【新刊紹介】この20年、メディアを襲った地殻変動をたどる:下山進著『2050年のメディア』

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「紙」の新聞が苦境に立たされている。生活保護世帯でさえ新聞の宅配を受けていた時代は、はるか昔のこと。この10年間で日本の新聞は1000万部も減り、5600億円以上の売り上げを失った。一方、1996年にスタートしたヤフーは、1兆円に迫る売上高に急成長した。

「読売はこのままでは持たんぞ」

本書の序章は、渡邉恒雄・読売新聞グループ主筆が放った、この衝撃的な年頭あいさつを見出しにしている。賀詞交換会で、渡邉主筆は読売グループの盤石さを強調し、社員を安心させるのが恒例だった。しかし、2018年の正月は違った。危機感の共有を社員たちに求めたのだ。

紙の新聞の凋落は激しい。世界最多1000万を超える販売部数を誇った読売だったが、2019年1月には812万部にまで縮小した。これは読売だけの話ではなく、他の全国紙、地方紙も同様。さらに言えば、米国ではその傾向が一層顕著だ。

なぜ新聞が売れなくなったのか。1990年代にインターネットが普及し始めても、部数は大きく落ち込むことはなかった。目に見えて部数が減るようになったのは、2008年にiPhoneが発売されてからだ。

毎日の通勤電車で車内を眺めてみよう。かつて新聞を広げていたサラリーマンの姿は、今やほぼ消えてしまった。ほとんどの人が画面をのぞいている。スマホの出現により、情報を持ち歩ける時代になったのだ。

著者は本書の中で、車内で人々がとる行動の変化を「紙の新聞への弔鐘をつげる風景でもあったのである」と表現している。

とはいえ、新聞業界がただ手をこまねいていたわけではない。本書は、この20年間に起こったメディアの地殻変動を読売新聞、日本経済新聞、ヤフーの3社を取り上げることにより活写している。

読売は最強の販売店網を持つが故に、「紙」至上主義を捨てられず、デジタルにかじを切れずにいる。日経は専売店が150と、読売の3900とは勝負にならないが故に、有料のデジタル版を出すことに成功し、日本の新聞社で唯一、売り上げを維持している。1996年に設立されたばかりのヤフーは新聞や通信社からニュース供給を受けるのに苦労しながら、2018年度には9550億円弱と、朝日、読売、日経を合わせたより大きい売上高を計上する巨大プラットフォーマーに成長した。

この過程を著者は、メディア各社で格闘している個々人を描くことを通じ、ストーリーをつづっていく。大メディアの経営者だけでなく、若い社員、販売店主ら全員を主人公として、描いている。組織内での軋轢、苦悩、達成感とその後にやって来る挫折…。彼ら彼女らの顔が見えるようだ。

著者は文藝春秋社を辞めた後、デジタル教育で先端を行く慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで、教鞭を執っている。そう聞くと、紙に冷淡なデジタル志向の人間と思うかもしれないが、そうではない。事実を歴史に残そうとして書き上げたのが、この作品だ。

日本記者クラブでの会見で、著者は「技術にいい悪いはない」「健全な現実主義を持つ必要がある」と警告を発した。ジャーナリズムを愛する者が新聞業界に向けて発した声援として聞いた。本書を読了すれば、その意味が分かるだろう。

発行:文藝春秋
発行日:2019年10月25日
四六版440ページ
価格:1800円(税別)
ISBN: 978-4-16-391117-5

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