印刷会社や広告会社、デザイン事務所に勤める15人ほどの本好きが集まった。

事務局長の藤村興晴さんと、実行委員長で「ブックスキューブリック」店主の大井実さん(筆者撮影)
事務局長の藤村興晴さんと、実行委員長で「ブックスキューブリック」店主の大井実さん(筆者撮影)

 2006年春ごろから、2週間に一度、藤村さんが当時勤めていた出版社・石風社に集まり、藤村さんが会社のキッチンで作った料理を肴に飲みながらアイデアを出し合った。東京・不忍池の古本市「不忍池ブックストリート」を参考に、福岡らしく少しゆるくて楽しいイベントをやりたいねと話した。

 半年後、初めての古本市を「ブックスキューブリック」のあるけやき通りで開催。通りに現れた光景に藤村さんは驚いた。
「本にですね、人が群がってるんですよ。それはもう大勢の人たちでした」

 通りかかった女子高生が「わ、古本市やらやりよう。家に帰ってお小遣いとってこな」と嬉しそうな声をあげた。

 夫の残した本を出品した老婦人が「この本、30年探してたんですよ!」と同年代の女性に声をかけられ、互いに抱き合う姿にも立ち会った。
「大切にしまっていた蔵書を誰かが読むならと並べた人がいて、それを探し求めていた人との出会いがあり、思いを受け渡す。本を手渡すことによって人と人との思いがつながれる、本っていいなあって改めて思いました」

 活字離れの時代と言われて久しいが、本は必要とされている。本に関わる自分たちにはまだやれることがある。そう自戒を込めて思い直した。

 テレビや新聞の好意的な報道が後押しし、街をあげたイベントとして人々に受け入れられた。

 オリジナルブックカバーを始めたのは2年目だ。福岡県出身のイラストレーター、リリー・フランキーさんに依頼した。リリーさんは前年に出版した『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(扶桑社)がベストセラーとなり、時の人だったが、個人で広告会社を営む実行委員がダメもとアタックしたところ、引き受けてくれた。リリーさんのイラストが描かれたブックカバーを県内200の書店に配布すると話題となり、さらに大きなイベントになった。

 3年目には地元西日本新聞社広告局とタイアップし、新聞に挟み込むタブロイド版のガイドブックを製作。予算規模も上がった。

必要とされるイベント

 忙しさから仲間が疲れ、意見の違いが出始めたのはその頃だ。「もう少し楽しく気楽にやりたかった」と離れていった仲間もいる。

 藤村さんもこんな大がかりなイベントになると予想していたわけではない。
「僕らが思っていた以上に社会的な存在になっていったんです。『ブックカバーを毎年楽しみにしてるんですよ』とか『福岡に転勤してきてよかった』という声を聞くようになって、ブックオカが必要とされるイベントとして一人歩きして行くのを実感しました。僕らが疲れたからとやめたり規模を小さくしたりしてはいかんなって、思いました」

 10年の節目が転機となった。本が読まれるために出版業界の課題を明らかにする議論をしようと、出版社、取次(出版業専門の問屋)、書店員、業界紙発行人など異なる立場の出版関係者が集まって、シンプルに本を作り売っていく仕組みを考える公開討論を行った。立場を超えて本が読者に届くためにはどうしたらいいのかを前向きに話し合った2日間を『本屋がなくなったら、困るじゃないか 11時間ぐびぐび会議』(西日本新聞社)という書籍にまとめ、初版を売り切った。

 ここらで区切りをつけようか。そんな思いを口にしたとき、「続けたい」という声を上げたのが、現在古本市のボランティアを取りまとめている吉開崇人さん(33)だ。本業はシステムエンジニアである。6年前から参加し、ボランティアスタッフと古本市参加者の募集から最後まで管理運営を行う。時期が近づくと、夜は自宅でこの作業に忙しい。

「学園祭みたいにみんなで打ち込むのが楽しい。でもそれ以上に、本が好きな人同士が古本市で出会って楽しげに会話をしている、その姿に感動しました」
 ボランティアの仲間は皆本好きで、佐賀県から参加する人もいる。
「僕らの活動は本が好きな人にアプローチしている実感があります。仕事はビジネスとして頑張っていて、ブックオカは楽しみながらやっている。僕の生活には両方があることが大事なんだと思います」
 気象予報士の吉竹さんと当日連絡を取るのも吉開さんの担当だ。

コーヒーを淹れる大井さん(筆者撮影)
コーヒーを淹れる大井さん(筆者撮影)

 ブックオカを牽引してきた大井さんと藤村さんは、ともに新刊書籍に関わる仕事をしている。彼らがなぜ古本市なのか。取材を始めた当初、私にはよくわからなかった。この疑問に藤村さんはこう答えた。
「もともと自分の商売につなげるつもりはありません。強いて言えば、広い意味で読者にタネを蒔いておくということでしょうか。福岡にはこんなに本が好きな人たちがいるということが明らかになれば、古本であろうと新刊であろうとかまいません。古本にもいい本がたくさんあるんですから」

 仕事かボランティアか、新刊か古本か。そうした境界を軽々と飛び越えられる人たちが、ブックオカを息長く続く「福岡のイベント」に育ててきたのだろう。

 2017年にはブックオカの活動に福岡県から福岡県文化賞が贈られた。
 大口のスポンサーを探すつもりは今後もない。「心が折れそうになりながら、無報酬で続けたい」と藤村さんは笑った。
「本はスポンサーと関わりのないメディアです。僕らはそれが心地いい。お金が欲しくないわけではないですが、お金を出したからと口を出されるのは好きじゃない」

 本から「精神の自由」を教わったという藤村さんがブックオカで本好きと分かち合いたいのは、精神が自由であることの力強さなのかもしれない。

バナー写真:買い手と売り手が出会う「ブックオカ」(筆者撮影)

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